『第八話』
幕間の章 『第八話』
「——あっ、おはようございます。アデスさん」
「
木の虚、その縁に手を掛けながらに這い出る者——今日も今日とて黒を基調とした衣服に身を包んだ女神アデスは纏う霧状の闇を払い、挨拶を返した青年と平然に言葉を交わした。
「え、えぇ……?」
「女神イディアも変わりなく」
「あ、あぁ、はい。どうも、女神アデス——それ以前に、今の顕現の仕方は一体……?」
「?」
「いえ、音もなく這い出て来たので驚いてしまったのですが……貴方たちは何時も、そのような感じで?」
頭巾から出でて揺れる、白の側頭部一つ結び。
涼しい顔でアデスは地上に姿を現して、歩み寄って小首を傾げる小玉体の横で疑問に答えるのは青年。
「はい。確かに初めの頃は俺も驚きましたけど、もう慣れたもので……割りと何時もこんな感じですね」
「そ、そうなのですか? ……まぁ、我が友がそれでいいのなら、問題はないと思いますが……」
「……」
『大して驚く素振りも見せず、寧ろ安心したように笑む』ルティス青年は、『不意打ち』に対する反応を窺うかのよう目を細める師と目が合って——アデスの予定外に姿を現した理由を尋ねようと話を切り出してみる。
「それと——アデスさん。今日は自由時間をくれて有難うございます」
「……礼には及びません。鍛錬、鍛錬では
「はい!」
向かいの冷厳とは対照的な暖かい色を送った後、本題へ。
「それで、今日はどうされたんですか? 何の予告もなくアデスさんが現れるのは珍しいような——まさか、また何か……"良くないこと"が……?」
「"いえ"。現在、取り立てて知らせるべき事柄を持ち合わせてはいません。以前のように急遽、貴方を連れて何処かに向かう訳でもありませんので、御安心を」
「それならいいんですが……でしたらまた、何を……?」
「……本日は女神達——主に貴方が、予定の時刻通りに約束の地へ姿を見せたかどうかを確かめるため、足を運んだのです」
何時もの——対象を非難するようにも見える——気怠げな赤の眼光が射抜く。
「貴方から女神イディアへの言伝を預かった者として、両者の間で行き違いが起こらぬようの確認なのです」
「成る程——あっ。その節も有難うございました。アデスさんが連絡してくれたお陰でイディアさんとも無事に会えて……本当に助かりました」
対する青年、浅過ぎもなく深過ぎもなくの一礼。
現世界における連絡手段・方法の詳細——情報通信技術の発展度合いについてを未だ知らぬ彼女。
遠方の地理についても未知とする弟子は恩師を道具のように扱うことに抵抗を覚えながらも万能らしき女神に友との橋渡し役を頼み、今日の逢瀬を"実現してもらっていた"のだ。
(……いつも世話になってばかりだし、やっぱり何かアデスさんにも、お礼が出来ればいいんだけど——)
「……ですが見た所、特に問題なく合流を果たせた様子。双方の女神とも言行一致で感心、実に素晴らしき事である」
「……改めて、貴方の支援に感謝を、女神。そしてまた、古き神の心配には及ばず。守護であらんとする神より教えを授かった者として、
「左様。私の心配りも杞憂に終わった。これもまた
(——……なんか、
「——美の女神イディアよ。女神ルティスと世代を同じくする者として今後もどうか不肖の彼女と親交を続け、可能ならば私の思い至らぬ範囲で教えを授けて頂ければと思います」
「……はい。私も旅路の途中にある未熟な身。今日のように彼女より新たな知見を得られること——延いては魂が通う友と出会えたことを心から嬉しく思い、是非にこれからも交際を続けて行きたい所存であります」
「……過分なり。
(この後『もし時間があれば』と思ったんだけど……どうしよう……?)
神妙な面持ちで言葉を交わす目上の女神たち。
その横、都市に続き此処でも疎外感を覚える青年は『食事の始まる今が好機』とばかりに、恩師へ"ある提案"をしてみようと思い立つのだが——。
「……またも話し込んでしまいました。『
「——! は、はい……!」
口を挟む間もなく——師より、突然の指名。
驚き、中断される思考。
「な、なんでしょうか」
「……そう構えずとも良いでしょう」
心地の良い声の冷たさに思わず背筋を張って。
体の硬直を指摘された水の柱は一度の大きな身震いを経てから自然体を取り戻す。
「何も今は、貴方を取って食おうという訳ではなく。私は只、この場を立ち去る前に一言の挨拶を置いて行くつもりであった……それだけです」
「え……もうお帰りに、なられてしまう?」
「はい。長居をする理由もありませんので。それに何か、作業の途中だったのでしょう?」
「それは……はい」
「でしたら尚の事、これ以上の手間は取らせません。先程の貴方達が起こした火も会話の間に消えてしまったようですし——」
「——新たに熱を置いて邪魔者は去りましょう」
風で姿を消された焚き火の炎。
しかし、白黒の女神は鳴らす指で——"補填"とばかりに新しい火をつけてくれた。
「あ……どうも」
「……女神ルティス。未だ貴方も途上の身で常日頃から学びに鍛錬にと勤しんでいるのです。助け合う事の出来る他者の存在を噛み締めつつも今日の一日ぐらいはどうか、"肩の力を抜いて"お過ごし下さい」
「は、はい(?)」
「——女神イディアも同様です。色めき立つような周囲の目は暗闇の結界が阻む故、今の
「……再三の感謝を、女神に」
そうして、ルティス——次いでイディアの順に目線と言葉をくれてやったアデスという女神。
黒衣の女は己の輪郭で更に黒の色を濃く騒めかせ、世界から姿を隠さんとし——。
「……では、私はこれで——」
(——! まずい——!)
「失礼を——」
——なれど。
「——"待ってください"!」
「——……?」
呼び止めた声——それは青年の物。
突然に踏み出した足の運びと合わさり、去らんとした女神を引き止める。
「……我が弟子?」
「……すいません。突然、大きな声を出して」
「いえ。音の大小は問題ではなく……私に伝えておくべき事があるのですか?」
「……はい。実は貴方に、お聞きしたいことがあって」
「それは……?」
「その……アデスさんは今日、これから……"忙しかったりはするのでしょうか"?」
少しでも悔いの残らぬよう期待を込めて尋ねた『暇の有無』、その答えは——。
「……"いえ"。今よりの行動の決定権は自らにあり、それ故——"ゆとりの創出も可能"ではありますが」
「それは……忙しくない——少しだけ、お時間を頂いても大丈夫ということですか?」
「……"肯定"します」
——『有る』とのことで。
(——チャンスだ……!)
(今まで『食事に興味がないかも』と思って言いそびれてたけど、今日のこの機会を逃したら"次が来るかは分からない"んだ——)
(だから、思い切って——"誘ってみよう")
「……でしたら、アデスさんさえ良ければの話なんですが——」
青年、意を決し——謎多き麗神の"招待"に臨まん。
「その……これから——」
「——『お食事』なんて如何でしょうか……?」
「——食事……?」
まだ朝腹の面影残る深深とした様子の森。
結界内に響く、女神たちの玉の声。
「……よ、良ければですが」
「……食事とは、"物を口に入れ込む"……?」
「は、はい。食べるやつです」
「……その食事を——"私"と……?」
「貴方にもお世話になってばかりなので日頃のお礼にと思い、今日は丁度、簡単ですが料理が出来上がる所だったので『良ければ一緒にどうか』と提案させて頂いたのですが……」
「……」
「……ご迷惑だったでしょうか……?」
「……"私に限った話"であれば、必ずしも迷惑と言うわけではありません」
「……ありませんが——"我が弟子"」
言う女神の結えた白髪、毛先から持ち上がって『引く』動作。
『耳を貸せ』とでも言いたいのか、アデスはその"髪の招き"で青年の存在を引いては身近に寄せ、残すイディアに目配せで了承を得た後——師弟の間での"密やかな談義"を開始。
「——? 何ですか?」
「……今日の食事に、貴方は私という女神の同席を願ったようですが」
「はい(?)」
「……前提として、"
「彼の……イディアさんですか?」
「然り。女神イディアに対して私が同席する可能性を前もって説明し、その『了承を得たのか』と聞いている。……どうなのですか?」
「いえ、あの話はさっき初めてしたので——まだですけど」
「"…………"」
実状を聞き出して、師——瞑目、溜め息を吐いて。
重苦しくに——弟子の"短慮"を指摘せん。
「……"我が弟子"」
「何でしょうか?」
「今この時、私は初めて明確に——貴方を罵ります」
「——え……?」
「浅はか——実に浅はかなり、"若者よ"」
正真正銘、非難のジトジトとした目付きが向かい、声を荒げずとも冷たくハッキリと言ってやる。
「? ……??」
「『先約を蔑ろにする』とは何事か。"定まった一対一の予定に後から"、剰え"無断で別の者を加える"とはどういう事かと"叱責"している」
「叱責……"無断"——"あ"」
(イディアさんとした約束を勝手に変えた——"彼女に断りもなく内容を変えてしまった"——だから、"怒られてる"……!?)
「私がされたならば『無言で立ち去るであろう』この行いは、ともすれば約束破りの"失望物"——"裏切りに等しき行為"である」
「——わ、忘れてました……! ごめんなさい!」
「謝るべき対象は私か……?」
「い、いえ、約束していたイディアさんに対してです!」
「理解しているなら
「"言ってきます"——」
「——"ごめんなさい"! イディアさん……!」
早くも反省で心は満ちる青年。
失念していた事柄を伝えるため、先にした本来の約束相手である友の下へと謝りながらに慌てて戻る。
「あ、慌ててどうしましたか? 我が友」
「勢いで話を進めてしまい、イディアさんと相談もせずに予定を変えようとしてしまって……申し訳ありませんでした」
「急に参加者が増えたりしたら、その——『色々と気を使わせてしまうかもしれない』と後から気付いて……本当にごめんなさい」
そのまま深くに頭を下げて、詫びを入れて。
対するイディアはしかし——怒る気配を持たず。
「……大丈夫ですよ、我が友。別に私は『貴方の全てを独占しよう』とまでは思っていませんし——それに何より、友の貴方が大切な方に感謝の心を伝えたいと言うのなら、この私も喜んで協力させて頂きます」
「では——いいんですか……? 予定を変更して、アデスさんをお招きしても?」
「勿論。彼女については私も尊敬する相手ですので、故に寧ろ——そのような女神と食事を共にする機会などは大いに興味を惹かれると言うものです」
「——あ、有難うございます……!!」
「いえ……ふふっ」
瞳を潤ませて華やぐ青年の表情——その様を慈しむよう微笑む美の女神。
『容認』と思しき"薄緑"の髪色に"別の思いの薄青"を混ぜ——察した現状で自らも白黒の柱に向かって願い奉り、以って友への助力と相成ろう。
「——如何でしょうか、女神。この者は勿論の事、私も心から貴方を歓迎しますので……ご同席を願えませんか?」
「……」
「何卒、ご検討を」
「"…………"」
そうして、数秒なれど悠遠な時は過ぎ去り——。
「……分かりました」
(……!)
「
——"招待に応じる"旨を伝える。
「この私も女神イディアと共に食の席へと着き、我が弟子よりの返礼の機会に与る事と致しましょう」
「——! あ、ありがとうございます……!!」
「……感謝します。古き女神」
念願叶って機会を得られ、総髪が躍る青年ルティスと友のイディアは喜び合う。
「イディアさんも協力してくれて……ホントの本当に、ありがとう、です……!」
「いえいえ。良かったですね、我が友」
「はい……!」
「……貴方達には余計な気を遣わせてしまったようですね。手間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
「そして、私の教えた女神よ」
「?」
「……料理とやらにおける貴方の腕前、確と拝見させて頂きましょう」
「!」
("期待"を、されてる……?)
(……それなら——)
「は、はい! 貴方たちに美味しい料理を食べてもらえるよう——頑張ります……!」
師の暗色に寄った赤の瞳と言葉に期待の色を垣間見て、一層に気を引き締める青年。
意気込んではいるものの食事のための調理は既に大方が終了し、後は"何を頑張るのか"甚だ疑問ではあったが——周囲の女神たち、その点で彼女の笑顔に水を差そうとは思わず。
「……我が友」
「……?」
「少し、お耳をこちらに」
けれど、何やら今度はイディアに手で招かれた青年は安堵から一転——"再びに慌て出す"羽目に陥るのであった。
「? 何でしょう?」
「お喜びの所で申し訳ないのですが……"女神アデスの分"はどうします? 現状で足りますか?」
「あ」
不安定な精神状態、多発する——"先を見ない"不注意。
"先見性や計画性に欠けてしまった彼女"はそうして今、急遽増えた"柱一つ分の料理が不足している"ことに遅れて思い至る。
「……ごめんなさい。自分で言い出しておいて用意を考えてませんでした」
「……でしたら、私の分をそのまま彼女の物として……私は、貴方の分から少しだけ頂ければ——」
「……いえ。イディアさんも俺にとって大切な"お客様"です。そこまでしてもらう訳にはいきません」
「ですが……」
「……お浸しと味噌汁は"俺の分"からアデスさんのに分けて何とかします」
「……"貴方の分"が少なくなってしまいますが、宜しいのですか?」
「はい。幸い未だ料理に手はつけてませんし、内容自体も俺は既に食べたことがある物ですので——"大丈夫です"……!」
「俺より、新しく今に食べてくれる
「……」
「——食事の中心となる魚、鮭は……今から捕ってこようと思います。なので、イディアさんはその間に味噌汁をあっため直してくれると助かるのですが……」
「……分かりました。火の番は任せてください」
「有難うございます。お願いします——」
そう言い終わるや否や。
己の身を削る決定を迅速に下した青年は三角巾とエプロン代わりの布を脱ぎ捨てて台に置き——そして、そのままの目線の高さで二つの杯に急いで注ぐ清冷の水——せめてもの口に含む『御冷や』を客神分だけ用意して、振り返る。
「——ごめんなさい。アデスさん。食事が始められるまで、もう少しだけお時間を頂くことになってしまいそうでして」
「……構いません。お待ちしています」
「直ぐに戻りますので、これ——御冷やだけ、先に置いておきます」
「……焦る必要もない。"道中お気をつけて"」
「? はい! では、行ってき————」
朽ちかけの神殿遺跡から飛び出して、駆けようと勢いよくに振る脚で——師の危惧した通りに——積まれた石壁を蹴り壊す。
今の仮宿にして過去の人々が積み上げた思いの結晶を壊してしまい、それを悪く思っては一応に積み直して外目は修復。
驚き心配する友と、破砕した石の継ぎ目を掌でなぞっては元通りにしてくれた恩師に平謝りで『大丈夫』と無事を伝え、謝罪と感謝も残して、漸く——。
女神と相成った青年は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます