『第七話』
幕間の章 『第七話』
「——では、その次。二品目の『キノコの味噌汁』を作っていきたいと思います」
二品目の調理である『キノコの味噌汁』に取り掛かる旨を述べ、青年は黄色や褐色の菌類——雨傘の如き形の
これらキノコも彼女という女神が事前に採取してきた食材であり、主に広葉樹で発生するこれは食用の菌類として人々の間でも特に人気がある物だ。
「さっきのお浸しよりも少し手間がかかる料理ですが手順自体は大体が同じなので、これも初心者向きの作り易い物です」
「同じと言いますと……茹でたり?」
「そうです。このキノコは茹でていない状態だと柔らか過ぎて直ぐに崩れてしまうので、一度お湯で茹でて身を硬くすることから始めます」
「あ——でしたらまた、私が火をつけますね」
「あっ、はい。有難うございます」
洗浄済みの鍋に新しい水、次いでキノコを壊れないよう優しく投入。
そして、再び気を利かせてくれたイディアによってつけられた火の上に、青年は鍋を置く。
「——そうしたら大体、沸騰して数十秒もあれば扱い易い硬さになるので、そうなったらやはり取り出して冷まします」
「先程のように水で?」
「水は使いますが……同時に、このキノコは汚れだけでなく"虫"も取り除く必要がありますので、一度鍋に冷水を張ったら其処に殺虫の目的でも塩を入れて、数十分程度の間、置いておきます」
「そう言った所謂『虫出し』の工程をやらないと野生のキノコは食べるのが難しいので、はい」
「なので後ほど、少なからず虫が出てくると思いますが……イディアさんは虫、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、虫。急に現れて襲われでもしない限りは」
「それなら……問題はなさそうです」
「はい。特に苦手と言うこともありませんし、実を言うと、実際に少し『食べた』経験もありますので、心配には及ばないかと」
「それは、また……正直、驚きました」
水の沸騰するまでの待ち時間。
素材の脆さ故、鍋に視線を集中させていた青年であったが、発言に驚いて僅かに目を見開き、向き直る——イディアの方向。
『偏った見方だったかもしれない』と自覚・内省しつつ目前の楚々とした外見の美女から『食虫』の経験告白が飛び出したことに少なからずの"意外性"を感じて、当事者のする詳細な話に興味津々と言った様子で耳を傾ける。
「虫を食べたことのある方は俺にとって、その……珍しいので」
「以前、歓待の席で"蜂の子"を頂いたことがあって、その時の一度ですが、食べました」
「蜂の子……食べる所もあるとは聞いていましたが……実際、美味しいんでしょうか?」
「……個神的には、食べる神も選ぶと思います」
「……選ぶ」
(人を選ぶ……"独特の癖がある"みたいな……?)
「……私が頂いたのは炒め物としての蜂の子だったのですが、正直それは……好みの味ではなく」
「……」
「甘いと言えば甘く、食べられる物ではあったのですが……淡白にも感じて、飽きが来てしまいまして」
「甘くて、淡白……」
「決して
「成る程。……淡白で物足りないなら、調味料次第で化けそうな感じもしますね」
「そう……なんでしょうか?」
「俺も経験がないので確かなことは言えませんが、虫なら……それこそ、砂糖とか蜂蜜で更に甘くして佃煮——じっくり煮て味を付けた物が一部では人気がある、と……聞いたことがあります」
良い感じに時間は潰れ、そろそろ沸き立つか、お湯。
「甘い煮付け、佃煮……確かにそれなら、味に飽きの来ない変化を加えられそうですね。それはまた、いいことを聞きました」
「……我が友は"物知り"です。やはり今日の料理指導を頼んで正解と思える程に」
「い、いえ……蜂の子に蜂蜜を頂いたイディアさんも物を知っていて、挑戦的でなんだか、凄くて……」
「——、——!」
そして間もなく。
雑な褒め言葉でも喜び、頷き、受け止めるイディアの前でお湯——沸ける。
「——そう言った所でお湯も沸いて数十秒が経ちますので、次は冷ましての虫出し作業に移りましょう」
「あっ、はい……! すみません、長々と」
「いえいえ。では、キノコを水に移します」
未知の情報を聞き知り、認識の広がる感覚を楽しんでもいた青年は早急に別の鍋で水を張り、その中へと塩を摘み入れて掻き回した後——身を硬くしたキノコを投入。
冷却と虫を除く工程、開始。
「後は塩味が付きすぎない程度に、十分くらい置いて虫が出てくるのを待った後、最終確認も兼ねて手で水洗いをします」
「なので、今はそれまでの待ち時間を使って汁の方を作っちゃいましょう」
「了解です。私にも出来ることはありますか?」
「そう、ですね。極端な話、汁は少しの味噌をお湯で溶かしてもらえればいいので……その作業をイディアさんにお願いしても?」
「はい! 任せてください」
「では、お願いします」
具のキノコの方を置いたまま、汁作りも並行して進めんと青年は新しい鍋に水を注入して、それを石の角棒の上に置いて。
「火を付けて——っと」
間を置かず、髪を赤く染めるイディアが鍋の下に点火。
もう息の合った両者の動きを眺める"外野の神"は何を思う。
「有難うございます」
「こちらこそ」
「後はお湯ができたら、こっちのお椀に味噌と一緒に入れて溶かしてください」
「俺の方はその間にキノコの残る処理を済ませておくので、お願いします」
「了解です」
美の女神の既に持った器用さと手際の良さを見て取り、任せる簡単な汁作り。
その間、一方の青年はキノコが浮かぶ冷水鍋の前に立ち、中に入れる
(——
(後の細かい部分は——)
塩水に晒されたことで環境の変化を敏感に感じ取ったのか、体長十ミリ前後の黒く小さな虫が数匹、キノコから這い出ていた。
この虫は仮に他の生物が口にしてしまっても何ら問題ない種ではあるが、やはり食事中に異物が混入するというのは気色が悪いもので。
大切な客に極力の礼節を尽くさんとする青年は水神としての知覚を用いて一つ一つ、キノコの中の水分伝いに虫の有無を確認し、中身が食い荒らされていた一つ二つの子実体を後に処分するために端へと避けておく。
(……残りは大丈夫。問題ない)
(最後は念入りに内部でちょっと、水を動かして…………オッケーだ)
「——イディアさん」
「? なんですか?」
「具にするキノコの方は問題なさそうでしたので、後これからは魚を焼くための焚き火を起こそうかと思いますが、汁の方は大丈夫ですか?」
「大丈夫だとは思います。ですが念のため、味見をお願いしても?」
「分かりました。このお椀ですね。では、失礼して——」
そうして、青年は椀を友から受け取って。
味を見る汁、殆ど仕上げの確認。
「——大丈夫です。濃すぎでも薄すぎでもない、丁度よく美味しい味です」
「どうも。……でしたら、次は?」
「次はこの汁にキノコを入れれば、少し具が寂しいかもですが二品目の味噌汁も完成ですので、少々お待ちを」
「手伝ってもらってありがとうございます」
「いえ。力になれたようで何よりです」
「そうしたら、こっちでつけた火はそのまま、あっちの焚き火に分けて——」
未だ燃える鍋下から枝で火を貰い、それを地べたの可燃物に突っ込み、焚き火の用意も整える。
「では次——最後の料理に移りましょう」
一汁一菜である『山菜のお浸し』と『キノコの味噌汁』はこうして、調理作業の大体が終了。
そのどちらも後は盛り付けて並べるのみとした青年はイディアと自分の順で再びに身を清めた後——最初に下処理を行った食材である二匹の鮭をまな板の上に移し戻し、料理作りも全体から見ての終盤に差し掛かるのであった。
「最後に手掛ける料理は先述の通り『鮭の塩焼き』です」
「血抜きや内臓取りは済んでいるので後は塩を振って焼けばいいんですが、串を通すのに少しだけコツがいるので見ていてください」
台から先の尖った木製の串を取り、鋭利な先端を鮭の口に充てがう。
「先ずは口から串を刺し込んでいきます」
「この時、口の左寄りから刺した場合は魚の体の右側へ向かって串を進めて、同時に背骨の上を通るようにします——」
貫通する串、鮭の胴体から飛び出る。
「——背骨の上を通して一度外に出したら次は、背骨の下を目指して下半身左側に串を刺して——こんな感じになれば大丈夫です」
「背骨を目安に左から右、そしてまた左ですね。やってみます」
青年に貫かれた鮭は縫い糸のように体を緩やかなジグザグ状に変えられ、歪んだ『S字』のよう。
手本としてその一匹が掲げられる中、イディアは自身でも同様の手順を踏もうと串を取る。
「左から入れて、背骨の上を通して右に……次は背骨の下を通して左に……こうですか?」
「上手です」
串に合わせて鮭の体を曲げ、美の女神も然して時間を取らずに手順をこなし。
焼かれる体勢を整えられた鮭二匹、串焼きらしい姿で後は焼かれるのみ——いや、味付けがまだだ。
「そうしたら後は塩を振って火の近くで焼くだけです。塩の量は目に見えるぐらいたっぷりで、尾やヒレの焦げを少なくする
「満遍なく振るためには少し高い位置からやると、丁度よく飛散するかと思います」
「高い位置からたっぷり、ですね」
先立って塩を振り始めた青年に倣い、イディアも塩を摘んで落とし、微風に乗せる。
両者は共に振り掛ける手を鮭の上で二巡、三巡させ、面を裏返しても同様の動作を行った。
「振り終わったら——これで、準備完了です」
「焚き火も起こしてあるので、後はその近くでこれを焼けば今日の料理は殆ど終了。次はいよいよ食事の時間です」
「お待ち兼ねの食事、楽しみです!」
まだ日の昇りきらない秋のある日。
周囲を黄や赤、時々緑とする森の色彩に囲まれた遺跡で女神たち。
朝食の準備を楽楽と終え、互いの協力を讃え合うように微笑みも見せ合う。
「念のため、また手も洗ってから実際の食事にしましょう」
「はい。塩で手が少しベタベタしていたので助かります。我が友」
言いながら水は出でて、その流れる様の如くに二柱の逢瀬も『なびなび』と進んで行くよう見えて。
「果たして塩焼き……どのような"お味"なのでしょう」
「魚としては結構定番の食べ方なので物凄く不味いということはないと思います。イディアさんのお口に合えばいいんですが」
「大丈夫です。貴方と一緒に作ったという事実だけでも、味に対する一定の保証となり得ます」
けれど、けれども。
異彩の髪を緑と黄の混合色とし、青年の出す
「少なくとも、失敗ということは決して……——」
美の女神、満面の花笑みを友へ向けようと視線を上げた——"その時"。
「————」
突如としてイディア——"絶句"。
「————」
(……?)
表情から忽ちに色を失わせ、言葉も忘れたように硬直する彼女の視線は訝しむ青年を見てはおらず。
洗った手の水を飛ばしてくれている友の肩越しに黄褐色の瞳が見ているのは"一本の樹木"。
捻れた太い幹を擁し、けれど遥か昔に折れたその大部分、自然の侵食が作って見せる空洞の穴——即ち、"古木の虚"。
その異界に繋がる門の如き虚の暗闇から——這い出る者を女神は見ていた。
「————!」
「……どうしました? イディアさん?」
「——う、"後ろ"……」
「後ろ……?」
振り向かんとする青年、イディアの指差す方向で——やはり川水の女神も——何故か虚より這い出る"神"を見る。
「——おはようございます。"若き女神達"」
その神、表情声色——冷ややかな。
白髪赤目、黒衣の女神。
「随分と仲の宜しいようで——"何よりです"」
横槍を——いや、『釘を刺しに』顕現す。
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