『第三話』

幕間の章 『第三話』



「——"ルキウスさん"、ですね。分かりました。以後も宜しくお願いします」

「はい。宜しくお願いします」



 アイレスの友人リーズの差し出す手を取って握手を交わした青年は同時に握る手の厚みと凹凸の感触を知る。



(……肉刺まめ?)


(何か、手作業を頻繁にする人なのか……?)



 初対面のリーズの、凡そ只の村娘ではないだろう特徴を知った女神の視線。

 顔は笑みを浮かべつつも横目はそのまま少女の膝下を覆う頑丈そうな金属をあしらわれた靴を認識し、握手を終えた手を離しながらに浮かぶ疑問いくつか。



(靴も動きやすそうで丈夫そうだし……何処か、都市ここよりも特殊な環境で暮らしているのかも……?)



「……申し訳ありません。ルキウスさん」

「——? ……ど、どうかしましたか?」



 だが、視線を戻して表情の上げる口角で受容の意を示していた青年はリーズの『おずおず』とした突然の断りに驚き、困惑の表情を浮かべて態度の理由を今は聞き返した。



「お会いしたばかりで恐縮なんですが、その……」

「? 何かあればどうぞ、ご遠慮なく」

「では、失礼ながら——既に貴方とは以前に何処かで、お会いしましたでしょうか?」

「……いえ、そんなことはなかったと思いますけど……また、どうして?」

「実は、"貴方の姿"に見覚えがあるような気がしまして、はい」

「……」



(……"女神"のことか。バレては——まだ、ない)



 頭巾を取り払った今の姿は神殿に置かれた精巧な女神像に酷似している——"生き写し"の如き者は考える。

 己と像では目や髪の色と髪型に差異はあれど——どちらも女神ルティスである以上は大体が同じで、恩師より賜った蓑の隠蔽効果を脱いだ今更に羽織るのもどうかと思い、『はぐらかす』選択肢を取ってみる。



(なるべくなら自然な形で顔と名前を使いたいし、此処はそれとなく水を向けて——)



 "水を向ける"——此処では相手の関心を意図して逸らそうと、適当な話題を自分で取り出してみようとするが、"しかし"。



「……いや、多分は他人の空似で……実を言うとこの髪とかは……都市の女神様に似て——」




「"もしかして"」




 程なくして青年の話題に出そうとした虚言は未遂で杞憂に終わる。

 幸運にもルキウスと名乗る者とリーズの間に割って入って憶測を述べるもう一人の少女アイレスが、"丁度良い話の種"を提供してくれるのだ。



(アイレスさん……?)



「……どうしたの? アイレス」

「見覚えがあるということは、もしかして前に二人とも『山の手でお会いしてるんじゃないか』と思って」

「どうして……?」

「だって、この方——ルキウスさんは前に『アルマ』の人から貰ったチーズを私の所に持ってきてくれたから、多分その時に」

「……成る程?」



(……"アルマ"? 二人は何か合点がいったみたいだけど……どういう……——)



「……確か、そうですよね? 前にルキウスさんが持って来てくださったのはアルマの方々と交換した物……でしたよね?」



 未だ理解の及ばない青年へと、向き直ったアイレスが確認を求める。



「——そ、そうですね。知ったのは後になってからですけど、山の方で牧畜をしているのはアルマと呼ばれる方々みたいですし……恐らくはそうだったと思います」

「でしたら、やっぱり……! あの味はリーズもくれるチーズと良く似ていたもの。きっと既に、何処かでお会いしていたのでしょう」

「……黒髪の方でルキウスさんという名前には覚えがないけど、姉様たちが取引で話してるのを遠目で見たりは——それなら、まぁ。あり得なくは……」



「……?? どういうことですか?」



『きっと"アルマ"というのがキーワードなのだろう』と思いながらしかし、全体の話は見えず。

 疑問符を浮かべる青年は詳細な説明を欲して年下の少女へ問い——返る答えは以下のよう。



「と言うのも、私の友人であるリーズは"アルマの一員"、その"血族"なのです」


「ですから、ルキウスさんが同じアルマの誰かとお会いしていた時、その近くにリーズもいて——だからこそ姿に見覚えがあったのではと、私は思ったのです」



 要は——『青年女神が水と食料を交換したアルマと呼ばれる人間の中に、直接の言葉を交わさずともリーズだって含まれていたのではないか』——ということであり、聞いて触発された青年は今一度その『アルマ』という人間集団についてを内心で振り返る。



(——『アルマ』)


(山脈一帯のこの地域を実質的に支配しているという"牧畜と戦に長けた民族")


(そして何より、その最たる特徴は——『"訳"あって構成員の殆どが女性である』ということ……だった筈)



 現在地であるルティシアの周辺と、其処に存在する勢力の力関係についてを以下、簡単に。



 山脈に囲まれた地形的にも冥界云々の伝承で土地が持つ薄暗い印象的にも、この辺境一帯は元来、殆どの人間が寄り付くような場所ではなかった。

 だが『人が少ない』ということは考え方によっては『余計なしがらみも少ない』とも言い換えられ、それ故に現在の山脈周辺には"訳ありの者たち"が集い、時に"巣くい"——ある種"日の当たらない社会"が形成されている。

 そして、『他の住み易い場所には居られない』複雑な事情を持つ者たちが集えば当然、其処では様々な利害の衝突——端的に言って"揉め事"が発生するのも日常茶飯事であると思われるのだが——にも関わらず、一帯で目立った闘争が未だに起こっていないのは件の民族『アルマ』の存在によるものが大きい。



(……それにアルマはらしい。しかも彼女たちの多くは大切な財産である家畜と——『女性だけ』だと侮る粗暴な輩から自分たちの身を守るため、幼少期から厳しい訓練を行ない"戦士"としての側面も併せ持つ……と言うけど、成る程——)


(この少女が年齢の割に厚みのあるのは——彼女がアルマで、日々の鍛錬をしているからか)



 青年は主に師より教わった山脈周辺に住まう者たちの情報を断片的に引き出し、腑に落ちた表情を浮かべて頷く。

 鍛えられた肉体と"神に由来する"とも言われる力で一帯に秩序を敷く、抑止的な牧畜戦闘民族アルマの存在——その所以を少女の輪郭を覆って整える筋肉の均整美に見出し、それらしい真実を知り得て女神は冷静思考を十分に取り戻す。



(まとめると『リーズさんはアルマ』で『俺はアルマの人と会ったことがある』)


(正直な所、やっぱり彼女自体に見覚えはないけど、この場を乗り切るためだ。話に乗っからせてもらって——)



「——成る程。でしたら確かにその時、お会いしていたかもしれません。ですが、だとしても顔は覚えていなくて……申し訳ありません。リーズさん」

「いえ、私の方こそ。顔をジロジロと疑うように眺めてしまい、申し訳ありませんでした」



 青年、次いでリーズの順で一応の非礼を詫び、他愛のない話が始まる。



「前は姉様たち……他のアルマの者と商売をしてチーズを手に入れたのですか?」

「はい。正確には交換で水と引き換えに頂きました。アルマの方々が作ったチーズ……とても美味しかったです」

「お口に合いましたのなら、私も喜ばしいです。ですが正直な所、アレは……少し、癖があって酸っぱくはありませんでしたか?」

「……最初は匂いと個性的な味に確かに驚きましたが、果実の甘みと合わさるとその酸味がまた絶妙に良くて——」



 普段の面倒を見てくれる女神たちを参考として好意的な事実を主体に話を組み立てる青年、外向きの笑顔。

 開く花の如き玉顔で頭一つ程に背の小さい少女に対しても目線をしっかり合わせて話をし、成熟した顔貌に垣間見せる柔和な雰囲気で相手の心をほぼ無意識的に掴んで行く。



「——姉様たちはアレを果物と一緒に焼いて酒のお供にしたりもしていますが、酒を飲まない私でも果物合わせなら飽きずに食べられているので是非、機会があれば試してみてください」

「確かに、それは美味しそうです。次の頂く機会にはやってみようと思います」



「……ふふっ」



「? どうしたの? アイレス」

「友達の貴方と恩人のルキウスさんが仲良くなってくれたみたいで嬉しくなっちゃって、つい——そうだ……!」



「チーズなら丁度リーズが持ってきてくれたのがありますし、やっぱり『おやつ』にしましょう……!」



 無邪気な笑顔のアイレス。

 掌で拳を叩いて、更に親睦を深めようと提案する——食事の席。



「ルキウスさん、どうでしょう? お時間がよろしければやはり何か、お食べになってもらうのは?」

「いや、でも……アイレスさんが折角に貰ったものを頂いてしまうのは……」



「いい機会ですし、私は構いませんよ。また別の美味しい食べ方で一品、振る舞います」



(リーズさんまで……)



 飲食の必要性が限りなく薄い女神は貴重な食料を分けてもらうことに気が引けて。

 けれど厚意を断り続けるのも、それはそれで苦しい。



「しかし、貴重な食料はひとで——皆さんで分け合う方が……」

「大丈夫です。弟の分も十分にありますので御心配には及びません」



「それに、実を言うと私は、ルキウスさんの旅のお話をもっと聞いてみたいと思っていて……リーズはどう?」

「確かに私も外の世界の、特に目上の人の話は興味あります」

「そうよね……!」




「なので——どうですか? ルキウスさん。時間に余裕があるのなら是非、食べながらで構いませんのでお話を聞かせてもらいたいのですけど……駄目、でしょうか?」




(……そう、言われると……)




 一つの柱に向かう視線は二人分。

 身長差の関係で起こる必然の上目遣いで少女たちに願われ、たじろぎ——。




「……では、少し……ほんの少しで構いませんので、はい」




 女神——折れる。





「今日も、ご馳走にならせてもらおうと思います」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る