『第四話』

幕間の章 『第四話』



「——そして、我ら血族に今生こんじょうの時を与えたもうた祖なる神へ」




「その栄光への謝意を——捧ぐ」




 高貴の血統を今に継ぎしアルマの少女リーズ。

 瞑目の彼女が紡いだ言葉により、その齎らした食の恵みを楽しむ時間は終わりを告げる。



「——……以上です」

「改めて——美味しい物を有難う、リーズ。食器は私が片付けておくね」



 アルマ仕込み『外はカリカリ、中はトロトロクリーミー』の——炙り山羊乳チーズとだいだい果物の組み合わせを味わった昼下がりの時、過ぎ去り。

 礼を言って空いた皿の三つを下げて行くのは家主の少女アイレスだ。



「……自分からも礼を。ご馳走様でした、リーズさん。本当に美味しかったです」

「いえ、こちらこそ。お粗末様でした。友人たちがアルマの持て成しで喜んでくれたこと、姉様たちにも伝えておきます」



 そして、後に続き。

 祈りの終わる時機を見計らっていた青年も感謝を伝え、頭を下げ。

 皿を下げ終わって席に戻るアイレスも合わせて二人と一つの柱は会釈を交え——にこやかな場は『食後の雑談へ興じよう』という雰囲気に。



「——では、食事も済んだことですし、少しお話の時間を。……ルキウスさんは大丈夫でしょうか?」

「勿論。大丈夫です」

「有難うございます。旅のお方の話を聞ける貴重で素敵な機会を頂けたことにも感謝の思いを捧げ——では、何からお話しましょう?」



「リーズは何か、話題はある?」

「色々あるけど……悩み中だから、私は後でもいいよ」

「了解よ」



「では——ルキウスさんの方は何か、お話したいことや聞いてみたいことなど、如何でしょうか?」

「そう……ですね。それなら一つ、この都市で気になっていた物があるんですけど……それについてお聞きしても構いませんか?」

「勿論、構いません。生まれ育ったルティシアに関することなら、私に答えられる範囲でお答えします……!」



 その穏やか時の中に『邪魔させてもらっている』青年。

『おずおず』と少女に合わせて目線を下げ、先ずは話の種になりそうな『ある疑問』によって談話の口火を切る。



「でしたら、先に質問させて頂いて——」


「最近、都市の様々な場所で"飾り付け"——"目玉のような模様"が描かれた物をよく見かけるんですけど、あれは一体……何なのでしょうか?」

「あぁ……! 目が描かれているガラスや石飾りのことですね。ルティシアであの飾りは『邪視じゃし避け』として置かれているんです」

「じゃし……け……?」

「はい。『見る』、若しくは『見られる』ことによって発生する"呪いや災い"の類いを我々は『邪視』と呼んでいます。そして、それに対抗して打ち消すために『邪視を返す』というような意味を込め、『邪視を避ける物』として描かれた目の模様が各地に置かれているのです」



(……呪いや災いというと、この前の……)



「……今年のルティシアでは立て続けに『良くないこと』が起きてしまいましたので……そうした不安の状況で『少しでも安心が得られれば』と、我々の抱く『平穏の願い』を目に見える形として鮮やかな飾りにもしているのです」



 問題の起きた都市に住まう少女は言い、切なさを感じさせる細めた眼差しで"何処かの遠く"を——"女神の川"の在る西の方向を見遣る。

 奇跡的に死者の数が極めて少なくに抑えられているとはいえ、"飢饉と疫病という災厄"を同じ年の短期間で経験した小都市ルティシア。

 例え復興は進み続けていても、生きる人々の心に未だ消し去れぬ『恐怖や怯えの影』が差している現状——直ぐには変わらず。

 物憂げな少女の仕草からも、その事実は明白で。



「……話には聞きました。心中お察しします」



 相手方を案じての発言ではあったが話題の選び方に配慮が不足していたと自省する青年は目を伏しての謝罪。

 裏では都市の防衛に尽力して多大な貢献を果たしている女神だが、彼女の心中でも先の事件に対する後悔の念は消えておらず。

 川で執り行われた葬儀の光景や励ます友の言葉、恩師の口から語られた真実を思い起こしながら今も——人の悲しみに寄り添う方法を模索。



「そして、ごめんなさい。辛い記憶を思い出させるようなことを……聞いてしまって」

「……いえ、私は大丈夫です。それに、あの邪視避けの飾りは祭事さいじに向けた物でもあるので、暗く沈むような話ばかりでもありません」

「祭事……と言うと、"お祭り"ですか?」

「はい。歌を歌ったり踊ったりもして場を華やかにする——"お祭り"です」



 けれど今、少女に青年の助けはそれ程必要ないようで。

 やはり年齢の割に言動が落ち着いているアイレスは沈みかけた雰囲気を晴らすよう自発的に笑顔を浮かべ、上げた声の調子で話題にのぼった"祭事"についてを説明する。



「実は今、ルティシアでは新しく祭りを起こすことが計画されていて、それで」

「新しいお祭り」

「はい。今年の厄祓やくばらいときたる年の豊穣幸運を我々の流れる水の女神に願う『新しい祭事』です。具体的な内容や日程についてはだ決まっていないのですが開催の方向で話が進んでいて——」



「と言うのも、リーズを含むアルマの方々がルティシアを訪れているのも——が祭事を共同で開催するため——謂わば、その打ち合わせを目的としたものなのです。……そうよね?」



 アイレスの視線がリーズに向き、金髪の少女は他でもない友の呼び掛けに応じての補足の情報を青年にも聞かせてくれる。



「そうです。おさの『ヘルヴィル』姉様が主導して協力を決定し、その細部を詰める目的で我々アルマは暫くの間、都市に滞在することになりました」


「なので、付き添いで来た私はその機会を利用して以前からの友人であるアイレスの下を訪れ、個人的に泊まっていくことになった——と言う訳なのです」



「成る程……それで、アルマの方々も都市に」



(……彼女たちだけじゃなく、ルティシアとアルマの間にも以前から交流があったのか)


(アルマの人たちは時に傭兵も生業とする民族だって聞いてたから勝手に怖い感じを予想してたけど……普通に友好的な一面もあるみたいだ)



 新たに『ルティシアとアルマ両勢力の友好的関係』の情報を知り得て己の認識も新しく更新した青年。

 合点のいく表情で頷いて、栗色の毛を持つ少女アイレスよりの"注がれる想い"に意識を傾けて。



「そうした訳なので、集団の垣根を越えて開かれる今度の祭事は特別な物となりますでしょう。それぞれが神の苦労を負いながら、しかしその中でも"平和に生きられるように願う"——」




「——"未来への希望"を謳った、特別な物に」




(……辛いことがあったのにアイレスさんは——都市の人々はそれでも前を向いて、必死に生きようとしてる)


(俺が護りたいと思ったのは……そんな彼女たちが平和で健やかに生きられる日常で、護りたいからこそ俺は——力を求めるんだ)




 度重なる苦難に翻弄されて尚——"未来に希望を抱いて生きる"人々の『"今"を護りたい』と、『自分もそう在りたい』と願う青年。

 人間に囲まれた今も孤独を感じる彼女は——過去を振り返っては戻ろうとする"心身の震え"を握る拳で押し込めて——目前の他者たちから想う。




(培った力を彼女たちのために使って……アデスさんやイディアさんも含む"今の皆んな"が幸せでいられるよう、その手助けが少しでも出来たのなら——)


(それ以上、俺に願うものは……思い残すことなんて、もう——)




 想いに想って、"諦念"の色を無言で隠して。





「——それでなんですけど……ルキウスさんは誰か今、結婚を見据えて交際している方がいらっしゃったりは……するのでしょうか?」

「————えっ"」





 アルマの少女に問われて気付く、いつの間にか話題が大きく転換していたことに。

 物思いに耽りすぎて話を聞きそびれていた青年は今暫しの間——驚きで苦悩を忘れるのだった。





「え、いや、そういった方はいないですけど——何でまた、そうした話を……?」

「気分を害してしまったのなら申し訳ありません。……ですが、私の属するアルマの中でそう言ったお話は大変に貴重でして」



「見た所、私やアイレスよりも年齢が上のルキウスさんでしたら何か——『大人の恋愛や結婚についても知っているのではないか』と思い、質問させて頂いたのですが……」

「な、成る程……?」

「駄目……でしたでしょうか?」

「い、いえ。駄目と言うことはありませんが、お——自分にそういう経験は……あ、"あんまりない"ので、面白い話は出来ないと思いますが……」



「……いえ、それでも——私もルキウスさんの恋愛話れんあいばなし、聞いてみたいです」



(——アイレスさんまで……!?)





(ど、どうしよう……? 咄嗟の見栄で『あんまりない』とか言っちゃった……! これじゃ、『少しはある』みたいな話に————)





 若者たちの興味・関心の輝く視線に晒され。

 焦りに冷たい汗水を流す青年の時は歓談によって過ぎて行くのであった。




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