『第九話』
第二章 『第九話』
「……」
「……」
向かい合うアデスとラシルズ。
二柱の間、宙を背景に不穏な空気は流れ——。
「……分かりました。質問にお答えします」
不承不承に折れたのは金髪赤目の長身女神。
彼女は格上の相手との衝突を避け、極力これ以上の意図せぬ情報流出を防ぐため——願いを聞き入れ、宿敵の早々に退去する道を選ぶ。
「……御協力に感謝します。女神」
「……」
了承が得られたと見て、緩む重圧。
小柄の玉体でラシルズを見上げていたアデスは絡ませた己の白髪を解き、金の刃も解放。
そうして一度、互いの女神は己の髪を手櫛で撫でた後。
「……
「——"質問"を始めます」
女神から女神への質問——"尋問"が開始される。
「…………」
「では先ず、一つ目の質問です」
「今より凡そ『七百七十七万六千秒』前、ある浜辺で王の造りし獣が"何者かによって殺害"されましたが——」
「——同時期、神王は何を?」
第一に問うたのは即ち——『凡そ三ヶ月前の事件発生時に神々の王は何をしていたのか』——"暫定的容疑者"の動向。
殺された成体の神獣べモスとその子——都市を襲った個体に残された傷が酷似していたこともあり、その"殺害"と精神操作による"襲撃の先導"を行ったのは"同一の存在"であると睨むアデス。
彼女は己の弟子が狂乱の獣より引き抜いた『矢』に残された僅かな『迸る光の神気』を調べ——凶行に及んだ者は『神王それ即ち光の王』か『彼の光に連なる者』だと——既に"大まかな目星"を付けていた。
「……その日、やはり王は眠りについていました」
「終日ですか?」
「はい」
「では、下界に干渉することはなかったと?」
「……一度だけ、寝返りの拍子に
「その落雷の着弾地点は分かりますか?」
「……あの山です」
ラシルズが伏し目の眼光で見遣る下方には山。
殆どの樹木が燃え消えて山肌を晒す——禿山。
死体の発見されたルティシア最寄りの浜辺とは大きく離れた、そもそも大陸からして異なる地点であった。
「火事こそ起きはしましたが、その火中に貴方の言う獣の姿はなかった筈です」
「……では、まして『弓』を引くようなことも……?」
「……なかった、と記憶しています。発射然り邪視然り、その日私は落雷以外で王の波の揺れる瞬間を観測してはいませんので」
「……成る程」
そしてアデスは内密に、引き出した証言と自らの内部情報を照合。
ラシルズの言う同日・同時刻・同地点で落雷と山火事に起因する落命の者が
相手の発言の信憑性が高いことを認め、疑いの度合いで上から順に並べた容疑者の一覧で——神々の王を頂点から一つ、下に降ろす。
「……言葉に嘘偽りはないようだ。理解も早く、大いに助かる」
「……」
「この調子であれば、"次の質問が最後"になるかもしれませんので……もう暫くの間、同じ調子を願います」
ならば、順位に変動があった今、次に問われるのは当然——。
「……では、そう言った所で次の質問です」
——"繰り上がった容疑者"に関することだろう。
「女神ラシルズ。貴方は——」
「——この矢に、覚えはありますか?」
蓑の内側から件の矢を——自発の輝きを失った鈍色を取り出し、掌の上で浮かせて見せる。
「これは……?」
「殺害された獣の、その産んだ幼子に突き刺さっていた物です」
「……只の鉄矢。覚えは……ありませんが」
「……では、"波動の痕跡"を調べて貰いたい。こと光の識別に関しては、私よりも光の神である貴方の方が鼻も利く」
「……」
「時間は待ちますので、分析と所感を——」
要はアデス、光が矢に作用した微細の形跡から
「…………がします」
突如、眼光を暗くしては『ぶつくさ』と物を言うラシルズ。
なんとなしに矢を眺めていた彼女はそれに顔を近づけ、『すんすん』と鳴らす鼻。
「……何と……?」
「……匂いがします」
早くも——ラシルズは異変を感知。
"分析の結果が出るまでにどれだけの時間を要するか"というアデスの心配は杞憂に終わる。
「王の——王とよく似た匂いがするのです」
「"王とよく似た"……『神王そのものではない』と言い切れるのですか?」
「"はい"。我が王の最高最強たる熱、粒に波も——王と最も多くの同じ時を過ごした私が間違える訳がない」
「……」
「この鼻、この目、私という王の分け身……! 存在の全てが——覚える愛を忘れ、最愛を間違うことなど……あってはならないのです……!」
「…………」
語気を強めながらも表情は冷ややかに、喜怒哀楽を見た目で感じさせない真顔のラシルズ。
その女神と似たような冷色を持つアデスは特に相手の見せる強い口調と語意に動じることはなく、引きもせず。
「……であれば、
「"いえ、不可能です"」
「……
「王以外の匂いなぞ興味もなく、知りもしませんので」
「……」
「加えて、残る
「……そうですか」
一先ずは得られた新たな情報を基に仮説を更新。
王に連なる者、"縁者の誰か"という予測はそのままに、『よく似た』——即ち『酷似』する程に"王と縁の近しき者"が関係しているだろうことを再度に強く認識。
よってラシルズを含む"直系の者共"に焦点を当て、神は勿論それ以外の種族も包括した容疑者の一覧を修正し——そこに名のある者たちの調査を次の主な行動指針とする。
「……それが王より直接に分かたれた光であるのならば、話は早いのですが……」
「……私を疑っていると……?」
「いえ、そうではなく。私の知る光の神の多くは貴方も含めて概ね話の分かる者たちだ。尋ねるにしても、今がそうであるように面倒な手間はかからない——そう思っただけです」
「…………」
つい先ほどまで己を丸め込もうとしていた相手をラシルズは視線で訝しむがしかし、やはり何食わぬ顔で鈴を転がすような声を発する小さな女神は——蠱惑の化身。
「柱の一つは貴方で、一つは山に、また一つは森にその姿が確認されており……残る一つは一体——"何処にいるのでしょうか"」
「……知りません」
「大戦以後、"消息不明の神"……彼の者との面識は?」
「——"な・い・で・す"」
「……
「……」
「そんなにあの神の居場所、それ以前に生存しているかどうかを知りたいのなら、自身で探せばいいではないですか」
「……」
「一つでさえ二千億を超える
「……」
女神の声を背景の音ととして思案をした後——。
「……確かにそうですね」
「やはり事を成すのなら、"自力本願"が最も手っ取り早く、納得の結果も得られるでしょう——」
——糸引くような別れを切り出す。
「——では、最後に改めて貴方の御協力に感謝します。女神ラシルズ。本日は時間を頂き、誠に有難うございました」
「……質問は……」
「質問は以上です」
「……もういいのですか」
「はい。問題なくに要件は済み、今は——私という女神の立ち去る時です」
そう言うとアデスは微笑を浮かべて見せた後、頭巾を被り——背を向けて山頂の際へと移動。
崖下を目前とした場所で足を止め、残る女神に背を向けたまま——。
「……最後に一つだけ」
一切の表情を見せることなく——言葉を残す。
「……王が言及したのか、その美しさを讃えたのかは私の
「"美の女神"、あの者は今——私の客だ」
「余計な手出しは慎むよう——"
瞬く眼光で地上の美の女神に、『己は遠征に発つ』ことを伝えた後——。
「……では————」
崖より飛び降りた女神。
不可視の渦に呑まれ——姿を隠す。
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