『第八話』

第二章 『第八話』



 標高凡そ二万メートル、星を覆う成層圏の下部。

 気温は摂氏マイナス五十六度、吹くのは穏やかな西風。

 大地が球形だということが弧を描く地平の線から直接に見て取れる——山のいただき



「————」



 エネルギー供給を"経口"という原始的な手段に頼っている生物では辿り着けぬこの場所——顕現するのは当然に人ならざる者。

 宙の背景と同化した闇より出でるは少女の形。



「…………」



 その者、白髪と赤目を有する黒衣の女——女神アデス。

 "私用"によってこの星の最高峰を訪れた彼女の、頭巾の下より覗く眼光が見つめる先には——"建物"。

 その建物は"神殿"であった。

 巨大で、建材も人の知らぬ物質が使われた——"神の造りし神殿"。

 "神の神による神のための殿でん"にして——"やしろ"。

 儚く散り、"星と成った同名の女神"を祀るからして、呼び名はそのまま——『星の神殿』とでも言うべきだろう。



「……」



 そうした正真神聖の場所、煌々と輝く白き日の下。

 神殿の前に降り立ってはその中を目指して悠然と歩みを進めるアデス。

 弟子の緩やかな、しかし着実の成長を見守った彼女は——最低限の自己防衛を暗にへ任せた後、己は己で"重要案件"への対処を続行。

 女神の周囲を騒がせる一連の事件についてを調べるため世界を飛び回り、今——"重要な参考対象である可能性が極めて高い神"を求め、星の神殿に至っていた。



「…………」



 一歩、二歩と進む足取り。

 目的の神は神殿内部に居るのだろうと、女神は入り口の前で連なる階段をのぼり。

 しかしそうして——差し掛かった踊り場で。


「"————"」


 物質の伝える波の急激な変化に気付いた白黒の少女は歩みを停止。

 徐に顔を右側へと向け、頭巾を上げて——"丁寧にご挨拶"。



「……お久しぶりです」



「光輝の神。女神——『ラシルズ』」



 すると、顕れるのは——。



「…………"よくも"——」



「——よくも"そのような口"が利ける……っ」




が……!」




 名を呼ばれた——"女神"。

 光の反射を用いて姿を隠していた"輝きの柱"——アデスの眼前に顕現する。



「あな——お前のような暗澹あんたんの女神が、一体この聖域に何故なにゆえ——その重き足を運ぶのか」



 その『ラシルズ』と呼ばれた女神、嫌悪の声色を露わにしながら訪問者と神殿を隔てるようにして間に入り——立ち塞がる。



「答えよ」




「……」

「……」




「……暫く会わぬ間に、髪の形——」



「"理由を答えろと言っている"」



 そうしてアデスの仕掛けた社交辞令を一蹴した女神の美髪は"黄金の色"。

 髪の型は左右の"側頭部"でそれぞれ結われた二つ結び。

 凄んで何やら光の漲る瞳、虹彩の色こそ対面の女神と"よく似た赤色"ではあるが——両者の体格差は著しく、背は縦に、胸部と臀部は横に高い。

 すらりとした長身の纏う、星を散りばめられたドレスさえ白く——平ら穏やか黒尽くめの女神とは多くの点で対照的に見える——しかし、どちらも有する"花のかんばせ"が向かい合っていた。



「誰が『世間話をせよ』と命じた」



「……駄目ですか? 世間話」



「……ふざけているのか……?」



「いえ。ただ私は旧交を温めようと……思いがけぬ逢瀬を"更に"良きものとするため、先ずは気を柔らげようとしただけで……」



 冷たき怜悧のアデスはそう言い、わざとらしく蓑の袖で口元を隠しながらに伏し目。



「……それが『駄目だ』と言われては、この老体からだ老婆心こころも……暗く、沈む思いで……」

「それ、は……」



「……駄目、でしょうか……?」



 しかし抜け目なく、思惑を秘したまま。

 体格差故に見上げた先の女神へ——上目遣いで問い掛ける。



「——っっ……! くっ……私を取るに足らない小娘だと思い、あしらおうと……!」

「そのようなこと、まさか。娘どうこう以前に私と貴方は共に一柱ひとはしらの女神。——」

「〜〜っ……!」




「——"聴取おはなし"を……しませんか?」




 するり、するりと心に入り込む——囁き。

 未知の権能が"ソワソワ"と、近くに感じさせる——音の波。

 魔性の語りは身に触れることなく——大元たる神の姿を伴わぬ女神の心を——解きほぐす。



「〜〜……! だ、駄目です! なりません!」

「……何故なにゆえ?」

「貴方と話に興じるなど、王の許可なくして、そんなこと……!」

「……"許可"が、要るのですか?」

「あ、当たり前です……! 一時いっときとはいえ、大敵と語らうなどとそんなの……許しが必要に決まって——」



 続けて"聴"き、情報を"取"得して行く。



「では、私の方から貴方の王へ許可を願います。……それではどうでしょうか?」

「そ、それも駄目です。今は——"王の眠りを妨げてはならない"」

「……ふむ。では、貴方や私が彼の王を目覚めさせることも——」

「あってはならない」

「……ということ、ですか」



「……それでは、話をお聴きすることは出来ませんね」



「残念です」

「そうです。王の臥所ふしどである聖域に、私以外の者は近付くことさえ許されず……いえ、それ以前に、神々の頂点に立つ王の横に他の、"貴方のような王"が並ぶことがあっては——」



「でしたら、私の話などという瑣末事さまつごとで王へと手間を取らせる訳にはいきません。"直接にまみえることは諦めましょう"」



 女神ラシルズが障壁になると判断、見通しを一部——変更。



「そう、そうです。初めからそうすれば良いのです。私共々に目覚めを待ち、そもそも貴方は王が眠りに就くようになった"切っ掛け"を謝って、それから私と——ん?」



「……"直接に、見える"……?」



「それは、どういう……」



 主な聴取の対象を目の前の女神とし、部分的な真実を明かす。



「……!! ま、まさか、初めから——私ではなく、王を——」

「——っ……! 気を柔らげようしていたのも、"懐柔"のため……!」

。けれども、拝謁は叶わず」

「こっ——の……っ! "魔性"が——!」



 女神の感情に呼応して動くのは結わえ髪。

 熱を帯びた二つの金の光刃が襲い来る中——しかし、アデスは平然と。



「故に、女神ラシルズ。貴方へ問いましょう」



 白き己の結わえ髪を同じく動かしてはラシルズの髪を巻き込み、縛り——無力化。

 絡まりあった美髪で憤る女神を釘付けとし、尚も涼しげに言葉を送る。



「王の側に控える貴方ならば、その動向についてもよくご存知の筈」

「弄んでおいてっ……今更、何を——!」

「僅かな間で構わない。私の質問に答えてもらいます」

「く……っ! 質問をしたいのはっ、話をしているのは此方——」




「話しているのは——




「——っ」

「今も私を案じてくれる貴方に、嘘を吐きたくはありません。ですので、今より口にするのは私の本心……現状の世界で唯一貴方だけに伝える私の、この日この場を訪れた——"本当の目的"」



 近くに寄った花と花。

 語調こそは穏やかなれど、神の吹かせる凍てつく風——光輝の肌を撫でて行く。



「私は、己の内に抱える疑念を晴らすため、大賢たる神王——若しくは博識聡明の、王をよく知る貴方に訪ねたい事があったため、星のいただきに足を運んだのです」



「今のその言葉に他意はなく、りて私という女神が貴方に求めるのは——『質問への回答』……ただ、それだけ」



「回答の内容は貴方が自由に決めてよい。私が問い、貴方が答え……要件の済み次第、直ちに私はこの聖域より去りましょう」




「ですのでどうか、今暫くの御協力を——」




 そうして畳み掛ける言葉の重圧は有無を言わせず。

 対面の女神の"直情"に傾きがちな気質を知る古き神は締めに、"やんわり"と——微笑んでみせるのであった。




「——"願います"。女神ラシルズ」



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