『第十一話』
第一章 『第十一話』
「そして、目標の設定にあたり——」
「……(……今は切り替えよう)」
限られた時間の中、優先すべきは飢饉を解決するための議論だ。
「都市が置かれる状況、その"原因"を考えます」
「……」
「彼の地で発生している"食料不足の原因"は……
アデスが行う瞑目からの目配せ。
青年に続きを答えさせ、現状の理解度を測ろうとする。
「……神獣べモスが現れて畑や家畜、都市の備蓄食料を食い荒らしたから……?」
「その通りです。補足をするならば——」
「——今より数日前、『本来ならば海を主な生息地とする彼の神獣が突如として陸地に現われ出でて、都市ルティシアを襲った』……それこそが問題となった食料不足の"直接的な原因"と言えるでしょう」
青年の対面。
アデスの立てる左手の人差し指が揺れる。
「ではそして——現状に繋がる原因が明確となった所で、その解決手段・方法についてを考えましょう」
「先ずは女神ルティス。貴方に尋ねます。食料不足解決を目指すにあたって、どのような手段・方法があると思いますか?」
「……そう、ですね。それは勿論……——"不足分の食料を補うこと"。"食料を供給"することが第一……だと思います」
"なくて困る物をあるようにする"。
単純ながらも的確な答えだが——。
「……確かに、そうですね。人間達は主に食事——食べることによって"肉体維持の力"を得ており、不足が問題なれば、他でもないその不足を補えばいい。……最もな発想です」
(そう……だよな)
「当面の食料さえ補えれば餓死の危険性は大きく低下し、続く数十の
「また、食料がもたらす活力は凡ゆる行動を支える原動力であり、彼らに選択の余地さえ与える——」
「手足が動くなら、走れるなら、武器を振るい戦うことが出来るのならば——そうでない時よりも選べる道の、数多く。……痛みは伴いますが、"離散"や"移住"の選択肢も今より現実的なものとなるでしょう」
(死を待つだけよりは、
(……例え、故郷を離れることになっても……"死なない"ことの方が——)
示された苦渋の選択肢——"実感と共感"で顰める眉。
今の青年にとっては『死ぬこと』よりも遥かに『生きること』の方が重要に思えたが、"住み慣れた故郷を離れる"こともやはり——"心は痛む"。
その選択は最悪ではないが——最良でもないのだろう。
親や兄弟姉妹と過ごした思い出の地を災難危難で捨てなければ——準備の時さえ与えられず離別しなければいけない——というのは『酷だ』と。
"今の青年にはそのように"、思えてしまうのだ。
(……出来ることなら、"もっといい選択肢"を——)
「——では、不足を補うという方向性で話を進めた場合、具体的には"何処からどのように"して、食料の供給が可能でしょうか?」
「……"都市の人たちが自分たちで育てる"——のは時間が掛かり過ぎるから無理で……」
「……」
「……それなら。俺がこの辺から食料を——魚や木の実を取って、彼らに持って行くのは……」
「先刻も言いましたが……数人ならまだしも、数百人分の食料を連日に渡って供給することが今の貴方に可能だとは思えません」
「……」
「一週間で水の放出が出来るようになったとして、神獣が居座り続ける限り
「……人々を"ふやかしたい"だけなら、止めはしませんが」
「……」
そうして。
青年の考えは間違っていなくとも、冷淡やんわりに第一の案は退けられ、めげずに模索する次の選択肢。
「……それならやっぱり、アデスさんは"信仰的に難しい"と言ってましたけど……"外部の他の人や都市に助けてもらう"しか、方法はない気が……」
希望の糸口を求め、疑問を繰り出す。
「……参考までに、ルティシアから一番近い都市や村は、どの辺りにあるんですか?」
「神体の河口付近にルティシアよりも栄えた海辺の港湾都市があります」
「間の距離は……?」
「辺りの人間の移動速度で考えた場合……二日は掛かる距離です」
「……」
「だったらそこに助けを……というのは、やはり……」
「厳しいでしょう。前にも言いましたが神獣と進んで事を構えるような人間はごく僅かであり、加えて——」
「神の傑作と呼ばれる神獣べモス。そして何より、その獣を含む数多の命を創り出した"生命の祖"——『神々の王』の怒りに触れることをこそ、彼らは畏れている」
「……その『王様』を怒らせることは、そんなに?」
「他者を助けた所で王の機嫌を損ね、剰え怒りを買えば——助けた者も助けられた者もまとめて——"塵の一つさえ残らない"」
「……」
「"大いなる神"の閃光。終極の熱を
煩わしげに天を仰ぐアデス。
その先には光の輪——至高の天で日輪が輝き続ける。
「……よって、他人の好意や善意に期待すること、現状では難しいものと考えよ」
「……」
「それはつまり、都市への単純な食料供給が——神獣が居座っている現状では限りなく不可能に近いという事」
そうした後、アデスは視線を戻し。
「しかし、それでも貴方が諦めたくないと言うのなら、活路を見出そうとするのなら——」
青年に向き直って"指導"を続ける。
「それ以外の。現状での供給を除いた——"他の可能性"に目を向ける方が得策だと、私は思いますが」
「……」
「……」
「……」
「……少し、考えさせて下さい」
「……はい」
(……考えろ)
冷ややかな声色の主から背けるようにして視線を下げ、考え込む。
(……今のルティシアが置かれている危機的状況は"食料不足")
(これを解決するには大前提として"食料が必要"で——)
話し合いを振り返り、"残る可能性"を探す。
(俺だけじゃそれはどうしようもなくて、港湾都市からなら二日の距離で輸入が可能かもしれない——)
(でも、それには——神獣が邪魔だ)
文脈を辿り、思い返す。
(そいつさえ、居なければ——)
そして。
————————————————————
『……都市への単純な食料供給は——神獣が居座っている現状では——限りなく不可能に近い……』
————————————————————
(——神獣が居座っている限り、彼女たちに出来ること、は……)
(……"現状"……"限り"……?)
(……居座っている限りは不可能……だと、したら……もしかして——)
気付いた"違和感"を口にする。
「神獣さえ居なくなれば——どうにかなる」
「……」
「……そういうことですか?」
「……——」
顔を上げて見遣る先。
音を口から発しようとするアデスの——言葉。
「はい」
「"そういうこと"——です」
「!」
その言葉は問い掛けに対する"肯定"を意味し、和らぐ声色に語調が——"煽る"。
「都市、八方塞がりの膠着状態。打破の糸口に蓋をする——いえ」
「蓋そのものとなっているのが、獣。それが動かすことの出来る物体なら——貴方が、『神をも恐れぬ』と言うのなら」
「"成すべきことは一つ"」
「それ、即ち——」
"達成すべき目標"を明らかとする。
「——神獣べモスの撃退だ」
(————撃、退……)
戦慄。
想起する轟音、音の震わす我が身。
強張る、女神の玉体。
「
「"撃退"——それこそが、貴方に残された命を救う道」
「私の指導と貴方の学びに設ける——"目標"であります」
(
「よって、女神」
「貴方には神獣を撃退するため、今日よりの一週間で
(…………でも、確かに
(食料をなるだけ早くに供給出来れば、故郷を離れないといけないかどうか——"もっといい選択肢"も考えられるようになるかもしれない)
(…………だったら——)
「準備はいいですか。私の指導は——」
かくして、本格的に修行・鍛錬・訓練の——。
「——甘くありませんよ」
(——やるしか、ないのか)
学びの時が、幕を上げる。
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