『第九話』
第一章 『第九話』
「——俺、やります」
「女神、やります」
その主は女神の姿を持つ青年。
かつては誠——今はルティスと呼ばれる者。
未だ夢心地の彼女の胸中では静かに炎が燃えていた。
「——若き身空で風変わり、面白き言葉を使う」
ゆらり、揺らめく闇の影。
幹より身を離して青年に応じるのは白黒の小柄な柱——アデスだ。
「ですが、それより先に伝えるべき言葉が貴方には、あるのではないですか?」
「……?」
「————あ……!」
「……長時間、待たせてしまってごめんなさい」
「……いえ。待ち惚けの数時間など、火急の要件を持たぬ今では誤差でしかないので、それについて問題は何も」
「私が言いたいのは——『女神をやる』という結論に何故、貴方が至ったのか——先に、その理由を説明して頂きたいということです」
突然の宣誓に動じる素振りを見せず、
現状、青年の言葉は誰が見ても奇言に過ぎず、会話を成り立たせるためには補足が必要だ。
「確かに、それは……そうですよね。勝手に自分だけで完結してしまって、すいません」
「……表情の変化を見れば、心境においても変化があったことは私にも瞭然。この都市で何か——"得るもの"があったのではないですか?」
他者の言及でそのことに気付いた青年は軽く頭を下た後、促されるまま素直に。
「それは……はい」
「では、それについてお聞かせ願えますか」
頷きを挟んで、理由を明かす。
「——状況が少しだけ見えてきたんです。この都市の人々は俺と似た思いを抱えていて、そして……俺がその思いに応えたから、この姿——"ルティスと呼ばれる女神の形を取った"」
「……」
表に裏に、面を変えて見遣る自らの腕は以前よりも細く——。
「……詳しい仕組みや原理は分かりません。この世界がどういった場所なのか、まだ……夢を見ているような気分で……」
「……」
「だけど、それでも」
しかし——握る拳は力強く。
赤に向ける黒の眼差し——中で輝き、"渦を巻く"。
「もし、この
「……『助けたい』、と。そう思ったんです」
「……」
「……夢だとしても、目の前で誰かの命が失われる瞬間を見たくない。俺と同じく、必死に生きようとしている人たちを……彼女たちを、放ってはおけないから」
『どうせ見るなら良い夢』と。
助けてくれた少女に再び涙を流させるのではなく、心からの笑顔を浮かべられる世界を生きて欲しいから——言葉として、誓う。
空腹は勿論——両親が共働きの環境で育った青年にとっては親の居ない——幼少の自分と妹の二人だけの家もまた、寂しく感じられる時があって。
何より——"そこから更に大切な存在が喪われる"——"孤独に取り残される"ことが、今の彼女には"とても恐ろしいこと"に思えたのだ。
「だから。今は求められる役割を可能な限り、俺が担って……その……」
「……」
「……『女神として、自分が頑張りたい』……そう思って……ああいうことを言ったんです」
「……」
「……」
「……」
流れる沈黙。
口元に手を近付けるアデスは真顔で数秒の思案を経てから反応を返す。
「……成る程。概ね貴方の言い分、理屈は把握しました——」
「——『苦しむ者たちの、その苦しみを和らげたい・取り除きたい』……そうした理解で間違いはありませんか?」
「はい。そうしたいと考えています」
「……」
「……"出来るなら"。ですが」
「ふむ……ならば——」
「——『何を成すのか』、己の行動を決定するのは他でもない貴方自身の自由意志であり、私から取り立てて言及する程の事は何もない。思うまま、好きにやってみればいいでしょう——」
「……」
「——ですが……」
言葉を止め、アデスの見遣る先には青年。
「……?」
「……一つ。お聞きしたいことがあります」
言葉遣いはおろか、つい先日まで自身の感情さえ碌に制御出来ていなかった——"見た目もそのまま青い筈の女神"が立ち尽くすのみであり、"黒の虹彩と長髪を持つその者"の"追及"を、見上げる彼女は続行する。
「何でしょうか?」
「……貴方は『助けたい』と言いますが、では——」
「『助ける』とは"具体的に何をどうする"——"どのような
「……それは……」
「……飢饉を迎える小都市。外部の援助も期待できず、ましてや元凶たる神獣も遠からぬ場所に健在——」
「この状況を——今の貴方がどうやって打開するつもりで?」
「……」
泳ぐ目線。
自立する筈の柱でありながら、"視覚に頼り過ぎる"その様のなんと頼りなきこと。
思いが如何に立派なものであろうと、その身が変化を果たしても——今の青年は神力を活かす術を持たない——知らぬのだ。
「……こ、こう……都市の人々を力? で移動させたりとか……」
「……」
「……食べ物を沢山出したり、神獣を追い払ったり——」
「出来るのですか?」
「…………分かりません」
「……」
決起して都市を飛び出したはいいが、無軌道にして自棄っぱち。
落とした己の肩はひ弱に思えて、いくら拳を握って開こうと——出るのは汗水のような水滴だけ。
超常の力を有するという実感、その目立った兆しは確認出来ず、諦念正直に具体的な計画の持ち合わせもないことを白状した青年は俯くことしか出来なかった。
(俺には……あの姉弟を助けることはできないのか)
身を震わしながら——身の震えを気にかける。
「…………」
(……"あんな思い"はもう、誰にも——っ)
苦悩する己を抱えながら——他者の苦悩を想う。
「…………」
そうして。
青年の、その様を見つめる一対の赤が——。
「"私は——言い顕した"」
——"問い掛けを始める"。
「——『貴方を導く』と」
「しかしそれは、私の決意を表しただけに
「故に——今一度で"問う"」
(……? 何を、言って——)
「"覚悟はあるのか"」
「無能なる己を直視しては無知の己も知り、何より己の無力を痛感する」
「学び
「換言しては"現在の不可能を未来での可能と変えるための覚悟"が、貴方には——あるのですか? "女神"」
「女神ルティス」
「……」
問い掛けは終わりだ。
次は答えの番——ルティスと呼ばれる青年が自ら考え、自らのその意志を示す番だ。
「……要は『導く』——『その提案に俺が応じるか否か』——そういうことですか」
「然り。応じれば私は貴方を教え導き、応じなければ……この場を去ろう」
「……応じれば、"力が手に入る"?」
「それについては貴方次第。私は飽く迄も女神として貴方に教えを授けるだけ、言うなれば……背を押すのみ」
「その
アデスが行う、念入りの確認。
彼女のそれは意志決定権の所在を明確にする為の行いであったが——。
「……」
「思案の時間を必要とするならば、私は待ちます。……ですが、飢える都市に残された時間は——」
しかし——今において、そうした配慮は無用であった。
「いえ。"二度も待たせることはしません"」
「……"既に答えは決まっている"と?」
「——"はい"」
「……であれば聞きましょう。貴方の答えを」
問われた青年は——とうに決めていたから。
会話の序盤に述べた"奇異な発言"と"その理由"が既に心で答えを指し示していたからだ。
「……学んでどうにかなるものなら、やってみます……"やってやります"」
「やっぱり俺に、彼女たちを放っておくことは出来ません。それは絶対にしたくない……"してはならない"と感じているので」
「——だから」
渇き知らずの喉で伝える。
飢え知らずの体に満ちる——漠然と満ちているだけの力の使い方を学び、知り——今の
「どうか——"指導"をお願いします。アデスさん」
「俺に、この、女神の力の使い方をどうか——」
頭を下げ、切に願う。
「——教えてください」
「……了解しました。では——」
そして当然。
提案を持ち掛けたアデスの返答も肯定であり、ここに改めて両者の合意が結ばれた。
「——早速、学びの場である貴方の神体、ルティスの川に移りましょう」
「はい……! ……えっ、戻るんですか?」
「
アデス、歩み寄る。
確固たる足取りで青年へと向かい、そして。
「ですので、一瞬の
翻す漆黒で霧状となる蓑。
意志で操作される"気体"——"のようなもの"。
瞬きの間に青年と小さき柱自身を包み込み——。
「——行きます」
二柱は川に向かい——とぶ。
出発点から目的地たる川の地点へと——"移る"のであった。
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