第3話 光るボール

 社人になり、合コンやら友人の紹介で、男性と知り合う機会はあった。

 告ったらフラれるの繰り返し。彼氏いない歴、七年か。

 良い事なんて何もない。早く死にたい。

 暗い部屋にいると、どんどんネガティブになるのと同時に、どこか落ち着く。


    〇


春陽はるひ】名前を呼ばれた。誰?

 振り向くと、暗闇に光るボールみたいな物が浮かんでいる。

 とても驚いた。

 けれども生きている今、疲れと辛い思いしか感じなくなった私は、怖くはなかった。


【お前の想いが強すぎて、私が派遣された】光るボールから声が聞こえた。

 誰なの? 聞いても返事がなかった。

 私は疲れていたので、そのまま眠ってしまった。

 それどころではないのだ。明日の為に、眠らなくてはならない。


 夢を見た。〇〇時代。飢饉が流行し、食べ物がなかった時代。

 そんな中で重税、お役人の見回りで貴重品は没収。

 男子はお国の為に、女子は家で朝から晩まで働かされた。給料など出ない。一日一食分の粗末な食事があるだけだった。

 生まれた子どもは栄養が摂れずに、名前も付けられない内に……。

 犯罪が横行した。わざと怪我をして奉公を逃れた男たちが、女だけの家を狙う。

 子どもを人質にとり、全てを奪う。

 時には、強盗をしている最中に血を吐いて死ぬ男もいた。

 感染症が流行した。特効薬のない時代、どんどん感染者が増えた。


 私はうめき声をあげて、飛び起きた。

 怖かった。酷かった。何だかとても、申し訳なかった。

 今の豊かさを知る。「マシ」などではない。

 あんなに嫌だった繰り返しの毎日は、言い換えれば保障されている、に近いのではないのかと……。

 そう思ったら、会社の良い所……(良いとはまだ云えない)マシな所が見えてきた。

 

 朝の繰り返し、熱いコーヒーを飲む。毎日飲んでいる。

 コーヒーがなくなったら、買いに行く。

 コーヒーはいつでも店頭に並び、私はいつでもコーヒーを買うお金を持っている。

 怯えながら、今の自分の豊かさに感謝する。きっとこの気持ちが必要。

 この日はいつもと違う気持ちで仕事をした。

 私は、同僚や上司に嫌がらせを受けている訳でもない。仕事がきついのは確かだが。


  〇


【どうだった?】電気を消して寝ようとしたら声がした。

 昨日と同じ、光るボールが浮いていた。

 私の想いが強すぎて派遣されたって云っていたな。

 ある意味私の願いがどこかに通じたって事かな。

「私、今、恵まれていたんだね。働いた分お給料が貰えて、毎日ごはんを食べれてお風呂も入れて」

 自分に云い聞かせるように呟いた。


【それは、夢で見た〇〇時代と比べて?】光るボールから聞こえてきた。

「それもだけど、私は仕事が嫌なだけで、環境は良い方なんじゃないかなって」

 自分に云い聞かせるような、言い訳のような具合を感じる。


【良い方? 何と比べて?】

「今ニュースで流れている問題の大企業とか」

 本当にそう思ったから、そのまま答えた。


【そうか、比べてみて初めて解ったって事かな。今夜はもう一つ夢を見せるよ】



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る