第4話 支援者

 問題は結婚の翌月に起こった。

 ユウの勤めていた弁護士事務所の所長は、酷く保守的な人だった。女性が重要な役職で働くべきではない、と言ってはばからないほど、旧時代的な女性蔑視の意識を持っていて、そもそもユウの活躍を快く思っていなかったそうだ。そこへきて、女性同士で結婚したユウに、所長はとうとう強権を発動させたのだ。

 勤務態度の悪さ、職務怠慢、ありもしないミスの数々。所長はそれらをでっち上げ、ユウを解雇すると言い出した。

「おかしいよ、こんなの……」

 依願退職いがんたいしょくの書類を整えだしたユウに、私は追いすがった。仕事に情熱を燃やしていたユウが、弁護士の仕事を続けられなくなる不条理に、私は黙っていられなかった。

「心配かけてごめんね。でも、私があの事務所に残っていたら、いろんな人に迷惑がかかりそうなの」

 事務所にはユウの力になってくれる同僚もたくさんいて、所長に直談判をして停職処分を受けた者もいれば、事務所を相手に裁判を起こすと息巻いている者もいるそうだ。けれど、実際に裁判になれば、どちらが勝ったとしても、弁護士事務所の信頼は地に落ちる。ユウはそれを危惧しているらしい。ユウさえ身を引けば、すべてが丸く収まる。だから、依願退職をするのだと言う。

「あの所長さんに目をつけられたら、他の事務所に入るのも難しいんでしょ?」

「しばらくは不便をかけるかもしれないけど、すぐに別の仕事を探すから」

「お金の心配をしてるんじゃないの。すごい努力して弁護士になったのに、こんなことで辞めるなんて。それが、納得できないの!」

 感情的になった私の頭を、ユウがそっとでた。

「落ち着いてよ」

「だって、私のせいでユウが!」

「ナナのせいじゃないよ」

「でも、結婚したから……」

「それに、私は弁護士を辞めることに一つも悔いはないの」

「嘘よ!」

「本当よ。だって、もっと大切な、私がするべきことを見つけたんだもの!」

 嘘をついているとは思えない口ぶりだった。目は爛々らんらんと輝き、にぎめたこぶしには情熱がみなぎっている。

「何をするつもりなの?」

「自分自身のためだけじゃなくて、私たちのような境遇きょうぐうで辛い思いをしている人たちのために、闘おうと思うの。きっと険しい道だけど、一緒に、ついて来てほしい」

 捨てる神あれば拾う神あり、と言ったところだろうか。頭の固い所長によって弁護士事務所を追われたユウの元に、ある政治団体からのスカウトがあった。性的マイノリティや障碍しょうがい者などの支援をし、差別の撲滅ぼくめつを訴える団体だった。優秀な弁護士であり、レズビアンとして結婚しているユウは、彼らの団体の旗印はたじるしとしてまさに打ってつけの存在だったわけである。

「我々が徹底的に支援するから、ユウさんには団体の幹部として働いていただき、次の選挙ではぜひ立候補してもらいたい」

 自らもゲイを公表している団体代表のアキラが、じきじきに私とユウの暮らす家を訪ねてきて、頭を下げた。

 こちらこそ、よろしくお願いします、とユウが返事をすると、アキラは豪快に笑った。

「そうですか、これで我々は同志と言うわけですな!」

 彼は持参した酒を取り出すと、ドンッとテーブルに置き、

「ナナさん、すみませんが、コップを用意してもらえませんか?」

「えっと、二つでいいですか?」

「何をおっしゃいます。ナナさんも飲むのだから、三つですよ」

「私もですか?」

「政治活動というのは家族が一丸となって取り組まんといけんのです」

「はあ、そうなんですか……」

「私もね、表立って動くのは私でも、パートナーの支えがあるからこそ、こうしていられる。ユウさんがこれから活躍できるのは、ナナさんの支えがあってこそ。あなたも、我々の同志なんですよ」

 私はアキラの言うとおりに、コップを三つ用意して、席に着いた。

 アキラはそれぞれのコップになみなみと酒を注ぐと、しぶきを飛び散らせながら、高らかにコップをかかげ、乾杯の音頭を取った。

「それでは、我々とユウさん、そしてナナさんの前途ぜんとを祝して!」

 こうして、私たちの新たな生活が始まった。

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