第3話 新生活

 両親が私たちの結婚を認めてくれるまでに、半年ほどがかかった。

 その半年間、ユウは週末ごとに私の実家を訪ね、根気強く話を続けてくれた。途中から母がユウに心を開きだし、友人のような関係になっていった。

「ナナの婚約者だと思うと妙な気分だけれど、女同士だと気楽でいいわね」

 ユウと母は一緒に買い物に行くほどの仲になった。

 あるとき、久しぶりに一人で実家に帰ると、父は外出中で、私と母は二人きりで話をした。そのときにはすでに、母はユウとの結婚を半ば認めてくれている雰囲気で、ユウのことを話すときにも、嫌そうな顔をせず、柔和な笑みを浮かべているぐあいだった。

「男には自分が一番偉いと思ってふんぞり返っている人も多いけど、ユウちゃんは全然そうじゃないし、本当に理想的な結婚相手だと思うわ」

「でしょ、だから」

「でも、孫の顔を見れないのは寂しくてね。残る問題はそれだけ」

「子どもかぁ……」

 ついこの間まで子どもだった自分が、今度は親になるなんて想像もつかなかった。

「今は、子どもなんて欲しくないと思うかもしれない。愛し合う二人が一緒にいられれば、それで幸せなのも分かる。でも、あなたたちも、いつかは年を取るのよ」

「それは、分かってるけどさ」

「年を取るとね、若いころのような新鮮な感動を感じられなくなっていくの。燃えるように愛し合っていたはずの相手の顔にも見慣れてしまう。お湯がぬるくなるようなものね。何か物足りないと感じるようになるの」

「私とユウもそうなるってこと?」

「それは決して悪いことじゃない。お互いがいて当たり前に感じられるのは、とても居心地がいいもの。でも、どうしても満たされない気持ちが出てくるのよ」

 母は遠い目をして、壁の一点を見つめた。そこには、数本の傷がついている。私が幼いころ、誕生日ごとに身長を測ってつけた傷だ。誕生日のたびに少しずつ高い位置に爪を突き立てるのが、私の楽しみだった。成長期が終わり、私が壁に傷をつけるのをやめてからも、父と母はその成長を刻んだ壁を見ては、愛おしそうに目を細めた。

「何もかも、年を取るにしたがって色あせていく。そんなとき、足りない物を埋めてくれるのが子どもの存在なのよ」

「私もそうだったの?」

「そうよ。ナナ成長を見るのは、私にとって何よりの喜びだった。お父さんの顔に見飽きてしまうことはあったけど、あなたに見飽きたことはまだ一度もないわ」

 冗談めかした言い方をして笑うと、母は、じっと私を見た。

「お母さんはね、ナナのおかげで幸せだった。その幸せをナナが得られなくなるのは悲しいわ」

「心配しないで。子どもを持つだけなら、養子とか、そういう方法だってあるし。それよりも、お母さんには私たちの結婚を祝福して欲しいの」

 私は母の手を握り、じっと母を見つめた。母の目もまた、私をじっと見ていた。

 長い沈黙の後で、母はゆっくり肯いた。

「分かったわ」

 母は固い決心をしたようにもう一度深く肯いて、

「子どものためだけに望みもしない相手と結婚するよりも、ユウちゃんと結婚したほうが、あなたの幸せのためだものね」

「……うん、ありがとう」

 それから、私と母は泣きながら抱きしめ合った。

 母も一緒に説得してくれたおかげで、やがて父も私たちの結婚を認めた。そして、二人に祝福されながら、私たちは結婚し、盛大な披露宴を開いた。

 披露宴に参列した友人たちの中には、私たちを見て眉をひそめる人もいた。女性同士の結婚だと聞いて、参列を辞退した人もいた。ユウの上司の数名は、「こんなことは間違っている」と職場で彼女に突っかかり、欠席の連絡もないまま式に来なかった。けれど、参列者の大半は、私たちの結婚を祝い、拍手を送ってくれた。

 どうにか披露宴も無事に終わり、待ちに待った新婚生活が始まった。

 でも、予想していた通り、私たちの生活は順風満帆には進まなかった。

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