第2話 問題点

 家から少し先の公園で、ユウはベンチに座っていた。辛そうに唇を噛みしめながら、空を見上げている。晴れ渡った空から差す日光が、頬を伝う涙をキラキラと輝かせている。

「ごめんね、ユウ」

 私が謝ると、ユウは首を振った。

「ナナは悪くないよ。悪いのは……」

 何かを言いかけて、ユウは言葉を飲み込んだ。

 事前に両親に説明していた通り、ユウは結婚するのに理想的な相手だった。社会的にも経済的にも安定した地位にあるし、性格もいい。顔やスタイルだって、平均よりはるかに上をゆくだろう。私にはもったいないくらいの相手だ。

 問題があるとすれば、。ユウが女であるということくらいだ。けれど、そのたった一つの問題点が、ユウと私との間に大きな障害となって立ちはだかっている。

「ごめんね、私のせいで、お父さんやお母さんとめちゃうよね」

 ユウは気遣うような目で私を見てから、申し訳なさそうに顔を伏せた。

 私はユウの手を握り締めて、何度も、何度も首を振った。

 謝らないで。ユウは何も悪くない。私はユウを愛してる。男だとか、女だとか、そんな些末さまつな問題なんて関係ない。私たちは結ばれる運命なの。

「何があっても、私はユウを選んだことを後悔しないから」

「でも、あの様子じゃ、簡単には認めてもらえそうにないわ」

「お父さんが何と言ったって、私はユウと結婚する。だから、あんな人たちのことは気にしないで!」

「ダメだよ。ちゃんと祝福してもらえるんじゃなきゃ、結婚なんて……」

 ユウは私の手をほどくと、その手を私のひざの上に重ねた。落ち着いて、と言われているようだった。

「ユウさえいれば私は!」

「家族は大切にしないと。ご両親だって、きっとナナのことを思って反対してるんだから」

 ユウは苦しそうにそう言った。

 たしかに、父も母も、私やユウが憎くて、あんな反応をしたわけではないだろう。大切に育てた一人娘が結婚すると言って、連れてきた相手が、男ではなく女だった。その衝撃は計り知れない。すんなり受け入れろと言うほうが無理があるだろう。

 同性婚が認められたとは言え、社会には依然として根強い偏見がある。家族でさえああなのだから、他人からの目はもっと冷たいものに違いない。

「私たちは結婚してからも、きっといろいろな困難に見舞みまわれると思うわ。だからこそ、ご両親にだけは、ちゃんと認めてもらわなきゃいけないと思うの」

 ユウはじっと私の目を見つめた。

 本当に困ったとき、最後まで味方でいてくれるのは家族だけだ。その家族をないがしろにするのだけはいけないと、ユウは私に諭した。簡単ではない道だからこそ、一歩一歩、確実に歩みを勧めなければならない。結婚と言う形式だけを急いだところで、そこへ至る道筋にあやまちがあれば、きっとどこかで破綻する。弁護士として、離婚調停や財産分与をめぐ骨肉こつにくの争いや、数々の愛憎劇を目の当たりにしてきた彼女だけあって、その言葉には重みがあった。

「でも、どうしたらいいの?」

「時間がかかったとしても、いつかはご両親も結婚を認めてくれるはずよ。だって、ナナを育てた人たちでしょ。きっと分かってくれるわ」

「そうなのかな?」

「私は何度だってご両親に挨拶に行くわ。それまで、私のせいでナナの家族が振り回されることになるかもしれないけど、ナナがそれを許してくれるのなら……」

「ユウこそ、いいの?」

 私はユウの目元を見た。ほほを伝った涙が乾いて、白い筋ができている。

 ユウは私の問いかけの意味をはかるように、目を細め、首を傾げた。

「いいって、何のこと?」

「だって、会いに行ったら、二人は、またユウに酷いことを言うかもしれないもの」

「ナナが私を好きでいてくれるなら、私は何を言われたって平気よ」

 ユウは涙の痕を手の甲でぬぐい、力強い笑みを浮かべ、ベンチから立ち上がった。

「あーあ、泣いたらお腹が減っちゃった。こんなときに何だけど、ご飯に行かない?」

 これが、ユウの一番の魅力だ。

 どんなに嫌なことがあっても、辛くても、悲しくても、彼女は力強く立ち上がり、私を引っ張って行ってくれる。男の人よりも、ずっと男らしい。酷いことを言われて傷ついたのは自分なのに、私を励まして、支えてくれる。そんなユウを、私は心から愛している。

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