第28話 人を駄目にする抱き枕


 あああ……なんだこの抱き枕……物凄くいい匂いがする……。

 そして物凄く……抱き心地がいい……。


 柔らか過ぎず硬過ぎず……程よいフィット感……そして……肌ざわりの良さ……。


 なんだろう、これ……人を駄目にするなんとか? って奴かなぁ……マジで……駄目になりそう……。


 僕は夢見心地で、この最高級品の抱き枕の感触をじっくりと確かめていた。


 ああ、ここは……ほわほわの手触りだ……あれ? ここはふにゃっとした柔らかさ、が、ああ、これはサラサラとした絹の様な肌ざわりが……なんだろう……場所によって全然違う感触……そして脳を直接刺激するような甘い香りが立ち上る……ああ、いつまでも触っていたい、いつまでも抱き締めていたい……いつまでも嗅いでいたい、ずっとずっと……ああ、もう……僕……既に……駄目になってる……かも。


 寝惚けながらさわさわと感触を確かめていたが、ふと気が付く……あれ? でも……抱き枕なんて……いつ買ったっけ? こんなに凄い抱き枕なんて……記憶に無いよ……そもそもこれ? 高いよね? この間の妹への誕生日プレゼントでかなりお金使ったし……あれ? いや、本当に全然買った覚えが無いぞ……僕は半分眠りながら、うとうとと、まどろみながらそう思っていたその時、抱き枕から声が聞こえてくる。


「……う、ううん……おにいちゃん……エッチ……」


「…………!!」


 ああああああ、思い出した!!


 そう……そうだった……確か夜中に妹が僕のベットに……そしてそのまま一緒に寝た……て、いう事は!! この抱き枕って!


 僕は慌てて目を開けた! うわ! め、目の前っていうか、僕の眼前、僕の胸元に黒い髪らしき物が、えええ? これって妹の髪? ああああ、今僕何処触ってるんだ!! 手が下の方に……この感触って……まさか!


 一つの布団にくるまるように、僕と妹は一緒に寝ていた……っていうか、寝ていたどころではない……。


 完全に抱き合っている……っていうか僕が一方的に妹を抱きしめている……ああ、僕の左手が妹の……を強く握ってる。


「うあああああ…………」

 僕は声にならない声を上げる……そして……か、身体が動かない!


「う~~~ん……お兄ちゃんうるさいよおぉ」

 妹はそう言って目を開けた……ひいいいいい、わざとじゃない、わざと触ってたわけじゃ!


「お……おにいちゃん、なんで……なんで私のベットで寝てるの?」

 僕の胸元で僕の腕の中で、ベットの上で一緒に寝ている妹が目を覚ます……僕はこの状態から動けない……だってだって大好きな人が、僕の恋人が今腕の中に居るのだから……緊張で身体が硬直する。これが噂に聞く……金縛りって奴?!


「……っていうか……そこからかよ」

 その下りさっきやった……ここは僕の部屋だ!


「……あれ?」

 妹は僕の胸元から顔を上げ、辺りを見回している……まだ寝ぼけているのか? また直ぐに、ごそごそと僕の胸に顔を埋める……っておい!


「あれ? じゃない!」

 身体は動かないけど声は出る……てかそろそろヤバイ……色々と僕の部分がヤバイ。


「えへへへへ、お兄ちゃんの胸……お兄ちゃんの腕……夢かあ……」


「いや、夢じゃ……」


「──はぁうう……ああ、ずっと昔から見てた夢……お兄ちゃん……しゅき……」

 そう言うとごそごそと再び僕の胸に顔を埋める、そしてまるで猫の様に僕の胸に顔をこすり付ける……ごしごしと、顔を……うわあああ、な、何? この可愛い生き物? 


「…………うん……僕も」

 そう言って僕は妹をもう一度抱き締めた……ずっとずっとこうしたかった……こうする事が、妹とこうやって抱き合う事を……ずっとずっと夢見ていた。


 あ、今僕空をギュッと抱き締めている……つまり身体が動いたって事か……って言うか……今何時?


『りくーーそらーーそろそろ起きないと遅刻するわよ~~~』


「「!!」」


 母さんの声が聞こえた瞬間、僕達は飛び起きた、ヤバイ! 色々ヤバイ! 


「そ、空!」


「う、うんお兄ちゃん!」

 色々話さなければいけないが、今はそれどころじゃないと妹と目で話す、こういう所は双子の様に育った僕達兄妹の利点、以心伝心、目だけで言葉が通じる。

 

 僕は飛び起きるとまずはあ枕元の時計を見た……あああ、ヤバイ、本当に遅刻寸前。


 母さんの声で、夢も幻も、何もかもが一瞬で覚める。妹は慌てて僕の部屋から出ていく……あ、パンツがちょっと見えてる……白……。

 

 少し乱れた妹のパジャマ姿を見て……僕の中で罪悪感が湧く。


「でも……あの感触は……やっぱり……」

 僕は左手をギュッと握り……さっきの妹の感触を、その余韻を……楽しむ……楽しむ……楽しむ……余裕なんてねえ!


 遅刻寸前だった事を思いだし、慌ててパジャマを脱ぎ捨て着替え始めた。




 母さんは僕達の関係をまだ知らない……でも、いつかは話さなければいけない。


 その時……母さんと父さんはどう思うのだろうか?


 祝福してくれるのだろうか? それとも……。





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