第16話 何かを壊さなければ、先には進めない


 空がおかしい……僕にやたらと迫ってくる……誘惑してくる、そんな感じがする。


 やっぱり僕達は変わってしまったのだろうか?


 血が繋がっていない、実の兄妹じゃない……そう聞いた翌日から僕は空を妹とは思えなくなってしまった。


 ──妹はそんな僕の心情を察知したのかも知れない……。


 今も何かと僕にベタベタしてくる。今までにない位スキンシップが多い……さらには色々と……その……見せ付けて来る……胸とか足とか……なんか胸の形がいつもと違う……いや、いつもそんなに見てるわけじゃないけど……いつもより柔らかそうな……そんな気が……。


 ううう、た、耐えられない……僕はもう耐えきれない……今すぐ妹に触れたい、妹を抱き締めたい、キスをしたい。

 

 妹が「ここわからない」と言って僕の隣に座る度に、肩が触れあう度に、吐息が僕の顔に当たる度に……僕の欲望が膨らむ、理性が揺らぐ。


 このままだと、妹を襲ってしまうかも知れない……。


 そうなったら最悪だ……僕はこれからもずっとお兄ちゃんだって、ずっと空のお兄ちゃんだって宣言している……そして妹はそんな僕の言葉を信じている……僕を信頼している。


 いや……今は信頼していた……と言った方が良いのかも知れない……。


 今……空は、妹は疑っているのではないか? 僕の言葉を、お兄ちゃんでいるって言葉を疑っているのかも知れない。僕の信頼が信用が妹の中で揺らいでいるのではないのだろうか……だから妹はこんな事を……。


 小さい子供が機嫌の悪い母親に媚びる様に、妹は僕に媚びているんじゃないか?


 安心させないと……僕の気持ちなんてどうでもいい、妹が不安に思っているなら、それを解消する事が先決だ。


 今も隣に座って僕にベッタリと張り付く妹に、信頼を取り戻すべく、僕は自分の気持ちとは違う言葉を言った。


「あ、あのさ……空……何か不安に感じてるみたいだけど、大丈夫だからね?」


「え?」


「僕はずっとずっと、これからもずっと空のお兄ちゃんだからね、だから安心して」

 本当は違う……違うんだ……でも、こう言わなければ妹は安心しない……。


「………………」

 僕がそう言うと妹は顔を伏せた……あれ?


「空?」

 そのまま妹は黙ってしまう……あれ? どうしちゃったんだ? あれだけはしゃいでいた妹が突然うつ向いたまま動かなくなってしまう。


「ふ、ふ、ふぐう……」


「え!」

 そしてうつ向いたまま突然泣き始めたって、えええ! なんで?


「ふえ、ふえええええええん……」

 声を圧し殺すも漏れてしまう様な泣き方……一体どうしたのか? 

 ふるふると震えながらむせび泣く妹……。


「そ、空?」


「ふぐぅ、な、何でもな……ご、ごめん……お兄ちゃん、私ちょっと……」

 そう言うと妹は突然立ち上がり僕に顔を見せない様に片手で口元を押さえながら部屋を出ていく……。


 僕は部屋に一人取り残され呆然としてしまう……一体どうしたのか? 空は何故泣いたのか?


「──安心……した?」

 僕がずっとお兄ちゃんでいるって……そう言ったから妹は安心した?

 それ以外で泣く理由が思い付かない……。


 妹が出ていった扉を僕はずっと眺めて考えた……大好きな妹の事を思い出しながら考えた。


「いや……違う……」

 違う……妹は、空は嬉しい時……あんな目をしない……あんな泣き方をしない。

 ずっと一緒にいたんだ……僕は今までずっと妹を見てきた……だからわかる。

 小さな頃からの妹の表情を思い出し、違うと確信する。


 そう……妹は嬉しくて泣いた時、幸せそうな目になるんだ……くしゃくしゃに顔を歪めても、目だけは笑ってる……幸せそうに涙をこぼしながらいつも笑っていた。


 でも今の目は違った……絶望の目……今までで見た事のない位の悲しい目……。


 本当の兄妹じゃ無いって知った時も、あそこ迄悲しい目はして無かった。


 なぜ? なんで今? 僕がお兄ちゃんでいるのが嫌だから?


 わけがわからない……妹は何故あんな目で泣くんだ?


 いてもたってもいられない、すぐに妹の元に駆け寄りたい……でも……意味がわからなければ駄目だ、あの涙の意味をわかっていなければ……行った所で意味は無い。

 だから僕は考えた……必死で考えた。


 大事な妹の事を、世界で一番大事な妹……誰よりも大切な妹……空の事を……。


 考えに考えた、人生で一番深く考えた……息も出来ない位深く深く、今までの妹を今まで一緒に暮らしてきた大切な人の事を思い出しながら僕は深く深く海底に沈む様に考えた。


「はあああ、はあはあはあはあ…………大切な……妹…………そうか……」

 息をするのを忘れおもいっきり深呼吸したその瞬間……僕は一つの考えが浮かんだ……一つの結論が導きだされた……。


 僕はその結論を持ち、ゆっくりと立ち上がると、妹を追いかける様に部屋を出た。

 

「そうか……そうだったのか……」

 

 もし違ったら、全て終わってしまう、もう二度と妹の笑顔が見れなくなってしまう。

 でも間違いない……大切な人の事、僕に妹の事がわからない筈がない。


 僕はありったけの勇気を持って妹の所へ向かった。


 僕達の関係を終わらす為に……。


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