第3話 亡き王女のためのパヴァーヌ


 家に帰ると僕は部屋の壁に立てかけてあるバイオリンケースからバイオリンを取り出す。


 最近あまり弾いていなかったけど……今日妹のピアノを、あの美しい旋律を聞いたら、なんだか僕も無性に弾きたくなった。


 弓をケースから取り出す。久しぶりなので、弓の毛に松脂を塗る。

 バイオリンの弓の毛、要するに弦に当てる部分は馬の尻尾の毛で出来ており、そこに松脂を塗らなければ弦の上で毛が滑ってしまい音が出ない。


 僕は丁寧に松脂を弓毛に塗ると一旦横に置き、バイオリン本体についてるブリッジを調整する。そしてそれが終わるとギターの様に抱え弦を指で弾いてチューニングをする。


 結構弾いてなかったので、だいぶ音がずれていた……一応持っている絶対音感でチューニングを終えると僕は立ち上がり、顎当てに顎を乗せ姿勢を正す。


 そして弓を弦に乗せゆっくりと弾き始めた。

 

 楽譜はいらない、この曲は暗譜している。


 曲は『亡き王女の為のパヴァーヌ』

 フランスの作曲家、モーリス・ラヴェルが作曲した本来はピアノの曲。

 静かで美しい旋律、亡き王女と題名にあるが、葬送の曲では無い。


 この曲を弾くとき僕はいつも妹を想像する。

 愛らしく美しい王女の様な妹……を想像してこの曲を弾く……。


 妹を思い浮かべながら、大好きな妹に……自分の恋心が伝わる様に心を込めて弾く……。

 伝えたい……愛していますと伝えたい……でもそれは決して許されない事。

 

 自分の目から涙が一粒落ちた……苦しい……この恋心は……絶対叶わない、叶えてはいけないから……だからせめてこの曲に乗せて、自分の思いを乗せて……妹に伝えている……許されない恋……思い……僕の心の中の王女へ……亡き王女の為のパヴァーヌを……。

 

 最近サボっていたせいか指が動かない……ビブラートが上手く出来ない……すると僕を助けるかの様に、ピアノの旋律が聞こえてくる……妹だ……妹が僕に合わせて伴奏を始めたのだ。


 妹のピアノの旋律を聞いた瞬間……僕の指が動き始める、勘が戻って来る。


 久しぶりの妹との演奏……楽しい……凄く楽しい……。


 旋律にのせて妹の気持ちが伝わってくる……僕の事を好きだ……そう言っている……気がする。

 

 気のせいなのはわかっている……でも……今この時だけそう思わせてくれ、下さい。


 妹は王女……僕の王女様だ……僕は妹の王子様には……なれないけれど……。


 

◈◈◈◈



 部屋のベットでくつろいでいると、お兄ちゃんの部屋からバイオリンの音が聞こえて来た……。


 久しぶりのバイオリンの音……子供の頃から聞いてた、ずっと聞いていたいお兄ちゃんのバイオリン……。


 子供の頃一緒にこの曲を聞いた……『亡き王女の為のパヴァーヌ』亡きって言葉に驚いて私は泣いてしまった。

 

 そんな私の頭を優しく撫でてくれたお兄ちゃん……。

 後でこの曲は王女の為の葬送曲ではない、なき王女の為のと書かれる事もあると教えてくれた。


 私は、なんだか、いてもたってもいられなくなり、ベットから立ち上がると部屋の端にあるピアノの席に着いた。


 そして……お兄ちゃんに併せて伴奏を始める。


 いつもは聞いているだけだけど、今日は何故だか一緒に弾きたくなった。


 だって……今日のお兄ちゃんの演奏から私に対しての愛が伝わって来たから。


 お兄ちゃんはきっと私の事を愛してくれている。でもそれは家族として、妹として……。


 私はお兄ちゃんが好き……大好き、そう思いながらお兄ちゃんに併せてピアノを弾く。


 亡き王女の為のパヴァーヌ……この王女様も私と一緒で悲恋だったのだろうか? 

 悲しくも綺麗な旋律に乗せて心を込めて弾く、お兄ちゃんに届けとばかりに心を込めて弾く……私の気持ち、私の思い……を乗せて。


 お兄ちゃんが私の王子様……だったらどんなに良かっただろう……か……。


 もし……もし兄妹じゃなかったら……どんなに良かっただろうか? 


 それとも……。


 

 

【あとがき】


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