第2話 妹は超人気者
「パチパチ」
妹が弾き終わると同時に僕は思い切り手を叩いた、椅子から立ち上がっての一人スタンディングオベーション。
なぜ妹はコンクールとかに出ないのか不思議な位に上手い、僕は昔から妹のピアノが大好きだった。
「よかったよ、相変わらず上手いなあ~~空は」
「あははは、ありがとう……お兄ちゃん……」
妹が僕に微笑む……ああ、可愛い……なんでこんなに可愛いんだ……。
今この場で妹の事を抱き締めたくなる……強く強く抱き締めたくなる……そんな衝動に駆られている。
ダメダメ、兄妹でハグは…………ないよね? 駄目だよね?
妹との距離感がわからない……どれくらいの距離が兄妹の距離なのか?
当然好きな人と一緒に暮らしている……いつでも会える、直ぐに会える、近く
いつも近くに好きな人が、大好きな人がいるのに……キスどころか、ハグさえも出来ない……って当たり前だ! 妹にキスをするなんてあり得ない。
妹と、どこまで接して良いのか、どこまで仲良くして良いのか、僕は手探り状態で今まで、いや、今も生活している。
妹にこの気持ちがバレないか、いつかバレないかと毎日ハラハラしている。
そんな事を考えているとピアノの鍵盤を布で拭き、蓋を閉じた妹がピアノの椅子から立ち上がろうとした。
僕は妹の手に触れたいという気持ちを隠し紳士の振る舞い宜しく妹に手を差しのべる。
すると僕のそんな不埒な気持ちを知らないと妹は嬉しそうな顔で僕の手に自分の手を添え立ち上がる。
妹の細く柔らかく暖かい手が僕の手に……嬉しい反面、妹への罪悪感が頭を過る。
妹の手……子供の頃はずっと繋いでいた、ずっと繋いでいたかった柔らかく暖かい手……でも……今はこういう時じゃないと触れられない……もっと触れたい、もっと触りたい……。
僕と妹は見つめ合う……手を繋ぎながらじっと見つめ合う。
なんだか……時々お互い好き合っている様な……そんな雰囲気にそんな勘違いをしてしまう。
そんな思いになるくらい僕達兄妹の仲は良い……妹も恐らくは僕の事を好きでいてくれている。
でも……妹のそれは兄妹愛……僕とは違う感情だ。
僕は妹を妹の事を愛してしまっている……僕と妹はお互いに違う感情を持って接している……。
「……えっと……そろそろ行こうか」
「……うん」
名残惜しいが行かなくては……僕はともかく妹は……学園のアイドルなのだから……。
音楽室の窓から校庭が見えている……そこには花束を抱えた多くの生徒が妹を今か今かと待っていた。
最後の中学生活を二人で振り返りたい、卒業式の後に皆の前で妹はそう言った。仲の良い兄妹と言う事は皆が知っている。皆がこの時間をくれた……皆に感謝しなければ。
僕と妹は音楽室を出ると静まり帰った廊下を歩く。
コトンコトンと二人だけの足音が廊下に響く……。
「お兄ちゃん……あの……ね……その……お兄ちゃんの……ボタン……貰える?」
歩きながら妹が突然そんな事を言った。古くからの伝統……卒業式の後に好きな人の制服のボタンを貰う。
妹がそんな事を言ってくれるなんて嬉しい……。勿論兄妹として好きって事はわかっている……でも凄く嬉しい。
「ん? ああ、良いよ僕のなんか欲しがる人なんていないから」
僕はブレザーのボタンを一つ外すと妹に渡した。
「……嬉しい……」
僕の手から受け取ったボタンを妹は両手で大事そうに持つと慈愛に満ちた顔で慈しむ様にボタンを見つめる……ああ、なんて可愛いんだろうか……僕の妹……僕の女神、僕の天使。
そのまま二人でゆっくりと歩き、下駄箱でそれぞれ靴に履き替え並んで校舎を出ると、校庭にいた生徒達から歓声が上がる。
そこから代表して各学年の生徒数名が駆け寄り妹に花束を渡す。
僕はそれを見て、そっと妹から離れた。
妹の邪魔はしたくない、正門の外で待っていよう……そう思いながら校庭を歩いていると、クラスメイトの女子……花村さんが僕に近づいて来る。
「あ、あのあの……朝比奈君……えっと……ボタン余ってたらくれませんか?」
「え? ああ良いよ」
「……やった」
小さな声でそう喜ぶ……花村さんはクラスで一番小さな女の子、ポワポワした赤色の髪の毛で何か猫っぽいイメージの女の子だ。
僕の身長は男子の中では低い方なんだが、この子といると高いって思ってしまう程の低さ……身長には多少コンプレックスがあるので、花村さんが近くにいると、コンプレックスが少し薄まる。
「あーーーーー! 小さいから見えないと思って、ハナ! 抜け駆け禁止!!」
僕がボタンを外そうとしたその時、突然もう一人の同級生、金村さんが僕と花村さんに駆け寄ってくる。金村さんはクラスで一番背が高く、かなりのやせ形で何かヒョッロとしたイメージの女子だ。勿論僕よりも全然高いので、金村さんが近くにいると、今度は逆にコンプレックスを刺激される。
その金村さんは花村さんの襟首を掴むとズルズルと引きずりながらまさに子猫を移動する親猫の様に引っ張って行く。
「いやああああああ、くれるってええええ、あとちょっと、ほんのちょっとだったのにい」
「抜けがけ禁止! 駄目ですわ~~」
凸凹コンビ……ハナカナで有名な二人の掛け合い漫才の様なやり取りを見て、僕は思わずほくそ笑む……。
「ほらあああ、笑われたあああ、うえええええええん、あーーーさーーーひーーーなーーーーくーーーーーん」
そんな風にズルズルと引き摺られて行く花村さんを見て僕は制服のボタンを一つ外し、笑ってしまったお詫びとばかりに、花村さん目掛けてそのボタンを投げた。
それを上手くキャッチした花村さんは目を輝かせて僕のボタンを眺めると、引き摺られながら手を振った。
「わーーーーーーー、ありがとおおおおおお、高校でもよろしくねええええええ」
「ハイハイ」
僕も花村さんに向かって手を振った。
高校でも宜しく……そう、僕達は妹も彼女達も今日卒業したその殆んどの生徒が皆同じ高校に通う事になっている……高校というよりは高等部と言った方が分かりやすいかも知れない。
僕達の通うこの学校は、中高一貫校で殆どの生徒は高等部にそのまま入る事になるのだ。
「お兄ちゃん……相変わらず……モテますね……」
「うお!」
花束を抱えた妹がいつの間にか手を振って二人を見送る僕の背後にいた……こ怖いよ……。
「──空、程じゃないよ」
「私に寄ってくのは女の子ばかりですからね、お兄ちゃんとは違いますううう」
可愛らしく舌をペロッと出してそう言う妹……もう何をやっても可愛いなあ……。
「それは空が片っ端から振っちゃうからだろ?」
当然空はモテる、学校内だけではなく校外からも空と付き合いたいと学校や通学路に男子生徒が押し寄せ、告白して来るが、空は何故かその全てを断り続けていた。
「だってえ……興味ないから」
ああ……凄く安心する言葉……でも中学までならまだしも、妹の事を思うなら高校生になったら彼氏の一人も作るべきだと思わなければいけない……でもそんな事思えるわけは無い……もし空に彼氏が出来たら、僕は耐えられるのだろうか? いや、絶対無理だし、それを考える事さえも脳が拒否してしまっている。
「そか…………えっと……帰ろっか」
「うん」
そう言って僕達は一緒に並んで帰宅の途に着く、中学最後の下校も二人で……二人だけで……。
空、卒業おめでとう……高等部でもずっと好きで居続けるよ。
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