第4話 ねこのきもち

「おはようございまーす」


 軽く挨拶をしてオフィスの扉をパタンと閉じると、数人から「おはようございます」と返ってくる。それ以外は、パソコンのキーボードを打つ軽快な音だけだ。


 私の勤務先は、とある一般企業の事務室だ。LAPの会員からも会費を徴収してはいるが、人数が少ないので私個人への収入は殆ど無く、あくまで団体の活動資金に過ぎない。


『カタカタカタカタうるせーなぁ。寝れねぇだろうが……』


 突如、このオフィスにそぐわない声が響いた。驚いた私はきょろきょろと周りを見回すが、声は発した主は見当たらず、その上皆んな驚いてすらいない。どういうことだ?


『エサはまだかよー』


 私は「あっ」と思わず声を漏らして後ろを見ると、やはり、窓際にだらりと寝転ぶその子がいた。


 猫だ。猫のシャミ。白地にオレンジや黒の斑点を持つその毛並みは、三毛猫の典型と言えよう。ここは「猫オフィス」と呼ばれていて、なんと猫を連れて来ていい仕事場なのだ。所長が猫好きなのがあってらしく、私がここを勤務先に選んだのもそれが理由だ。


私はアニマルグラスを掛けたままであることを確認し、周りに聞こえないよう小声で話しかけた。


「シャミさん、お腹空いたんですか?」

『ああそうだよ、俺は腹が減って……』


 彼はそこまで言って、私を見て瞳孔を大きく開いた。


『……お前が話しかけて来たのか? 今』

「ええ、そうですよ」


 動物にとって、人間が自分に理解できる言葉で話しかけてくるというのは余程奇怪なことのだろう。この猫も通勤路のカラス同様、一瞬たりとも顔をこちらから逸らすことなく、その玉鏡のような眼に私の顔を映している。


『お前、俺の言葉もわかるのか』

「はい。特殊な道具を使ってまして」

『なら丁度いい。こいつらに、カタカタうるさいからやめろって伝えてくれ』彼はオフィスの人たちを目線で示す。

「シャミさん、でもここのみんながカタカタしているおかげで、エサを食べられるんですよ?」

『は? どういうことだよ』

「ここでカタカタしてお金を貰って、そのお金でシャミさんのエサを買っているんですよ?」


 すると、彼は嘲るように笑った。


『買う? 俺知ってるぞそれ。あのちっちゃい光る石みたいなのと物を交換するやつだろ? 人間はわざわざそんなことして食べ物を手に入れてんのか? 笑っちまうわ』

「え……でも、そうじゃないとシャミさんも、食べ物を食べられませんよ?」

『舐めてんのか? 俺はお前らなんかに頼らなくても、自分で狩りで喰っていけるんだよ。お前らは「買う」しなきゃ喰っていけねぇんだろうけどな』


 私はアニマルグラスを外した。

 ……オフィスにいる間は外しておこう。

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