第一死「デッドモーニング」

--目を覚ますと、そこは平原であった。

嫌になるくらい眩しい太陽の下、青々とした草が風の模様を描いている。

寝起きに見る光景としては、絵画よりも素晴らしいものだと思った。

そしてまさか、こんな場所に転移するとは思いもしなかった。

事実は小説よりも奇なり、目前は絵画よりも美なり。

廃病院の一室の角に描かれた魔法陣がまさか本物で、しかも描かれた場所によらずこんなに美しい草原へと転移させられた。

流石に、混乱してきた。


とりあえず一つずつ、疑問を解消していこう。

まず、今更だが、陽の下に晒されていても、身体が灰になったりはしていないようだ。

少し身体が重い気もするが、特に気にするほどでもないだろう。

死んでる身なら尚更、健康などは考えずとも良い。


次に、近くに魔法陣が無いかどうか。

もしホームシックにでもなったらあちらへ帰る手段は欲しい。

が、近くに見たような魔法陣は存在しなかった。

恐らく、一方通行なのだろう。


そして最後、一番重要な事だ。

あの魔法陣は誰が、どんな目的で描いたのか。

そして、ここに飛ばされた意味だ。

勇者として呼ばれた訳でもなければ、魔王の部下として召喚された訳でもなさそうだ。

動物や魔物なんかやらの気配も、人の居た形跡も見えない。

無限の野っ原に、飛ばされた、その理由。

しかしこれはどうも、情報が少なすぎて未だに分からんな。


道も無いから人の通るような場所じゃないのは確かとして。

左も右も、前も後ろも、同じ緑の野原。

道が無いから街や村に期待はしないが、森林も見つからない。


「……立った成人男性の平均的な目線の高さで見た地平線までの距離がおよそ4km、だっけか?」


うろ覚えの知識を口から吐き出し、現状把握を装いながら精神を落ち着ける。


如何に僕が静寂を好きで、溢れんばかりの魅力に富んだ風情のある景色の中に居ても、寂寞に塗れた孤独というのは耐え難い。

静寂は静寂でも、これは極端な静寂だ。

嫌悪を通り越し、既に機能する意味の無い生存本能が危険信号を鳴らし、足を動かそうとする。


やろうと思えば、まさに死体の如く草原に寝そべり、死体のように眠り続けたままでいられる、と思う。

今の僕は何をしても死なないのだ。

しかしその事実は、万能感と共に、不気味さを僕に齎す。

……ゾンビが人間社会で上手く馴染めるのであれば、この身体の方がよっぽど便利だし良い。

しかし、現実では恐らくそうもいかないだろう。

それを考えると、人間の体に戻りたくもある。


まあ、そもそも、元の世界に戻れるかは分からんけどな。

それに、自分がゾンビである以上は人よりも同じ魔物とか怪物とかとつるんだ方が何かと良い気がする。

今までは無かったが、そのうち自我を失って人を襲ったりする可能性も、まぁ、無きにしも非ずだ。


しかし、草原に居る魔物か……。

なんかこう、序盤に出てくる雑魚モンスターみたいなのしか想像出来ないな。

草原の魔物って響きがまず弱そうだよな。

いや、草原に居るからというか、物語が街から始まる以上、それは草原なり平野からのスタートであって、物語の最初の方だからモンスターのレベルが低い設定にされているからで。

決して草原に居るからといって弱い魔物とは限らないのだ。

高確率で弱いけど。

そもそも、ゲームとかで疑問に思ってたのだが。

物語の始めとか今正に語ってた訳だが、勇者が主人公のストーリーとして、一番弱いモンスターが周りを彷徨く街からスタートするのはなんでだろうな?

ぶっちゃけ、強いモンスターが跳梁跋扈する村とかに勇者が生まれてもおかしくは無いし、旅の途中で「えっ、こんなに弱いの!?」ってくらいの魔物がエンカウントする地帯だってあっても良いと思う。

まあ、そんなゲームを何と言うかはお察しだからこそ、そんなゲームは存在しないのだと思うが。


そうそう、ゲームの話で思い出したんだが。

僕はゾンビ、アンデッド……所謂不死になったわけで。

そんで、この世界にモンスターの概念があるとするならば。


僕の強さは、一体どれくらいなんだろうか?

いや別に異世界モノに感化されたとか、ステータス的な物が見れないかなとか、そういうわけじゃなくて。

今の僕が生きていく……えっと、生活していく……そう、無事に活動していく上で大切だと思うからだ。

不死に頼った行動はなるべくしたくないし、あまり驕った言動も避けたい。

その上で、自らの力がどれほどの物かという事を知りたい。

とてつもなく速いモンスターに丸呑みにされて胃の中で消化されてしまえば、いくらゾンビとはいえ消滅してしまうかもしれないし、ゾンビを食糧や奴隷とする上位モンスターだって居てもおかしくない。


……色々考えたが、やっぱりそれは頭の中でしか組み立てられない。

情報を集めよう、その為にも、とりあえず歩こう。


「それじゃ、少し失敬します」


屈んで、足元の草を少しちぎる。

そしてそれを、放り投げ上げる。

風のままに、とはいかないが。


というわけで、草の流れ落ちた方とは逆へひたすら進む。

大きな地形の変化が見られないので、風の流れる先には高確率で街が存在すると思う。

地上の大気は気温が比較的低く大気圧が高い所から、気温が比較的高く大気圧が低い所へと動く。

この陽の高さからして、まだ陸上の方が気温が高いとなれば、海上の気温は陸上よりも低く、風は海上から陸上へと流れるものになっているはずだ。

ここが余程の内地か、或いは偏西風のような、年中を通して流れる風でも無い限りは、海の方向へと進んでいるはずだ。

そして海であれば、少なからず村のようなものくらいは見えても良いはずだ。

……さっきから憶測でしか話せてないし、そもそも色々と抜けているのは、僕があくまで専攻的に習っていた訳ではない、門外漢であるからというのを言い訳とさせて貰います。

地理はともかく、物理学とか本当に勘弁して欲しかったよね。

僕なんか文系を迷わず選択したし、そもそも、文系内容も未だ深く習わずしてこの状況なのだ。

浅薄な知識で、博識ならぬ薄識だ。


さてさて、僕の考えが良かったのか、はたまた普通に考えれば当たり前なのか、景色はいつまでも代わり映えなく、というわけでは無かった。

遠目に見えたそれは、建築物のようであった。


白い壁、それがケーキを横から見たように、積み重なっているように見える。

恐らくは城壁と、その中心部にある塔か城の一角か。


兎にも角にも、こうして僕は、人の営みを認めた事によって、安堵に包まれた。

アンデッドが安堵っど。どっ(笑)

そんな低レベルなギャグを思い付いては心の内で笑ってるくらいには、意外と精神的に追い詰められていたのだろう。

城壁を目指し、一直線に走った。


城壁かと思ってたそれは、やはり城壁であった。

そして、城壁の周りに伸びる道と、そこに並ぶ人々を、僕の目は認めた。

推測上城下町は、かなりの大きさを誇っているように見える。

城壁の高さも、人が10人程縦に並んでも足りない程度、城壁を創るような時代観の割には、それなりの高さを誇っているように見える。

開かれている城壁の門の前では、甲冑に身を固めた兵士が、荷馬車の中身と人々をくまなく精査している。

何か物騒な事でもあったのか、それとも元々そうなのか、かなり厳重な警戒態勢の下にある。


疑心暗鬼が見て取れる中、僕は近くの森の茂みに身を隠していた。

その森から道は伸びているらしく、森の中を木製の車輪が、がたんごとん、がたんごとんと音を鳴らした行列となって進む。

街から伸びる道はそれだけではないが、いずれにせよ、僕が来た平原へと伸びる道は無かった。

城門だけは構えられているが、門は閉ざされ、兵士は一人たりとも見えない。

まず、普通の人はそこから入ろう、等とは思わないはずだ。


しかし、あれだけの警戒態勢なれば、この身は途轍も無く警戒されるかもしれない。

なにせゾンビである。

しかも、制服のゾンビである。

仕方の無いというか、予想出来てはいたが、行列の中にモンスターらしき影が一切見えなかったので、モンスターと人間とは仲がよろしくないのであろう。

そもそも、モンスターが存在しないという説さえ出てくる。


うーむ……しかし、あの壁の高さはなんだろうか……。

人間との争いや諍いに対して、あそこまでの高さを必要とするのだろうか?

弓矢であれば、距離が遠くなる程、こちらが高くなる程、敵の矢は届かず、こちらの矢は躍起になって固まった状態の敵に当たりやすいというのは想像に難くないが……。

よく見れば城壁の周りには堀もある。

弓矢がメインウェポンですよ、と言わんばかりの城構えだ。


しかしそうなれば、壁の上に兵が密集するのは当たり前で、そこを砲撃されたりなんてしたら一溜りもない。

となると、投石器なんてのも存在しない可能性があるのか?

弓矢がメインとして活躍して、大砲はおろか投石器さえも存在しない世界……?


とにかく考えた。

半ば僕の厄介な性格から来る、杞憂に終わりそうな考えばかりだが。

余計なことを考えてしまうのが、本当に厄介だと、自分でも思う。

何処が余計なことかと問われれば、今は要らない情報を収集して整理している間に、背後を取られるくらいには余計であった。

痛みは無かったが、急に脳を揺さぶられる程の衝撃を食らうと、流石に気絶しちゃうよね。


てか、ゾンビって気絶するんだね。





「…………ょっ…………ゃん!」


意識を取り戻すと、聞こえてきたのは男の子の声だ。

まだ声変わりもしてない、可愛らしい声だ。

さて、まだ眠ってるフリをして、会話を聞こう。


「やっぱり怪しいでしょっ!?ディーネ帝国のスパイかもしれないじゃん!」


可愛い声だが、どうやら僕をスパイと疑っているらしい。

ディーネ帝国ね……ふむふむ。

こんな会話をするって事は、相手は僕をスパイとして見る事に少なからず否定的って感じか。


「せやかて森の中でいきなり殴って気絶させて持ってきよる奴がおるかよ……スパイが手ぶらなわけなかろうが。それに、こんな服装、少なくとも帝国じゃ見られへんで」


京都弁とも、猛虎弁ともとれる中途半端な方言。

うーん……良いのだろうか?

方言をキャラ分けの為だけに付けるというのは。

怒られないだろうか?

でも、今は方言なんかも合体したり、融合したりして色んな地域で同じものだったり、同じ地域で違ったりしてるし……うーん。

まあ、口調は個人の自由だからともかくとして、この人の声はなんというか……嫌だな。


イケメンなのが声だけで分かる。

しかも、声の聞こえる高さからして、それなりの高身長だ。

訳もわからず、ではなく理由は分かりきっているが、それでも嫉妬の憤怒を抑える事は出来ない。

しかし少なくとも、僕をディーネ帝国とやらのスパイとは思ってないようなので、許してやることにする。


しかし、こんな口論を、普通本人の前でするだろうか?

当の本人は、椅子に座らされ、後ろ手に椅子の背もたれごと縛られているのだ。

まるで尋問がこれから始まるかのようだ。


そこまで考えると、眠ったフリを続けるより、スパイなぞではないという事を教えてやった方が良い気がしてくる。

本人が言っても説得力は無いだろうが、相手も半々なので、信じてくれる切っ掛けくらいにはなるかと思う。


とゆーわけで、目を開いた。


「おっふ……」


感嘆の声しか出なかった。

目の前には男と男の子の2人しか居ない。

なのに何故か、脳は高級キャバクラにでも来たのかと勘違いした。

何故か、ではない。どう考えても、目の前の2人の顔が良いからだ。


男の子の方は、髪を束ねてひとつにしている。

髪を切る暇がないとでもいうのか、あちこちに伸びた黒髪は、然して、艶やかな輝きを湛えている。

そして目がまんまるで大きくて可愛い。

ちょっと茶色が濃い感じだな、可愛いな?

片目隠れてるのすごくポイント高いな?

言い争ってて劣勢で歯を食いしばって悔しがる顔可愛いな?

八重歯とか卑怯すぎない?

は?好きなんだが?キレそう。


これじゃアカン……ともう一人の男を見て目を落ち着けようとすれば、よりアカン。

女かテメーはよぉ?と言いたくなる程の中性的な顔立ち。

白い肌に糸目、民族化粧なのか目尻には赤くメイクが入っている。

あっ、困り顔も綺麗……。

こちらも男の子と同じ髪型をしているが、髪の色はシルバーに近い白髪だ。

嫌な事でもあってそうなったのだろうか……あの京都弁のような口調で甘えてこられでもしたら慰める他ないであろう。

華奢な身体付きの割にはラインがふんわりしているのが余計に女性っぽい。

女かテメーはよぉ?


そしてまあ、素肌を隠す割には惜しげも無く身体のラインを見せてきて、ついでに腋も見せてくる推定民族衣装。

なんだこいつら?誘ってんのか?

まさか男にこう思う日が来るとは思いもしなかったが、それも致し方ないレベルの美貌と愛嬌を持つ2人。

前の世界ならソッコーで俺がアイドルにする。

そしてプロデューサーとして粉骨砕身しつつ時にはアイドルに感謝されながらより一層仕事に身を入れて高みを目指して絆を深めて引退後にはゲヘヘのゲ……。


おっといけない、僕は一人である以上、冷静に、思慮深く立ち回らなければならないのだった。

とりあえず、起きた事を伝えとくか。


「……ぅ、こ、こ、こここ、こぁ!?」


おっと我ながら三文糞芝居。

あまりの緊張に挙動不審になってしまったぜ。

……僕ってそんなにコミュ障だった記憶は無いけどなぁ……。


とりあえず、意識が戻った事を2人は確認したようだ。

こちらから訊きたい事は色々あるが、まずはあちらの言う事を聞いておいた方が良さげだろう。


「良かった、目を覚ましましたか。どうも、こんなおもてなしですいません……此処は私と弟、2人の住まいです。ヴェルサイユの街からそう遠くない、シュヴァルツの森の中にある小屋です」


……しまった!

これは……非常に参ったぞ…………!

いや、しかし……想像だにしていなかった僕の不備でもあるのか…………!?


まさか…………方言は素で出ちゃうタイプなんて…………!


迂闊だった……!

まさか素じゃないと方言が出ないタイプとは思わず……クソッ!これじゃあ、素で方言が出ることをはじめて知ってキュンキュンするというイベントが迎えられない……!

たかが情報を手に入れたいだなんて願ったばかりに……!

……しかし、捉えようによっては、これはチャンスでもあるのか……?

親愛度を深めて方言を出させるまでのチャートを考え出せるという楽しみが……生まれてしまうのか!?


「えっと、あの〜……どうかしましたか?」


「へ?あ、何でもないでひゃぁぁ…」


振り向いたら美顔が近い近い。

気を抜いてたらあまりの美しさに他界他界。

思わず声が漏れてしまうだけで済んで本当に良かった。


「……兄ぃ、こいつ、目がなんかおかしいぞ」


しかし、 流石子供は純粋と言うべきか、僕の邪な視線に気が付いたようだ。

いや待ってこれで怪しまれるのは本望じゃない。

スパイとかで疑われるのは良いけど変態と疑われるのだけは嫌だ。

だって俺が変態な訳じゃなくてこれはどんな男でも思う事だから!

凶悪犯罪者の思考じゃなくて、至極真っ当な思春期男子の脳ならこれが当たり前だから!


あぁクソっ……!とにかく何とか言い返さないと余計に怪しい……っ!


そうこう考え、口をパクパクさせていると、男の子は俺の頬を持ち、隠れている右目があるであろう方を目一杯、俺の目に近付けてきた。

いや、どんなに近付いてもそれじゃ見えないだろ……と思った矢先、男の子は不意に俺から離れた。


なんだ?ご褒美だったのか?もっと匂いを嗅いでいた方が良かったか?


僕がそう思っているうちに、男の子は少し考えるように手を顎に添え、目線を落とす。


は?可愛いな?


暫くブツブツ言っていた男の子であったが、何かを確信したように頷き、口を開いた。


「うん……間違いない。兄ぃ、こいつ、目が見えてないよ」


……は?

僕の目が、光を授受する能力を失っていると?

見えてる証拠にお前の可愛さを10個程じゃ足りないくらい語ってやろうか?


そう思っていたが、ここで僕は一つ思い出した。

そう、僕はゾンビなのである。

ゾンビは死しているが故に、身体が機能していないのである。

心臓も動いていなければ血流も脈も無い。

血が通ってなければ内臓も筋肉も動かない。

身体に栄養なんて回らないから成長も代謝も有り得ない。

だというのに、僕の脳は動いているし、身体は筋肉の動きを感じるし、目の前の景色も見えている。

表情筋も動いて言葉を発する事も出来る。

目の前の2人を絶賛し尽くせない程の言葉の氾濫に脳が塗れている。


そうか。

今まではそれがゾンビの当たり前だと思っていたが。

もしかしたら、違うのかもしれない。

僕の知るゾンビは、一部を除いて基本的には表情を変える事はおろか、まともに言葉を発する事さえ無かった。

何かを考えて発言するような真似は出来ていなかった。

ひょっとしたら僕は、とんでもない家系に生まれてしまったのではないか。

いやまあ、ゾンビのようなものと化した時点でヤバい家系としか言い様が無いが。


「え……っ!?ちょっ、それほんま!?えっ、見えてますか……じゃなくて、見えてませんか!?」


チラッと垣間見えた関西弁に和む。

……じゃない。和んでいる暇は無い。


子供の戯言ならば、この兄はそう疑ってかかる筈だろうが、そうしないということは、弟の隠された目には何かしらの能力があるという事だろう。

それならば、下手に嘘を吐く訳にはいかない。

真実と虚実を綯い交ぜにして誑し込むか。


……………………………………………………………。

……下手な嘘さえも思い付かないし、とりあえず、ありのままを話すか。


「あのぅ、実は僕、ゾンビなんです。アンデッドの……」


まー分かってたよ?

自分がモンスター側ですって言ったらどんな反応されるかなんてね?

だから気付かぬ速さで槍を喉元に当てられていても全然ビビんないよ?


ガタガタガタガタガタガタ……。


脚が武者震いしてるぜ。

流石に言い訳が苦しいか嘘です本当に怖かったですちょっとチビりかけました。

で、何が一番怖いかって、あのおっとりしてそうな美人兄の眼光よね。

糸目キャラが目を開いたらヤバいってのは王道だけどさ、それはまずいって。

目で殺されそう。


「アンデッドねぇ……どうなん、シロク?」


兄は弟をシロクと呼び、目線を僕から逸らさずに訊ねる。

シロクと呼ばれた弟は、隠された目の方を僕に傾けるようにして、凝視する。


「む……嘘は言ってないよ、ロクシ兄ぃ」


兄はロクシで弟はシロクか。

なんかこう……モヤモヤする名前だな。

だなんて考える余裕は無かったんだ。

ロクシ兄ちゃんの方の殺気が一向に引かないのが本当に心臓に悪いです。


「ふむ……?せやか。アンデッドがねぇ……一体、何の目的だ?」


しかし、ここで焦らず、出来るだけ情報を引き出しつつ質問に答えていくのが個人的なベスト。

見せてやろう、黒歴史(ラノベ漁り)の賜物を!


「いっ、いやぁっ、実はぼ、僕っ、は、生まれたっ、ばかりで、でしてっ、ぇっ、えへへっ、へ!」


コミュ障の正体見たり!って感じだな。

いやもう、本気でこんなキョドり方が出来るとか、逆に凄くない?


「生まれたて……?元が人間な分、まだ知性が残っているのか……?」


しかし、この挙動不審は、混乱してると見られたからか、それとも普通に突っ込むのが面倒だったのか、特に何も言われず反応されず、流された。


それでも、これは良い兆候だぞ。

とにかく必要なのは信頼と信用だ。

後者は信頼の後に付いて回るから良いとして、今、必要とされているのは信頼だ。

嘘を吐いてはいるが、これも信頼を勝ち取るため。

特に害になりそうな嘘でもないから許されるはず……多分。


「ロクシ兄ぃ、こいつ嘘ついたぞ」


天然モノの嘘発見器がよぉ!

そこに居るんだよぉ!

アカン……ホンマにアカン……。

嘘をついたとバレれば信頼どころじゃなくなる……。

てか、嘘って分かるような目をしてるなら、もっと他にも色々ちゃんと察して欲しい事情だらけなんだけどなぁ……。


「嘘か……悪いが、弟の目は誤魔化せない。こいつが嘘を吐かない限り、お前は俺たちを騙す事は出来ない。今のは初回として赦してやるが、これからの返答は気を付ける事だな」


痛い痛い痛いから槍を喉元にぐりぐり押し付けないで。

いや、痛覚なんてとっくに腐ってて痛みとか分からないけどさ。

如何に深くくい込んでも、血なんて然程も出ないけどさぁ。

視覚って大事じゃん?

視覚で脅迫されるのが一番怖いじゃん?


「分かった!君たちの質問に答える!何偽り無く答える!だから一旦、槍を収めてくれ!」


だから、涙ながらに命乞いしても仕方ないじゃん?

いや、死なないけどさ?

視覚だけでも生きていたいじゃん?


それよりも急務なのは、これから来るであろう質問責めを捌き切ることかな。


「言っておくが、僕はまだこの世界の事を知らないのは確かだ。なにせ、別の世界からやって来たんだから!」


ロクシ兄は半信半疑の表情でシロク弟に目で訊ねる。

シロクは一つ頷いた後、首を振る。

ロクシはその反応を見て、溜息を吐く。


「まぁ、さ。こいつの眼は嘘偽りを見抜く力があるとはいえ、如何な世迷事であっても、本人が心の底からそれを信じ切ってれば、嘘と見抜ける事は無い。例えば、俺たちの味方と洗脳された敵兵がこちらに来たとしても、や」


なるほど、それはぞっとしない話だ。

なにせ、僕への疑いが一切晴れないのだから。

というより、途轍もなく疑り深いな。

……少し、探ってみるか。


「もし、僕が洗脳なんてされていなかったとしても、僕自身がそれを証明する事は無理だ。不可能ではないが、筋が通らない……」


「ならば」


「だが、敢えてそんな事を理由に僕を処罰しようとしたい程に、君達は切迫している……それが分からないほど、僕は阿呆じゃない」


ロクシ兄は顔を少し顰めた。


やだ美人……。


じゃなくて、ここまで神経を逆撫でしてやったんだ。

何かしら吐いてくれよ……。


「本当に、何も知らないんですね……分かりました。冥土の土産に教えましょう」


よし、掛かったか。

全く、冥土の土産とは……弟の手前だからって、体裁なんかを気にしやがって……可愛いじゃねぇか。


「掻い摘んだ説明だけで十分だ」


「説明を受ける側にしては、随分と殊勝な態度やなぁ?」


いや怖いって。

頼むから目を開かないでくれ。

思わず居住まいを正す。


「はぁ……、まず、今の世界での主な勢力は3つに分かれてます」

「一番巨大な国であり、産業の発達が著しく、自国の拡大に意欲的なディーネ帝国」

「ディーネ帝国の次に大きく、礼儀や格調を何よりも重んじる思想が特徴的なマルス共和国」

「そして3つの国の中では一番小さい、貿易を国の主な収支として、観光業等のサービス業に長けた観光地として愛されるヴィクトリア王国」

「先程も言った通り、ディーネ帝国は自国拡大に意欲的で、属州も植民地も結構な数を持ってまして……マルス共和国とは隣国ということもあり、よく衝突しています」

「逆に、両国とも、商売や交渉に長けたヴィクトリア王国とはあまり関わりを持ちたがりません」

「ついこの間も、ヴィクトリア王国に交渉を持ちかけられた小国が、自国の主要な取引ルートを買収されたとの事です」

「競い合って成長した2国と、国政に不干渉が基本のヴィクトリア王国」

「そしてここは、マルス共和国とディーネ帝国を別つ不可視の森、『シュヴァルツの森』の入口近くになります」

「以上でよろしかったですか?」


……ふむ。

ふむふむふむ。

ぶっちゃけ、ざっくりし過ぎてて分からん所が多いが、今の所は大きな収穫だろう。

世界観と国が分かれば、自分の居場所を探す事も可能であろう。

……ところで、この世界観でモンスターは存在するんですか?

アンデッドを知ってるって事は居るんだろうな。

えぇ〜……でも、それだけの抗争、というか戦争が起こりながら、モンスターの存在を仄めかす発言が一切無いってのもなぁ……。

もう、直接的に訊いてみるか?


「その……こうして僕はアンデッドになったばかりなんだが……その……モンスターとかの存在は、どんな扱いなんだ……?」


ロクシ兄が目を瞬かせる。

もしかすれば、誰でも知っている常識なのだろうか?

となると、モンスターはその辺に溢れているわけなんだが……どれほどの脅威なんだ?

少なくとも、人間同士がモンスターを無視して戦争を出来る程度であれば、こんな反応は見せないだろう。

しかし、実際に戦争は起こっているわけで……。

何だ?何かを見落としている?

一体……モンスターとは何なんだ?


「……ペット」


「はぇ?」


「モンスターは……今や、人間との生活を強いられた、ペットになります」


ペット……ペットかぁ。

アンデッドって、モンスターに入るのかな?

首輪だけは嫌だよ。


……じゃ、なくて。


「ペット……じゃあ、犬は?猫は?豚や牛や馬は?」


「イヌ……ネコ……?何かの呪文ですか?それとも、新種のモンスターですか?」


そう、僕は確信した。

この世界におけるモンスターとは--


--前の世界における、動物と同じようなものだ。



その後も、探れるだけ探ってみたが、めぼしい情報も無く、夜を迎えた。


「もう夜ですか……それで、あなたはどうするんですか?」


不意に、ロクシが訊いてきた。


「どうする……?僕は、ここでお前に殺されるんじゃないのか……?」


「殺すも何も、敵意の無い相手を食うわけでもなしに殺す事はありませんし、そもそもあなたは殺せません」


……それなら、良いのだが。


「良いのか?僕は今でこそ話も出来るが、記憶が戻ったり、知性を失ったりしたら何をしでかすか分からんぞ」


モンスターだから、と訴える。

要するに、お前らが見張ってなくて良いのか?というメッセージなのだが。

実の所、貴方様方と一緒に居させてくださいお願いします、というメッセージでもある。


「モンスターやから、か」


ロクシは顎に手を添え、首を傾げる。


一々仕草が綺麗なんだよ……。

そろそろメンタルが持たずに自殺したくなる……。

己の醜さを照らし出す光には耐え難い……。


少し考え込むようにしたロクシは、何かを思い付いたかのように、手を打つ。


「せやった!ククじぃなら何かを知ってるかもしれへんな!」


どうやら、ロクシは何かを知らなかったようだ。

とりあえず、そのククじぃとやらの所へ、僕も連れて行かれるのだろう。


連れてこられた。

じぃ、とか言うから老人かと思ったのだが、いや、実際に雰囲気は老人の持つそれなのだが、どう見ても30代前半くらいである。

ロクシに似て、無駄に美顔である。

女かテメーはよォ?


そのククじぃは、先程から壺に何かを加えては混ぜ、加えては混ぜている。


「ククじぃはああして、常に何かしらを知っているんよ。それがどんな未知のものだろうと、ククじぃにかかれば、たちどころに解決や」


カーテンのような布で仕切られた一角で、ククじぃは草や鼠の死体や謎の目玉を加えては混ぜている。

壺の中身は見えないが、なんとなく見たくない。

そして、僕を指さした。

僕はその意味が分からなかった。


するとその意味を察したのか、シロクが僕の手を取る。


え?結婚するの?

まだ早くない?


……いや、本気でそう思った。

そして、次の瞬間には、ベリィ、という痛々しい音と共に、僕の右手の人差し指から爪が消えていた。


痛覚も血も無くて良かったのだが、見た目が痛々し過ぎる。

肉しかそこに無く、人の指というよりは、肉人形の指先のようで、不気味で、吐き気がする。

吐ける物なんて体内には無いけども。


そして、僕の爪は、ククじぃの手から壺に入れられた。

3回ほど掻き混ぜて、ククじぃは壺に手を掛けて、中身を一気に飲み干す。


うぇ……これはこれで吐きそうになる絵面……。


そして、咀嚼するように、何かを考え込む。

やがてすぐに、僕を指差して、こう言った。


「あんさん、ゾンビじゃねぇなぁ」

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