異世界でもゾンビじゃありませんでした!
しぐま ちぢみ
第一生 「グッドモーニング」
この世には、「ゾンビ」なる怪物、概念が存在する。
リビングデッド、アンデッド、ウォーキングデッド、etc……。
数々の異名が示す通り、死にながらにして生き、死にながらにして動き、死せるが故に死ぬ事の無い存在である。
とある大国の民が、この「ゾンビ」に対して異常なまでの好意を表すほどに、「ゾンビ」は世界的に好かれていた。
ただし、「ゾンビ」とはあくまで概念、空想上の怪物に過ぎない。
架空の存在には必ず、属性、分かりやすく言えば、「設定」を含む、キャラクター性が存在する。
死者が蘇ったという設定から、生者への怨念、或いは生前に愛していた者への執着等、多種多様に渡る性格があり、そのどれもが、死して尚も人間らしくあり、何処か親近感が湧く気さえする。
ホラー、ラブロマンス、コメディ、アクション、ミステリー、パズル、ミュージック……今となっては、「ゾンビ」の関わらないジャンルなど、存在しないと言える程でもある。
さて、これほどの人気を誇る「ゾンビ」ではあるが、実は一つだけ、僕自信が難儀に思う点が存在する。
思うに、大衆は「ゾンビ」全般が好きなだけであり、自らの好きな「ゾンビ」は存在しないのではないか、という事だ。
要するに、見る範囲の違いだ。
特定の「ゾンビ」ではなく、「ゾンビ」という集合体こそを、彼らは好ましく思っているのではないのだろうか。
だから、一匹だけ見つけたゾンビを捕獲して、ゾンビビールスなるものを作り上げようとしてるのではないか。
一匹のゾンビでは、愛でるに足りず、量産しようとしてるのではないか。
……或いは、兵器運用の為か。
これは別に何も、答えが欲しいという訳ではない。寧ろ、要らない。
答えを教えてくれる暇があるなら、この状況をなんとかして欲しい。
そう、今の状況をあの名ゲームで例えるならば。
僕が主人公の、「逆バイオハザード」である。
さて、自己紹介をしながら、これまでの経緯を話そう。
僕の名前は「肢動 体生(しどう たいせい)」、17歳の元高校生である。
低血圧でもないのに生まれつき血色が優れず、付いた渾名はまんま「死体」。
母は僕を生み、母乳を与えた後に笑顔で衰弱死。
父は僕を男手ひとつで甲斐甲斐しく育ててくれた。
祖父母も父方の両親しか居らず、母の父、僕からみた母方の祖父は一昨年に寿命で他界。
その祖父の遺言に従い、父と僕は引っ越しをすることになった。
「じゃっどん、お義父さんもどしたんけ?こげん町に引っ越せー、ちゅうからに」
故祖父が指定した町の名は、「眞蔵町」(まなくらちょう)。
ニュータウン開発の名残のような町であった。
「わっぜ寂れちょんなぁ……コンビニはあるけぇ大丈夫そうだや」
なんでも、母と故祖母が住んでいた町だそうで、そのせいか、僕は居心地が良かった。
別に喧騒が嫌いという訳でもないが、ここは特別、町の静寂の中に、言い知れぬ安堵感を誘う何かがあったのを感じていた。
遺言では、故祖父の暮らした平屋が残っており、そこに住んでも良いとの事であった。
トランクケース3つほどの荷物を乗せ、一寸隣が田んぼ泥に塗れたアスファルトの上で、車に揺られる。
ふと見れば、水田に斜陽が煌めき、金色の稲が赤く燃え上がっている様であった。
その中でも一際、斜陽と僕の視線上はとりわけ紅く輝き、まるでそこが世界の境界線になっている様な……気がした。
平屋は結構綺麗で、中も落ち着ける和室空間が広がっていた。
惜しむらくは、以前の六畳1Kに比べると酷く広く、酷く寂しくなった事であろうか。
物の少なく無機質な一室で、母の過ごした形跡でも見つけたのか、一つの柱を撫でて父は目を細める。
部屋の中は管理人を雇っていたというだけはあるのか、そのままでも充分綺麗だったので、掃除は後回しにして、父と庭に出た。
庭には蔵があり、その中には数々のお宝ともつかないガラクタが沢山あった。
動物の白骨とかもその辺のそこそこ大きめの壺にそこそこ入っていた。
人の頭蓋骨と思って腰を抜かしたら、父が笑いながら猿の頭蓋骨だと教えてくれた。
審美眼に自信はないが、少なくとも、お宝と呼べるような代物は、蔵の中には無かった、と思う。
だけど何故か、僕はまたあの蔵に惹かれたんだ。
呼ばれた、と言っても過言じゃないかもしれない。
次の日の放課後、僕は再び蔵の中に入っていた。
掃除という名目で。
学校?……学校は、正直、悪くなかった。
っていうのも、高校二年生が僕ともう一人だけだったからね。
女子だったけど、他の学年ともつるまずに、読書が好きなように過ごしてた。
勿論、僕は個人的経験から、実際は彼女はそこまで本に興味などないと察している。
読書を邪魔してくる奴となんか関わらないに越したことはないってのは誰でも知ってる常識だからだ。
要するに、読書とは、「あなたと関わる意思はありませんよ」という意思表明の一つなのだ。
つまりは、 平穏だ。
嫌いではない。
喧騒と同様、極端でなければ良い、とはなるが、喧騒とは違い、極端な平穏というのは分かりにくく、そうである以上、嫌う理由が無い。
許容範囲が喧騒のそれより広い、とも言える。
喧騒の程度と平穏の程度をどう計れるのかはここでは置いといて、だ。
結局の所、高校二年生始まってからの学校は学業に専念出来たし、学業以外は好きな事が出来た。
都会でウェイウェイ言ってる奴らより、真の意味で充実した生活を送れていた。
……ウェイウェイ言ってる奴らが別に悪いわけじゃないけどさ。
僕たちが勝手に僻んでいるだけで、仲間想いのいい奴らだよ。
いや、悪童たちもまちまちだけどさ。
結局、一纏めにして考えちゃ、相手にも悪いし。自分にとっても悪い。
組織じゃなくて個人を見る目を養わない事にはどうもいかないんだ。
……あー、ちょっと悪い。
時間に余裕が無くなってきた。
端的に話そう。
学校帰りに図書室に寄ったらたまたま見つけた書物に蔵の中で見た物があったんで気になって掃除と称して調べてたらウチがゾンビの家系だって事が分かった。
飲み込みの早さは誰よりも自信があるんだろ?
大して特異な内容って訳でもない。
一つだけ補足するなら、「ゾンビを操る家系」じゃなく、「ゾンビの家系」って事だ。
僕の血色の悪い肌も、怪我の治りが異常に早い体も、汗を一切かかない体質も、全てゾンビの血を受け継いでいたかららしい。
はい、おしまい。
ちょっと逃げるのに専念させてくれ。
……あぁ、僕を追ってる連中も説明した方が良いかな。
勘のいい君たちなら気付いているかもしれないが、追手はアメリカだ。
ここは日本だが、沖縄じゃない。
米兵、もしくはFBIの特殊部隊が日本国内の、それもかなり山奥の内地に来て、日本国内が混乱しないはずがない。
……混乱しないんだなぁ、それが。
FBIの特殊部隊が僕の思いつく限りのアメリカ警察の持つ最高部隊なんだが、どうも違うんだよなぁ。
いや、本物を見たことは無いけどさ。
そもそも、FBIが本当にアメリカの組織なのかさえも覚束無い。
FBIじゃないのなら追手がアメリカとも限らないし、アメリカかもしれない。
……格好付けたかっただけで、浅薄な知識を晒してしまうとは思うまい。
誰も彼も、そうなるから人間は怖い。
以上、ゾンビとなった僕からの視点である。
……そう、ゾンビの家系とはいえ、何も生まれた時から死んでいた訳ではない。
要は、きっかけが必要だったんだ。
……死ぬ、というきっかけが。
兎にも角にもアルミラージにも、所属不明の超隠密部隊が追ってる。
ゾンビを、恐らく名目上は人の繁栄を脅かす火種を。
ゾンビにはスタミナが無い。
筋肉疲労も存在しない。
そもそも、死体には運動さえ不能なはずなのだが、明らかに筋肉以外の何かで動いている。
そんな感覚がする。
いつまでも、走っていられるような爽快感が。
だから今は、その感覚に身を委ねる。
背後から降り注ぐ弾幕の中、脚を動かし続ける。
そこ、走るゾンビがナンセンスだと言いたいんだろ。僕もよく分かっている。
確かに、ゾンビのイメージは動きは鈍いし、階段さえ登れもしない鈍臭い奴らだけども。
でも考え直してみて欲しい。
その鈍いゾンビは単体か?
謎の集団から逃げてるゾンビか?
ゾンビの動きが鈍いというイメージには、ゾンビ側がハンターであり、何処に行っても大量に存在する、という大前提が意識の根幹にあるんだ。
だから、一人で逃げる間抜けなゾンビくらい走ることを許されても良いじゃないか。
まあ、そのゾンビを追い掛ける側は、色々とたまったもんじゃないだろうけどな。
何せ、スタミナ切れもHP切れも起こさず延々と逃げ続ける敵を追っ掛けるクソゲーだ。
敵の怒声が聞こえる。
多分、さっきから何発当てても僕が倒れないのにイライラしてるんだろう。
執拗に足を狙ってくるが、痛みも衝撃も感じない。
筋組織が千切れて吹き飛ぶ感じも無ければ、血も流れている気配が無い。
ゾンビにしては異常なまでのタフネス。
不死の魂と引き換えの、朽ち果てた脆い身体は何処に行ったのか。
これでは、ゾンビと言うよりは、怪我の修復が異常に早い、ヴァンパイアのようではないか。
足も早い。彼らの血を飲みたいとは思わないが。
そんなこんなで、廃病院での逃走劇は、どうやら弾を切らしたであろう連中が撤退するまで続いた。
次からは、敵意の無い俺を確実に捕獲する為か仕留める為か、銃弾よりもより近接での戦闘技術を叩き込まれるかもしれない。
身体がグズグズにならない以上、押さえ込まれれば腐って通り抜ける事も出来ないだろうし、高くなった身体能力も屈強な外人さん数人に寄って集られれば形無しだ。
ならば俺に出来るのは、やはり逃走だろうか。
……この事を、父さんは知っていたのだろうか。
母さんの家系がゾンビの一族である事を。
これから逃げる前に、父さんに説明くらいはした方が良いんじゃないのか。
それがどんなに現実離れしていて、残酷であっても、知る権利くらいはあっても良いんじゃないか。
息子が行方不明よりは、息子は生き延びる為に逃走していると知っていた方が救いがあるんじゃないか。
……どちらにせよ、自己満足なのに変わりはない。
なら、僕のしたい方をやるまでだ。
恐らく、この廃病院は包囲されているだろう。
ライトを消していても、大人数の気配はそう簡単には消せない。
それに、ゾンビは結構、夜目が利く。
これなら、廃病院の中でも、色々と策を練る事は出来そうだ。
とりあえず陽動用の火炎瓶を作る為の素材は……廃病院なんかにあるわけないか。
流石に、危険な薬品類とかは撤去してるよな。
その他にも、何か無いかと廊下を探索していると、病院の見取り図を発見した。
逃げるのに必死になってて分からなかったが……此処は2階らしい。
階段の位置や、部屋割りを見ながら、ぼんやりとどう脱出するか考えていると。
「……なんだこれ?」
病院では聞き慣れない、地下1階が存在する事に気付いた。
部屋名を見てみればなんの事は無い、大きな物置スペースのようである。
きっと、シーツ等を置いておく部屋だったのであろう。
包囲されている中、シーツをロープ代わりにして窓から脱出、なんて事は出来ないので、逃走のアテにはならないか、と落胆した。
しかし、置かれているのはシーツだけでは無いかもしれないと、半ば期待しないままに、地下に向かった。
階段のすぐ下に位置する、軋むドアを開けば、大量の埃と共に暗闇が現れた。
シーツがどうのこうのと考えていたが……いや、考えれば当たり前なのだが、シーツは病院を廃業する際に何処かへ譲るなり売るなりして処分されていたのか、跡形も無かった。
そろそろ、物資の全く無い籠城という現実を色濃く認識してきた僕は、諦めに支配されかかっていた。
思えば、大きいからと言って安易に建物の中に逃げ込んだのが間違いだった。
「ゾンビ相手でも交渉してくれるかな……『研究材料になる代わりに父さんには手も出さずに不自由無い暮らしをさせてやって下さい』ってか……」
それもありかと思い始めた頃、謎の声がした。
耳から聴こえているわけじゃない、それに声と言っても、言葉として認識出来ないような雑音。
か細く脳裏に響くその声に、呼ばれたように身体が向かう。
地下室の角、ライトで照らしでもしないと見落としてしまうようなそれを、僕は拾い上げた。
「……鉛筆?」
とても大事に使われていたのか、かなりすり減っていた鉛筆。
「B」としか分からず、2BなのかHBなのか、はたまたその他のBなのか分からない程に、すり減っている。
すり減った鉛筆が落ちているという事は、使われていたという事。
近くに紙が落ちて居ないかと探した時に、漸く気付いた。
「……あ」
角に近い壁の低い位置、幼児がよく落書きをするであろう高さ。
その位置に存在する、明らかな魔法陣を。
そして、その輝きに包まれる、自らの左腕を。
さて、こうして謎の魔法陣によって部隊の兵達に悟られる事無く予期せぬ脱出を成したゾンビの僕であったが。
まさか、今まで考えていた事が、これから考える全てが、無駄になろうとは、この時は思いもしなかった。
……ところで、石壁ってそんな簡単に鉛筆で何か描けるものなの?
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