2."つむぎ"
……満面の笑みで放たれた、そのセリフに。
俺は。
「ふーん、なるほど。蜘蛛の………………
神さまぁぁあああぁあ?!!」
「はい♪ 」
「ちょ、ちょ………っと待て。いや、落ち着け。そんなの居るはずがない。とにかく、どうやってこの部屋に入って来たのかは知らないが、早くお家に帰りなさい」
「あーっ。なんですか、その子ども扱い。わたしこう見えて
「いっ、いっせんねん?!」
「そうですよ。だからもう、あなたのお嫁さんにだってなれちゃいますっ」
そう言って、頬をぷくーっと膨らませる少女は……
どう見ても、一千年以上生きているようには見えなかった。
せいぜい十四、五歳。背も、一五〇センチちょっとくらいか。
陶器みたいに白い肌に、血色の良い唇。長い睫毛に縁取られたびいどろみたいな瞳が、黒目がちにこちらを睨み付けている。
……………って。
「………え?今、なんて………お嫁さん??」
「はい♡先ほど助けていただいた蜘蛛の子で、通算一〇〇くもポイントが貯まりました。その特典として、わたしがお嫁さんになります!」
「は………はぁぁああ?!」
いや、いやいやいや。
"蜘蛛の神さま"なんて発言だけでも相当意味不明なのに、その上、よっ……嫁だぁぁあ?!
「……わかったぞ。これは、新手の詐欺だ。
「詐欺なんかじゃありませんよう。わたしは本気であなたのお嫁さんになりに来たんです。長いこと生きてきましたが、こんなにたくさんの蜘蛛を救ってくれたお方は、
「ばっ……子どもがンなこと言うな!あれか?!家出少女か?!寝床確保するために自分を安売りしているのなら今すぐやめろ!お兄さんとの約束だ!!」
「ですからっ!んもぅ……わかっていただけないのなら、こうしちゃいます!」
おかっぱ少女はヤケクソ気味に言うと。
自身の着物の裾をたくし上げ。
………ぱんつを、脱ぎ始めた。
「は……は?!ちょ、おま、何してんだ!履け!!」
「だって
と、おかっぱ少女が恥ずかしそうに俯いた……刹那。
──メキッ、メキメキメキッ……!!
軋んだ音を立てながら……
少女の下半身が、変化し始めた。
生っ白い二本の足は、黒く、ゴツゴツしたモノに変わり、更にその数を増やし……
つるんとしていた尻も、黒くなりながら後ろに大きく膨らんで……
みるみる内に、彼女のヘソから下が。
……蜘蛛の様相へと、成り果てた。
ただでさえ腰を抜かしていた俺は、目の前で起きた信じられない光景に、絶句する。
しかし少女は、真っ赤に染め上げた頬に手を当てながら、
「あ、あんまり見ないでください……丸出しだから、その……恥ずかしいです」
「へっ?!ご、ごめん!!」
そう言われると急にこっちまで恥ずかしくなり、俺は慌てて目をそらす。
そうか、履いたままだと破けるから、わざわざ脱いだのか……
「……これで、信じていただけましたか?わたしが、"蜘蛛の神さま"だってこと」
少女が、遠慮がちな声で言う。
……確かに、こんなものを目の前で見せられたら、もう信じるしかあるまい。
これが夢でない限り、彼女が人間以外の何かであることは、間違いないだろうから。
「……あぁ、信じる。信じるから、さっさとぱんつを履け。その……丸出しなんだろ?」
「よかった!じゃあ、さっきの姿に戻りますから、しばらくそのままお待ちくださいね!」
少女の嬉しそうな声の後、再びメキメキと軋むような音が聞こえ……
最後に、ぱんつを履く衣擦れの音がした後。
「はい、お待たせしました。もう見ても大丈夫ですよ♪」
お許しが出たので、ゆっくりとそちらを向くと……
少女は、すっかり人間の姿に戻っていた。
「………それじゃあ、話を整理すると。
俺が家に迷い込んだ蜘蛛を外に逃がしていたことでいつの間にか謎のポイントが貯まり。それが一〇〇を超えたから、特典で君が嫁に来た、と……そういうことか?」
「ざっつらいと!その通りです!!言わば、蜘蛛の恩返しです♪」
「恩返し、ね……でもさぁ、ポイントって普通、なんか好きなものと交換できるモンじゃね?いくつか選択肢があってさ。それを、いきなり君の嫁入り一択って……特典っつーか、完全に押しかけ女房じゃ………」
……と、そこまで言いかけて、俺は言葉を止める。
何故なら。
……目の前の少女が、唇をぎゅっと噛み締め、ぷるぷる震えながら、目に涙を溜め始めていたから。
「………
「へっ?」
「いつも優しく逃がしてくださるので、てっきり好いていただいているものと思っていました……だから、
「あ、いや、別に……そこまでは言っていないぞ?俺が逃がしていたのも、気持ち悪いとかじゃなく、なんか神聖な感じがしてのことだし……」
「……………」
「それに、君は、その…………すごく、可愛いと思うよ…?」
「本当ですかっ?!」
途端に、ぱぁあっ!と顔を輝かせる少女。
食い気味に身を乗り出すその勢いに押され、俺は「う、うん」と頷くしかなかった。
少女は嬉しそうにぴょんっと跳ねると、
「なぁんだ、よかったぁ!じゃあさっそく、ハネムーンに行きましょう♪」
「そうだな、ハネムーンに………は、ハネムーン?!」
「はい♡わたし、ずっと
「……いちおう聞くだけ聞くが、何処…?」
「ココです!」
と、彼女が指さしたのは……
あの、壁に掛けられた、例の写真だった。
「え……そこ?」
「はい!わたし、初めてこの写真を見た時から憧れていたんです。いつか、この綺麗な景色の……本物を見ることが出来たらなぁって」
そう言って、彼女は目をキラキラさせながら写真を見上げる。
……しかし、俺は。
「……ダメだ」
「え……?」
「そこへは連れて行けない。もう、二度と行かないと決めているんだ」
はしゃぐ彼女に悪いと思いながらも、キッパリと言ってやった。
すると彼女は……再び、ぷるぷると震えながら、
「……やっぱり
「……おい。今度は何を言い出す気だ」
「だって……」
ビシィッ!!
……と、彼女は写真の中の蜘蛛の巣を指さし、
「このメス蜘蛛のことが忘れられなくて、こんな写真を大切に飾っているのでしょう?!きっと元カノとの思い出の場所だから……後ろめたさがあるから、わたしを連れてってくれないんだ!」
「いやそれメス蜘蛛なのかよ?!初めて知ったわ!!つーか、ンなワケあるかぁあっ!!!」
「じゃあ連れてってくださいよ!!」
ぷくーっと、駄々っ子のように頬を膨らます彼女。
まったく……本当に千年以上も生きてる神さまなのか?あんな変化を見せられたというのに、また疑ってしまう。
「………わかったよ」
その、涙の溜まった瞳に負けた俺は。
「鈍行で二時間かかるからな。覚悟しとけ」
渋々、本っ当に渋々。
故郷の街に帰ることを、承諾した。
彼女は、やはり花が咲き誇るような満面の笑みを浮かべ、
「ありがとうございます!
ぴょんっと嬉しそうに跳ねるので。
嗚呼、さっきから良いように扇動されてんなぁ…と思いつつも。
どうにもその笑顔が、憎めないのであった。
「──ところで、キミのことは何と呼べばいい?」
「え?」
「だから、名前だよ。名前。何て言うんだ?」
「……それは、
……と、パジャマを着替えながら何の気なしに聞いた質問に、よもやこんな答えが返ってくるとは思わず。
返す言葉に迷っていると、彼女が、
「あ、
そう言って、指を少し動かしたかと思うと。
履きかけた俺の靴下の、親指部分のほつれが……キラキラと光る糸で紡がれ、綺麗に塞がれた。
「すげぇ……魔法だ」
「ふふーん。これでも神さまなのでっ」
お世辞にも立派とは言えない胸を反らし、誇らしげに言う彼女を見つめ。
俺は………
「………"つむぎ"」
「……え?」
「キミの名前、"つむぎ"ってどうだ?」
と。
深く考える前に、口にしていた。
さすがにそのまんますぎるかと、謝ろうとするが……
「…………か。
可愛いです!!つむぎ!わたし、今日からつむぎになります!!呼んでみてください!!さんはいっ」
「つっ……つむぎ…?」
戸惑いつつ、俺がそう呼ぶと。
彼女は……つむぎは、穏やかに微笑んで。
「──はいっ。
やっぱり、見惚れてしまうくらいに愛らしい笑顔で。
元気に、返事をした。
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