第39話 おっさん、イケメンを救助する

 翌日、双岡ならびがおか轆轤ろくろが自身の公式SNSで突如芸能界引退を表明した。

 世間は騒然となった。


 同時に週刊ポータルが無期限の休刊を発表したが、これはあまり話題にならなかった。

 しょせん三流誌である。


 俺は朝からさないの病院に向かった。

 その後の都合もあって、鶏冠井さんのSUV、カイデ・ミリタリースペシャルで送ってもらった。

 まあ目立つ目立つ。信号で止まる度にあたりでスマホがカシャカシャ鳴っていた。

 逆に乗ってる俺が目立たなくて、それはそれで助かったが。


 実は思ったより元気で、既に刑事の聴取も終わっていた。


「ソフィ、いろいろありがとう。助けてくれたのよね」

「お姉ちゃん、もとはと言えば私が芸能界デビューしたせいなの。巻き込んでごめんなさい」

「そんなことないわ! お金持ちが誘拐されたら、お金持ちのせい? 政治家がテロにあったら、政治家のせい? 違うわよ! 悪いのは、暴力をふるった側よ!」

「お姉ちゃん……」

「ソフィはそのままでいてほしい。私の誇らしい義妹いもうとで」

「ありがとう、お姉ちゃん」


 病室を出ると、加悦かやがいた。


「加悦さん……」


 加悦は一瞬俺をキッと見つめたが、すぐに目線を外した。


「貴女がいなかったら、あの子が本当に危なかったことは、警察から聞きました……。今は、礼を言っておきます。……ありがとう」

「い、いえ、当たり前のことをしただけで……」

「でも、を許したわけじゃないから」


 加悦はまだ俺がノイマン王国の財産を独占したと思っているんだ。


「いつか誤解が解けるといいな、と思います」

「誤解じゃありません」


 加悦の吐き捨てるような言葉を聞きながら俺は病院を去った。



「女神様、よかったんですか? もう少しお話をしなくて」

「ああ。加悦とは長い間心がすれ違っていた。そう簡単には修復しないさ。まずは一歩前進した。それでいいんだ。鶏冠井さん」

「そうですか」


 信号待ちのたびにまたもパシャパシャ撮影されながら、俺たちは筈巻書房に向かった。

 写真集とイメージビデオ、ジャパンCAGエキスポでのイベントの打ち合わせだ。



◇◇◇


 朝から忙しかったので、双岡の引退や週刊ポータル休刊のことを知ったのは午後になってからだった。


 事情を知ってる俺や鶏冠井さんは、ふうん、って感想しかなかったが、筈巻書房はてんやわんやだった。

 そりゃそうか。ここにも編集用のサーバーがある。

 週刊ポータルみたいな目に合ったら大変だよね。


 しないけど。


 それだけじゃなくて、テレビガイド誌も出してるから、双岡の出演スケジュールの差し替えも大変らしい。

 ガイド誌の編集はメディア事業部扱いだから、桂後水かつらこうず事業部長がおおわらわだ。


 すまん。


 打ち合わせが終わると、鶏冠井さんが寄ってきた。


野江のえ組長から、アポイントです)

(は?)


 思わずひそひそ声になる。浪速なにわ興産め、懲りてないのか?


(違うようです。全面的に非を認めています)

(マジか)


 あんまり反社会的組織と関わり合いは持ちたくないが、後顧の憂いを立つことも必要だな。


(わかった。会おう)



 指定された場所は○○坂の料亭だった。


 うわー、政治家が良く来るとこじゃん。

 カイデ・ミリタリースペシャルと細格子の違和感、ありすぎ!


 念のため、姉ちゃんにも同行願った。


 和服の女将おかみに奥座敷へ案内される。

 40畳はあろうかという広間に野江組長以下、10人ほどの男が正座していた。


 俺たちが座敷に入ると、全員が額を擦りつけて土下座した。


「このたびは、すみませんでした!」


 野江組長が土下座しながら詫びた。それをきっかけに、


「「すみませんでしたぁ!」」


 残りの男たちも詫びの言葉を叫んだ。


「すみませんで、すむか!!」


 俺はまた殺気を込めながら叫んだ。さすがに料亭で脱糞されたら店の人が困るだろうから、かなり弱めに。


「「「ひいいいいいっ、申し訳ございません! 申し訳ございません!!!」」」


 組長以下全員が這いつくばって縮こまる。


 えー、これが日本有数の反社勢力なん?


「で、なに? こっちは忙しいんだけど。それにあんたらに会うのは芸能人的にまずいんだけど」

「は、はい、後半は大丈夫です。そもそも芸能界のやくざネタはわしらがまとめて牛耳ってますんで」

「なにそれ。ほんとに反省してるの?」

「ひっ、ひえええっ。も、もちろん、もちろんでございます! なにとぞ、なにとぞお許しを」


 よく見たらギブスをしている奴やら火傷している奴やら、結構ずたぼろになってるな。


「で、なにを言いたいの? 手打ちなんてしないわよ」

「滅相もない、そんなおこがましいことはちっとも考えておりません。ただわしら浪速興産、全力で椥辻なぎつじ様の盾となる所存で」

「は?」


 野江組長の話はこうだった。


 浪速興産は、かなり芸能界に食い込んでいる。ジャパン事務所の双岡は氷山の一角にすぎず、もちろんファイヤー・プロモーションとも関係があるし、映画界はもっと因縁が深い。


 関西の大宮おおみや組はそもそも港湾関係でのし上がった組織だ。芸能界に強いのは関東の浪速興産。

 だが、浪速興産の力が弱まれば、大宮組が芸能界で影響力を強めることになる。それはやっかいだ。


 そこで浪速興産は相変わらず芸能界の裏組織として存在し、その実ソフィーリアを様々な害悪から護る盾になる、ということだ。


「ふうん。それはつまり、見返りをやるから反社勢力を見逃してくれって言いたいのね」

「ひ、ひいいっ、そのようなつもりは! なにとぞ、なにとぞ! ご賢察のうえご理解ください!」

「せっかく命があったのにね。残念だわ」


 俺は拳を振りかぶった。


「ひいいいいいっ、お許しを、お許しを!」


 野江組長は這いつくばりながら逃げようとした。器用な奴。


 俺はその姿を見て、笑った。


「あはははは! 冗談よ。あんたたちの反省はよくわかったわ。今回は許してあげる」

「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 野江組長は鼻水垂れながら畳に頭を擦りつけている。よく見たら他の数人、失禁してた。


 すまん、料亭の人。だいぶ抑えたつもりだったけど、ちょっとやりすぎた。


「でも、あんたたち、ひとつ約束をして。今は無理でも、いつか芸能界の反社会的アンダーな部分を本当に駆逐して、クリーンで健全な業界にしなさい。その上で、あんた達も解散し、社会の中でまっとうに生きなさい。これは、絶対よ」

「承知仕りました! 約束いたします! いつか必ず! あねさん!」


 姉さん!?


「すでに姉さんをハメようとした双岡はコンクリ漬けにして○○湾に沈めましたんで、へえ」

「えっ。あー、うーん、それ聞かなかったことにするわ」


 こえーよ! お前ら!



 固めの盃がどうのとか言われたが、辞退した。未成年だもん!


 料亭の懐石は旨かった。

 姉ちゃんが一人10万は下らんとか言ってた。すげえなあ。浪速興産、儲かってるなあ。

 あこぎな奴らだ。

 その金で飲み食いしている俺たちも俺たちだが。


 芸妓さんが5人ほど付いた。主に野江組長に。

 組長は冷や汗をかいていたが、俺に付かれても困る。扇投げとかしたことないし。


 姉ちゃんが座布団を股にはさんで馬がどうのとか何とか言ってた。よくわからん。

 おい、顔が赤いぞ。飲みすぎだろ!

 さらには昨日の写真を野江組長にこっそり見せている。組長は顔面蒼白だ。

 まあ、あの写真が出回ったら任侠としては終了しちゃうもんな。

 丸いおばちゃんに嬲られるのも大概だが。いと哀れ。


 鶏冠井さんもほんのり赤い。帰りは運転代行頼まなくっちゃ。

 ミリタリースペシャル運転出来る人がいればいいが。


 そういえば、失禁して汚れた畳はすばやく取り換えられていた。

 料亭恐るべし。


「姉さん!」


 野江組長に手を握られた。組長顔が真っ赤だよ。白くなったり赤くなったり忙しいやつだな。


「あっしは姉さんにタマ捧げます! 面倒ごとは全部あっしが引き受けますけい!」

「組長ずるい! わしらも姉さんに殉じますぜ!」

「おおさ、大宮のかしらが出張ってきても、わしらが姉さんを護るんじゃき!」

「おお、しっかりごわせ!」


 あんたら、どこ出身だよ……。


 にしても双岡。


 南無阿弥陀仏……。



◇◇◇



 双岡轆轤、大やけどで発見!

 双岡轆轤、命に別除はない模様。

 双岡轆轤、自殺か? 真相は!?


 さらに翌日、各スポーツ紙の一面を大きな見出しが躍った。


 さすがにほっとくと後味が悪いので、手打ち(はからずも)の宴会の後、野江組長のスマホの位置情報から双岡の足取りを追跡し、沈んだコンクリの塊を引き揚げた。

 深夜の真っ暗な海に潜ったことなんてなかったが、海水の電位を利用した探知サーチで探し出した。


 明かりの魔法ライトや水魔法を使えばもっと楽だったんだが、プリセル初号機は非防水なので仕方がない。

 塊を引き揚げるときには時空魔法で軽くしたけどね。

 転移はまだ俺が覚えていないので、無理だった。


 早く上級の時空魔法が使えるようにならないとな。


 岸壁でコンクリを割って取り出した時、双岡の大脳皮質は酸素不足でほぼ壊死していた。

 心肺も停止していた。

 海中に沈められてたんだから、当たり前だけど。


 が、土魔法で有機化合物を組み、構造変換で神経細胞や筋肉細胞を再生し、電素セル魔法でニューロンにインパクトを与えると、息を吹き返した。


 しばらくは身動き出来ないだろうが、そのうちに元に戻るはずだ。

 コンクリのアルカリで全身をやけどしていて、イケメンが台無しだったが。


 そっちは手当てしてやらなかった。イケメンは敵!


 ついでに意識伝達メッセージで軽めの殺気を送っておいたから、もう二度と女の子を罠にはめるようなことはしないだろう。


 もしかしたら意識戻った瞬間に恐怖で廃人になるかもしれないが、死ぬよりましだ。

 俺の殺気よりも、一度殺された記憶で恐怖に怯えるかも知れないけど。


 まあちょっと覚悟はしておけ。

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