第38話 姫、おっさんに任せる

 さすがに正面入り口から乗り込むのは無謀というものだ。

 だけならまだしも、姉ちゃんたちがいるしな。


 だけど、もたもたしていると警察が来る。さっきの監視パトカーのことじゃなくて、拐取事件の捜査の方だ。

 監視がそのままで動いていなかったのは、まだ被害者を聴取中だからだ。さないも寝ているはずだしな。

 本格的に警察が捜査を始めると、こっちも手出し出来なくなる。


 ここで潰しておかないと、いつまでも付きまとわれてしまう。俺自身はともかく、また実や周りの人に害が及ぶのは耐えられない。


 姉ちゃんと鶏冠井かいでさんを両脇に抱えて地面を蹴った。


 組事務所の2階のベランダに音もなく着地。窓のサッシは内側から施錠されているが、魔法障壁を伸ばしてロックを解除する。


 うん、ほぼ念力サイコキネシスだな、もはや。まあ、質量がごく小さいものしか無理なんだけどね。


 同時に窓枠に内蔵された防犯センサーも切る。ガラスも鉄線入りだった。さすがは組の総本部。見た目は民家だが、要塞化してる。


 逆に言えば、窓から侵入することは出来ない、と考えているはずだ。


 という姉ちゃんの読みは当たりで、窓付近に人影はなかった。駐車場の火災事故に慌てて出ているということもあるのだろう。


 俺たちは誰に咎められることもなく、事務所内に無事入った。


 さて、野江のえ組長の位置はわかっている。正確にはスマホの位置だが。


 地下だ。


 どうやら、地下室はシェルターみたいな造りになっているようだ。核戦争を想定しているわけじゃないと思うが、地上部分よりも頑丈に思える。


 電素セル魔法を用いて、コンセントの電流やWi-Fiの電波の反応からある程度、建物の構造を把握することが出来る。


 もっと電素セル魔法に習熟すれば、探知魔法サーチとして使えるようになるだろう。

 俺とソフィの現実リアル世界での魔法レベルは確実に向上している。


 あれ? 姉ちゃんと鶏冠井さんの顔が赤いぞ。


(だって、あんた、脇に抱えて2階に跳ぶとか、なんていうか、顔に当たるのが柔らかすぎだ……)

(至福……。さすがは女神様です)


 ひそひそ声で会話する。

 ああ、そうか、脇というか、胸で挟んだからなあ。


 って、あんたらBL作家とBL編集者だろ! 百合ちゃうやろ!


(ぼうっとしてる場合じゃないぞ。組長は地下室だ。手薄な今のうちに一気に押し込むぞ)

(ああ、だが気をつけな。ここは奴らの本拠地だ。生半可な戦力じゃないよ)

(わかってる! 二人こそ、無力化出来るまでちゃんと身を守っていてくれよ)

(ああ、ソフィが掛けてくれたカーボンコーティングもあるしな、大丈夫!)


 ん?

 二人に土魔法使ったのって、? あれ? 


 そもそも、浪花興産と戦うのは、どっちだ?

 俺の意識自体ははっきりしているが、この体を動かしているのが俺なのか、ソフィなのかと改めて考えると、あいまいに思えてくる。


(二人で一つの回路を形成しているからでしょう。ディーゴは、魔法も、体術も、私と同じレベルになりつつあるということです。これなら今回はお任せしても大丈夫ですね)

(そうなのか? ソフィ?)

(きっとそうです。それに、二人が完全にシンクロすれば、今よりももっと強くなります)

(『一人より、二人なら何倍も』か?)

(そうです!)


 ソフィがウフフと笑った。相変わらず好きだなあ、『魔法の美少女キューティプリティR』。


 俺を先頭に1階に降りる。廊下をそっと覗くと、地下室への階段前に鉄扉があり、その前に男が二人立っていた。外で騒ぎがあっても、この場を離れてはいけない係なんだろう。


 監視カメラがあった。現在撮影中の映像を保存して往復ループで出力するように細工。

 男たちも映っていて、ゆらゆらと同じ動きをしているのはじっと見ていれば不自然かもしれないが、わずかな時間ならごまかせるだろう。


 魔法障壁を廊下の反対の壁に当て、音を立てた。ごく小さな音だったが、男たちは注意をそちらに向けた。感度のいい見張りだ。


 が、今回はそれがあだになった。その瞬間、俺はロケットのように飛び出し二人のうなじに手刀を当てた。

 気絶し倒れかけた二人を抱え、そっと床に寝かせる。


 鉄扉の鍵は10桁のボタンプッシュ式だった。が、いくら機構が複雑であっても、開錠という結果さえ得られればいい。魔法障壁でピンを押し上げ、シリンダーを面一にして回せば、簡単に扉が開いた。


 そうっと扉を開くが、からんからんと鈴が鳴った。裏側にワイヤを張ってあったのだ。


 超アナログ! というか、アナクロ!

 昭和かよ!


 ばばばばばと大量の弾が飛んできた。階下に男が三人。マシンガンの一斉掃射だ。


 瞬時に土魔法でカーボンの壁を作る。が、弾数が多くてまるで削岩機のように砕かれはじめる。


 ええい、組成変更、フラーレン! そして圧縮! ダイヤモンドADナノロッド凝集体NR


 ADNRはダイヤモンドの数倍の硬度を持つ炭素の結晶体だ。ハイパー・ダイヤモンドともいう。前勤めていた会社の工作機械に使われていた。その部署でモラルハラスメント事案が起きたときに、ちょっと勉強してたんだ。


 意外な経験が役に立つな。


 ADNRはまさに鉄壁。いや、ダイヤモンド壁。弾をカンカンはじく。

 が、腕が熱い。魔法デバイスプリセルのバングルが焦げていた。


 げっ、負荷掛け過ぎた。


「ソフィ、予備だ。使いな!」


 姉ちゃんがバングルを投げてよこした。ADNRの壁の裏で取り換える。3台あったプリセル初号機の最後の一台だ。これを壊すと、時空魔法以外が使えなくなる。慎重に行こう。


 ADNRの壁を立ったまま階段をスライドさせ降ろす。その背後について俺たちも降りる。

 自走式盾だな。

 そのまま壁を加速させ男たちにぶつけた。


「うお! なんだこの板は!」

「ちょ、なにが、撃つな! 跳ね返ってくる!」

「いや、ああ、壁が!」


 轟音がした。壁を男たちにぶつけ、倒して下敷きにしたのだ。

 砂埃が舞う。

 床と壁の隙間から男たちの手足がはみ出てぴくぴくしている。


 大丈夫、ADNRは鉄よりは軽い。圧死はしていないだろう。


「あんた、結構無茶苦茶な奴だなア、ネエチャン」


 奥のソファに男が一人座っていた。その左右に2人ずつ、4人が立っている。

 立っている男たちは黒いスーツだが、座っているのは真っ白いスーツだ。

 黒いスーツの男たちは日本刀を構えている。ボスの近くで銃を使うと跳弾の危険性があるからだろうな。


「あなたが野江組長ね」


 俺は腕を組んで仁王立ちした。腕の上に胸が乗る。


氷所ひどころ蒲生かまいだけじゃねえ、週刊ポータルもやってくれたようだな。さっき編集長から泣きの電話が入った。サーバーのデータが消えたって、どんな手品だ」

「さて、なんのことかしら? 私は義理のお姉さんを人質に呼び出された側よ。悪いことばかりするから、罰が当たったんじゃないの?」

「ネエチャン、その度胸だけは大したもんだ。だが、それまでだ。おイタが過ぎたな」

「なんかさっきも似たようなセリフを聞いたわ。やれやれだわ」

「やれ」


 4人の男たちが滑るような足取りで接近してきた。早い!

 しかも、確実に殺しに来ている。

 だが。


『いいかい、奴らは暴力だけが拠り所だ。力が正義なんだ。だから、奴らよりも圧倒的に強い力を示すことが必要だ。奴らなど足元にも及ばぬ力。だから真正面からぶつかり、そして圧勝するんだよ』

『わかった』


 と、姉ちゃんと打ち合わせしたとおり、俺は逃げずに男たちに身を晒した。

 ソフィが、任せても大丈夫だといってくれた。

 期待に応えよう!

 そして俺自身の手でケリをつける!


 4本の剣閃が俺の頭、首、胸、腰を捉えた。

 4人同時に斬りこみして味方打ちにならないのはかなりの手練れだ。

 ただのおっさんだったら、パイナップルのように輪切りにされていただろう。


 俺は、宙に浮いていた。


 剣と接触する刹那、床を蹴って跳びあがった。

 彼らが斬ったのは残像だ。

 そして降下しつつ、2発の蹴りと2発の突きで4人をそれぞれ一撃で倒す。


 勝敗は一瞬だった。


 散らばった4振りの刀を拾い、まとめて手でへし折り、捨てた。


「な、なんだ、なんだお前は! そんなばかな! 寺崎たちが一瞬で! あまつさえ刀を手で折るなんて!」


 野江組長は驚愕に目を見開きながら、拳銃を構えていた。


 ぱあん。


 焦っていても、組長の狙いは正確だった。

 俺の顔に向かって音速で飛んできた弾を二本の指でがしっと掴んだ。

 神経加速と筋骨強化のたまものだ。


「残念ね。銃なんて当たらないわ」

「ばかな!」


 ぱあん、ぱあん、ぱあん……。かちんかちんかちん。


 撃ち尽くして撃鉄だけが鳴る。


 俺は手で取った12発の弾を組長によく見えるようにしてばらばらと床に落とした。

 組長の足元に弾が転がる。

 組長が撃ち続ける間に目の前まで寄ったのだった。

 俺は組長の首元を掴み、ぐいと引っ張って立たせそのまま持ち上げた。


「私を襲ったのは、誰の差し金! 正直に言いなさい!」


 ソフィは野江組長よりも背が高い。組長は宙に浮いて足をじたばたさせる。


「ご、ぐええ、ごお、あがお!」

「ソフィ、それじゃ首が締まって喋れないよ」


 姉ちゃんが後ろから声を掛ける。ああそうか。


 ちょっと下げてつま先が床に着くようにした。


「これで喋れるでしょう! 早く吐きなさい!」

「ぐえっ、ごぉっ、はあはあはあ……。 ぐふえ、わ、わかった、わかった言う。言うから」

「早くしなさい。適当なこと言ったらあなたのはらわたを破裂させる。苦しいわよー」


 俺は空いてる左手のこぶしを握り組長の腹をぐりぐりした。


「わかったって! 双岡ならびがおかだよ。SSSスリーエスの」


 双岡轆轤ろくろ!?


 ファイヤー・プロモーションじゃなかったのか。てっきり畔勝あぜかつの差し金だと思ったが。


「双岡はちょっと趣味が悪くてな。気に入った子を俺たちに襲わせて、その上で自分が助けたようにしていいなりにするのさ。薬物中毒ヤクチュウにして自我を奪うなんてことも平気だ。そうやって何人もお人形にしている」


 なんて奴だ。

 僕は味方だよ、頼ってくれていいとか言ってたくせに。

 あれは、俺のものになれって意味だったのか。


 気持ち悪い。


「ごほっ、もういいだろ、ちゃんと話したんだ。手を離してくれ」

「いや、ダメよ。義理の姉を誘拐し、車に放火した罪は別。あなたは万死に値するわ!」


 俺は左拳を振りかぶった。


「地獄で悔い改めなさい!」


 ぶうん!

 拳が風を切った。


「ひぎぎいいいいいいいいいいいい!!!!!!」


 実は寸止めだ。

 だが、殺気を込めた。いつかのトーク御殿の時とは桁違いの、本物の殺気。

 野江組長からしたら、本当に1万回ぐらい死んだように感じたかもしれない。


 あ。


 組長の白いズボンが、じわーと黄色く染まってきた。

 それだけじゃなくて、大きい方の臭いも。


 うわ、ばっち!


 ぽいとソファに投げた。野江組長はうつろな目で口を半開きにしよだれを垂らしている。


 下半身からはもっと垂らしてるけど!


「やりすぎだよ、ソフィ」

「さすがは女神様です!」


 姉ちゃんたちが傍に来ていた。


「いや、腹が立ってたもので、つい」

「あんた醍醐か。え、ちょっと待て、今まで戦ったり魔法を使ってたのは、ソフィじゃなくて、醍醐なのか」

「ああ、そう……みたいだ」

「しんくろリツガ、アガッテキタノデ、でぃーごモ、マホウヤ、タイジュツガ、ジョウズニ、ナリマシタ」

「うん、そうなのかい……。そういえば、二人が同時に体を使っても、不自然じゃなくなっているね。前は二人羽織りみたいな不気味な動きになってたけど」

「ソウデスネ」

「写真撮っとこう。この無様な姿は脅しに使える」


 俺たちはまた2階から音もなく事務所を去った。


 その後、外の騒ぎから戻ってきた組員たちが組長の姿を見て驚いただろうが、それは俺が関知するところではない。

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