第40話 姫、顔が溶ける

 浪速なにわ興産から鶏冠井かいでさんに車がプレゼントされた。前と同じ車種だ。しかもちゃんと青色。

 盗難車じゃないの? と思ったけど、陸運局に正規登録されていた。車検証も本物だった。


 野江のえ組長、ほんとに反省しとるな。よしよし。


 ただ、さすがにノーマル車なので、鶏冠井さんが微妙な顔をしていた。


「これからカスタム化する楽しみが出来たと思えばいいんじゃいの」

「そうですね、今度は違う方向性で手を入れてみます。女神様」


 そうそう、その笑顔だよ! 鶏冠井さん!


 これであの軍用車(偽)でやたら注目されることはなくなった。

 鶏冠井さんに悪いが、あの車は乗ってて恥ずかしい。


 いや、男の子的には全然アリなんだけどね!

 めちゃくちゃ厨二心くすぐられるし!


 でも信号待ちのたびにパシャパシャやられるのは、ちょっとね……。


 さて、ジャパンCAGキャグエキスポまであと1週間。

 前宣伝を兼ねて、ひさびさにテレビの情報番組に出演だ。しかも開幕まで毎日、各局を巡る。


 合間にリハーサル。会場の国際会議場ビッグマイスはまだ使えないので、今は近くの市立体育館を借りてセットを仮組している。前日にビッグマイスで本番と同じリハーサル、いわゆるランスルーを行う。


 盛り上がってまいりました!


 筈巻提供の『レベル999魔王』や『この美しい宇宙そらに』など春アニメ14本の声優トークやミニライブ、視聴者参加のゲーム大会などのイベント。

 さらには7月からの夏アニメ、同じく14本の超先行PVやスタッフトーク。

 そしてこのCAGエキスポで解禁となる甘南備台かんなびだい朱雀すざくのBL小説の初アニメ化の発表。


 俺は筈巻キャンギャルとして3日間出ずっぱりだ。舞台の司会だけじゃなくて、各ブースでのコスプレやイベント限定撮影会もある。


 デビューしたての3月末ごろは正直てんてこ舞いだったが、俺も芸能界慣れしてきた。

 今はどうやって観客を楽しませようかと、わくわくしている。


 俺自身もテレビの有名人だしな!


 ……って、俺自身?


 それってソフィー、だろ。


 なんかこないだからおかしいな。

 俺は俺だし、ソフィーはソフィーだ。それははっきりしているんだが、ふとソフィーが俺自身のように思えてしまう。

 いや、俺がソフィーのように思えるのか?


 なんだか、こんがらがってきた。


(今の私は、私でもあり、ディーゴでもあるように思えます)

(え、それってまずいんじゃないの? 姉ちゃんが言ってた同一化?)

(いえ、甘南備台先生が懸念されている、自我が融けて一体になるような感じではありません。私は私、ディーゴはディーゴ。でも、二人は一人……? みたいな?)

(昔の特撮やアニメで二人が合体して一人のヒーローに変身するようなのがあったが、あれみたいな感じかな? 子供心に二人の意識はどうなってるんだろうと思ってたけど)


 バーロークロスとかアルテマタッチとかアマーイクロス・マグネットイントゥーワンとかね。


(まさに『一人より、二人なら何倍も』ですね)

(そうだな。こないだは浪速興産とも十分やりあえたし、ソフィが俺自身だと考えてもいいのかな)

(いいです! もちろんです! むしろそのほうが!)


 やけに同意するな、ソフィさん。


 いつか、それも近い将来、転移魔法を使えるようになれば、ソフィは異世界に帰る。

 もちろんこっちにも帰ってくると約束してくれたが、俺はいずれにせよ、その時は元の体に戻っている。


 今の間だけ、自分を超人的能力を持つ超美少女と思っていても、ばちは当たらんだろう。


 今を楽しもう。


 ピッチピチの16歳、しかも金髪碧眼の魔法美少女なんだから!



◇◇◇



「うううう……」


 世界最大規模のイベントということで、歌にダンスにトークに、リハーサルには寝子ヶ山ねこがやま先生、肱谷ひじたに先生、葛籠屋つづらや先生がつきっきりだ。


 えぐい……。

 疲れた……。


(ソフィ、これが分かっていたから俺に任せてるんじゃないよな)

(何を言ってるのですディーゴ、私もくたくたですよ)

(え、二人ともしごかれてる感じなのか?)

(はい、そうです。やっぱり一心同体のようですね)

(いや、そこは二心同体だろ)

(あ、そうでした!)


 意識そのものは独立しているが、体は同一ってことか。


 俺の主観では俺一人が頑張ってるように思えるのだが、ソフィからは共有しているように見えているのかな?

 例のフリップフロップの禁則処理のせいなのかもしれん。


 俺は解離性人格障害でいうところの交代人格で、ソフィは上位人格みたいなもんかな?

 考えてもわからん。姉ちゃんにも相談したが、混ざってないなら大丈夫! とか言われただけだし。


 ソフィのような美少女と意識が混ざるなら、大歓迎すべきなのかもな。

 ハゲデブのおっさんだった身としては。


 リハーサルを重ね、一方でおはチョーやそのほかの情報番組に出演して宣伝しているうちにあっという間に一週間が過ぎた。



 ついに始まりました!


 ジャパンCAGエキスポが!


 舞台で待っていたら、聞こえてくる足音。というか、もはや轟音雷鳴!


 ドドドドドドド!!!!!!


 広い国際会議場ビッグマイスを埋め尽くす人、人、人!

 老若男女!

 外人さんも多い!

 とにかくすごい人!


「みんなー! おっはよーーー!!!!」


 俺は舞台で声を張り上げた。


「ここは筈巻ブース! まず最初はレベル999魔王トークショー! さあ! 集まれ―――――!!!!」


 500人分用意した椅子はあっという間に埋まった。



◇◇◇


「凄かったよー、ソフィ、も―あたし感動しちゃった」


 楽屋で声優の松本かおりさんから手をにぎにぎされた。うへへ。


(こら、ディーゴ、デレデレしないの)

(う、すまんソフィ)


「CAGは何回か参加してるけど、こんなに熱かったのは初めて。ソフィのおかげね!」

「オレもそう思うよ。ソフィが筈巻さんとこのキャンギャルでホントに良かった」


 魔王役の井上正夫さんも頷いてる。超ベテラン声優の井上さんとは今日が初対面だ。

 20年ぐらい前から青年ヒーローボイスやってるけど、全然声は衰えない。


 見た目はさすがにオジサンになってるけどね。


「えー、私今日はもういっぱいいっぱいで。でも井上さんや松本さんにそう言っていただけると、ありがたいですし、もっともっと頑張ろうと思います!」

「前向きだねえ! これからもよろしく!」

「ありがとうソフィ! 一緒に頑張りましょう!」


 井上さんと松本さんと固い握手を交わした。

 なんかいいな、こういうの。



◇◇◇


 ジャパンCAGエキスポ最終日。


 筈巻ブースでは、この二日間ずっと『シークレットあり』とだけ小出しにされていた情報が遂に解禁された。


 秋アニメ。しかもネット配信のみのスペシャルコンテンツ。

 ミリオンセラー作家・甘南備台朱雀の書き下ろし原作による完全無欠のBLアニメ。


『義父と俺との二心同体は罪に抗う』


 キター!!


 筈巻のステージはそのことが発表されるや否や、女性で埋まった。老若は混ざってるが。

 考えてみればBL小説初代読者ももう還暦だもんな。

 姉ちゃん自身がそうなんだから。


「主題歌は、あたし、椥辻なぎつじソフィーリアのデビューシングルになります!」


 えええー、とかうおー、とか客席から多数の驚きの声が上がる。


「聴いてください、『壁を超える愛!』」


 イントロが流れ出し、俺は歌い始めた。照明がスポットライトに替わり、客席が暗くなる。


『その日僕たちは想い出した。


ただ漫然と生かされているこの日常が異常なのだと。


嘘に固まれた世界は、真実の言葉で解放されることを。


そうだ、二人は一人。父でもなく。子でもなく。


輪廻、生命、進化。そんなものに囚われない、開放されたいのちを知った。


そうだ、開放は解放、そして解法。


この世の理のくびきを解きほぐすもの……』


 寝子ヶ山先生に前倒しで教えていただいたボイストレーニング!


 客席で見てくれてますよね!

 俺、いい感じですよね!


 その時、客席からガラス瓶のような物が飛んできた。

 蓋つきのビーカー?


 危ねえ!

 監督やキャラクターデザイナーも舞台にいるんだ。


 え? 姉ちゃん?

 イメージを崩したくないからっていう理由で舞台にはいない。

 客席にはいるけどね。


 ともかく、みんなをカバーするため前に出る。


 ビーカーが顔に当たって、割れた。


「ぎゃあああああああ!!!!!」


 俺は顔が溶ける痛みで絶叫した。


 アシッドアタック。


 ビーカーの中身は濃硫酸だった。



◇◇◇



 ここは例の俺の体が収容されている病院だ。

 大手マスコミといえど決して入ってこれない鉄壁のガード。


 俺はここで顔を包帯でぐるぐる巻きにされ個室にいた。


「なあ、醍醐、この状況、どうするつもりなんだ」


 姉ちゃんの声が怒っている。


「いや、姉ちゃんのアニメ化にちょっと花を添えようと思ってさ。大げさにリアクションしたらえらい騒ぎに」

「当たり前だろバカ! 私も心臓止まるかと思ったわ!」

「そのとおりです。この鶏冠井、人生で初めて絶望を感じました」

「ご、ごめんよ。だって拳銃の弾だって平気なんだぜ。あんな秒速数メートルの液体ぐらいちょちょいだって」

「そりゃわかってるけど、リアルなマスク造りすぎなんだよ! ホントにあんたの顔が溶けたと思ったじゃないか!」


 そう、あの一瞬、有機合成で顔の筋肉、脂肪、表皮のマスクを作って、それを濃硫酸に溶かしたのだ。

 マスクと本当の顔の間はADNR皮膜で覆ったから、ダメージは全くない。


 じゃあなんで今包帯ぐるぐる巻きかというと、世間的には俺の顔は溶けたことになってるからだ。


 ただの偽装だ。

 この病院、金さえ出せばなんでもありだな。


 濃硫酸を投げた犯人はすぐに捕まった。

 会場内にいた数名の屈強な男たちがすぐ捕えたそうだ。警察に引き渡すと、彼らは氏名も告げず去っていったらしい。


 うん、浪速興産の連中だな。ゼッタイ。


 で、その犯人だが、双岡ならびがおか轆轤ろくろの熱狂的ファンの女だった。


 双岡の自殺事件が俺のせいだと誤解したようだ。


 ただの民間人にしては勘が鋭いな!

 きっとどっかのイベントであいつソフィのこと喋ってたんだろうな。

 それで深読みされたんだろう。


 でも双岡を助けたのは俺なんだから、感謝こそされても、逆恨みされてる覚えはないぞ。


 それにしてもアシッドアタックって。


 女が女にやることじゃないだろ。

 おおこわ。


「ってことで、ソフィは当分芸能活動が出来ません! ってことにしていいよね?」

「え?」

「ちょっと真剣に魔法覚えたいんだ。なんだかもう少しで上位魔法を覚えられそうな気がしてるんだよ」

「確かに……。 アクシデントはありましたが、CAGは今日で終わりましたし」

「でしょ、鶏冠井さん。ちょっと休ませてもらったら、転移魔法、そして運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタム、きっちり覚えるから」

「そうか、いよいよ最終局面だな。わかった。ソフィのためだ。醍醐、ちゃんとやれよ!」

「ああ、わかった、姉ちゃん!」

「イインデスカ?」

「いいよ、ソフィ。それに、? 写真集やアニメ出演もあるけど、穴は開けないんだろ!」

「ハイ、モチロンデス!」

「あたしもずっと気になってたんだ。あんたは焦りを見せないけど、あっちの世界の戦争は途中で止まったままだ。少しでも早く帰してやりたかったんだ」

「センセイ……」

「醍醐の体も3か月魂が抜けたままだしね。何もかもきれいに片づけて、また戻っておいで。醍醐! 自分で言った以上、早く上位魔法を覚えて、すべてを解決するんだよ!」

「もちろんだ、姉ちゃん!」


 よーし、いよいよクライマックス!

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