第33話 おっさん、車の敵を取る
翌日、週刊ポータル編集部の
昨夜のチンピラ事件がばれたのか、と身構えたが、違った。
別れた妻、
だが、ソフィーリア本人ならまだしも、事務所の所長で義父である
だけど、加悦が何度も編集に電話をかけてくるので、困っているとのことだ。
非通知でしか電話してこないので、編集部サイドから連絡を取ることが出来ないらしい。
俺から連絡してやめさせてほしいというお願いだった。
「週刊ポータルの前にもテレビ局や新聞社、雑誌社にこのネタを持ち込んだようですが、門前払いだったようです」
「そりゃそうだろ。三流ゴシップ誌の週刊ポータルですら記事に出来ないというほどだからな。でも加悦には連絡なんか出来ないぞ。あいつの携帯番号を知らないし、俺の元のスマホは解約したから向こうからも連絡つかない。それに今の俺は醍醐じゃないからなあ」
「そうですね。
「ややこしい言い回ししないでよ鶏冠井さん。でもなあ、加悦は昔から一旦こうと思い込んだら意見を変えないタイプだからなあ。実も困ると思う」
「では、どうされます? ほっといてもいい案件ではありますが」
「加悦がヒステリックになってるようだからな。週刊ポータルなんてどうでもいいが、実が可哀そうだ。どうしたもんかな」
「ヤハリ、アウイガイニ、ナイノデハ?」
「うん。ソフィもそう思うか。まあ、この姿で会って、ノイマン王国に財産なんてない、と説明するか」
「ソウデスネ」
「わかった。実に加悦の連絡先を教えてもらおう。
俺は実に仕事が終わったら連絡欲しい旨を送信した。その頃は俺は収録じゃなくてレッスンだから、電話に出られる。
送信し終わったとたんにスマホが鳴った。実だ。
『ソフィ! 久しぶり! 何かあったの?』
「お姉ちゃん今仕事中じゃないの?」
『たまたま移動途中なのよ。今週出てる番組少なくない? ソフィー成分不足気味なとこに
「電車の中じゃないよね」
『違うわよ。徒歩で移動中』
「歩きスマホあぶないよ。ところで、お母さんの連絡先、教えてほしいの」
『あー、週刊ポータルでしょ』
「よくわかったわね」
『わかるわよ。帰宅してもずっと電話してるし。大方編集部が音を上げてソフィに泣きついたんでしょ』
「そのとおりです」
『あー、でも、ほっといた方がいいかも。私もさすがに最近辟易してるんだ。あれは妄想の域ね』
「でも、そのままにはしておけないわ。誤解は解かないと」
『そう、じゃ、会って作戦会議ね。晩は時間あるんでしょ、ソフィ』
「午後7時にはレッスンが終わるわ」
『了解。会社が終わったら連絡するわ。お母さんの連絡先を含め、詳しくはその時に』
「お願いします」
だが、午後6時を回っても、実から連絡は来なかった。
残業かな?
午後7時、レッスンが終わり、
肱谷先生も駐車場での事故のことは知っていなかった。
まあ、死者やけが人もいないし。盗難車が壁にぶつかっただけだからなあ。
新聞やネットに記事は出てなかったし。
「実さんから連絡が来ませんが、どうしますか? 女神様」
「
ピコン。
メッセージを送ると、すぐ返信が来た。
『ごめーん、残業で遅れる。×××町のパーキングで待ってて。場所はここ』
位置情報をマークした地図が添付してあった。
パーキングって、実、車持ってないはずだが。
鶏冠井さんのことは伝えてあるから、車で送ってもらうつもりかな?
電車だとエライことになるのは実も知ってるし。
「鶏冠井さん、ここまで送ってもらっていいかな?」
「はい、その後ご自宅までも大丈夫ですが、実さん、なんで先に連絡してこなかったんでしょう?」
「急な残業ならしょうがないよ。今、手が空いたんじゃないか? 文面からするともう終わりそうなんだろ」
「そうですね。長引きそうなら日を改めるでしょうし。では、まいりましょう」
青い4WDスポーツが発車した。
「鶏冠井、行きまーす」のお約束と共に。
◇◇◇
「ここだよなあ」
「間違いなくマーキングはここですが、地図がずれているのでしょうか?」
実がパーキングだと伝えてきた場所には、古い雑居ビルが建っていた。2台ほど車が停められるスペースが隣とのビルの間にあるが、パーキングとは言えない。
とりあえず鶏冠井さんの車をそこに駐車して、俺たちは降りて周辺を捜した。
今回もそれかも、ということで、周辺を二人で歩いてみる。もちろん俺はサングラスとマスクをしているが、あまり人気がない場所なので、変装するまでもなかったかもしれない。
「1ブロック回りましたが、それらしいパーキングはありませんね」
「実の奴、慌てて間違えたのかな。
着いたけどパーキングがないよ、と送ってしばらく待ってみるが、返事が来ない。
「女神様、体が冷えます。いったん車に戻りましょう」
「そうだな。風邪でも引いてイベントに出られなくなったら大変だ」
近くでボン、という爆発音がした。ビルの隙間から、火の手が見えた。
車を停めた雑居ビルの方向だ。嫌な感じがする。
俺たちは走って向かった。
「あああっ!」
鶏冠井さんが顔を覆って膝をついた。
雑居ビルの横で車が燃えていた。
ガソリンに火がついたのだろう、炎がすごくて車種を確認できないが、場所から見て間違いない。
(水魔法を!)
(わかった!)
炎の上部から滝のように水を降らせた。やがて火が収まり、黒こげになった車が見えた。
燃え残ったナンバーは、鶏冠井さんの4WDスポーツのものだった。
「女神様……。申し訳ありません。着替えなどもトランクに積んでいましたのに……」
「荷物より鶏冠井さんの車だよ! エンジンは完全に切ってた! これは間違いなく放火! 警察と消防に連絡を!」
人気がない場所だったが、火が消えてから何人か野次馬が集まってきた。
鶏冠井さんが警察に電話して事情を説明している。
野次馬の一人が俺、いやソフィに気がついたようで、近づいてきた。さすがにファンサービスする気分じゃないよ。
鶏冠井さん、愛車にこんなことされて、よく冷静に警察に説明出来るよな。
俺だったら、なんもやる気が出ないようになるよな。あの引きこもっていた時のように。
近づいてきた男は、黒いスーツ姿で、夜だというのにサングラスをかけていた。こっちもサングラスだから人のことを言えた義理ではないが。
男は、スーツの内ポケットからスマホを取り出し俺に画面を見せた。革の手袋をしている。
『ごめーん、残業で遅れる。×××町のパーキングで待ってて。場所はここ』
『着いたけどパーキングがないよ』
なに!?
(あのスマホ、実さんのです! 携帯番号が一致しました)
『一人でついてこい』
男は、画面上に文字を表示させた。鶏冠井さんはまだ警察と電話している。
俺は黙ってうなずいた。
(昨日の男たちの関係者でしょうか?)
(昨日の奴らとは違って、モノ本の暴力の臭いがする。ソフィ、油断するなよ。それに最優先は実の保護だ。完全に
(そうですね)
複雑な路地裏を右左と折れ曲がった。やがて男はとあるビルの鉄扉を開けた。元はスナックビルのようだったが、今はどの部屋も電気がついておらず、ごみが廊下に溜まっている。臭い。
鉄扉の奥に階段があった。男は無言で階段を下りる。俺も続く。暗い地下階だ。
廊下の左側にいくつか部屋がある。
男はそのうちの一つを開けた。
「入れ」
ドスの利いた声だった。命令するのに慣れているな。やっぱり、その道のプロか。
すでに覚悟を決めている。俺は躊躇なく部屋に入った。
とたん、腕を取られ引っ張り込まれた。普通の人間ならこけていただろうが、ソフィは一瞬で逆転し腕を取った方を押し倒していた。
「
「暴れんな! これを見ろ!」
「いててて……。こいつ、運動神経は相当だな。テレビのとおりだ」
部屋には三人、俺を連れてきた一人を入れて男4人。全員黒スーツにサングラスだ。
部屋の中はやはり元バーだったようで、カウンターとかなりくたびれたソファがある。
カウンターの上にモニターがあった。たぶん元はカラオケ用だろう。
モニターには実が映っていた。画面が荒くてディテールがはっきりしないが、下着姿だ。酔ったような表情で、目の焦点が合っていない。
「さな……、いや、お姉ちゃんに何をした!」
「やけに威勢がいいな。気持ちよくなる薬をちょっとな。今頃は天国気分じゃないか?」
「薬……!」
(ソフィ、この画面は録画か? 中継か?)
(スマホを繋いでいるようです。中継です。場所を特定します)
(頼む。俺が時間を稼ぐ)
「用件は、なんだ」
「おおこわ。そんな男みたいな喋りじゃあせっかくの美人が台無しだよ。まあ、美人に生まれたことを今から後悔することになるけどな。いろいろと、その体にな。へっ」
「目的は、私か」
「ふふん、まあ、あんたが目立つといろいろと困る人がいるってことよ。素直に言うことを聞くようになってもらおうと思ってな」
「そのための人質か」
「それだけじゃねえぞ。これからあんたの恥ずかしいところをじっくり撮る。ほら、この部屋にはビデオがたくさんあるだろ。ネットにばらまかれたくなかったら、もうあんたは逆らえないって寸法さ」
「カメラか……」
確かに、この部屋には6台もの小型カメラが取り付けてあった。そういう目的の部屋なんだろう。天井には鉄の柵のようなフレームもあった。
縛って吊ったりするんだろうな。なんとおぞましい奴らだ。
実が心配だ。薬をやられているというし、服も脱がされている。
人質だから、まだ、乱暴はしていないだろうが、俺たちは素直に言うことなど聞かない。
ここからは、スピード勝負だ。
「ビデオを撮って終わり、じゃないぞ。これから俺たちのメス奴隷になるんだ。あんたの先輩にも何人かいるぜ。もう逃げられない。楽しみだぜ。とことん
(場所が特定出来ました!)
(鶏冠井さんと姉ちゃんの携帯に送って! 実の救出頼むって)
「こいつ、なんか余裕だな」
「まあまあ、こういう勝気な女にひいひい悲鳴を上げさせるのがいいじゃないか。ものすごい美人だし、乳も揉み応えがありそうだ。あっちの具合はどうだろうな。女、あんたバージンか?」
(ディーゴ、こいつら、殺しちゃっていいですか?)
(ダメ、ゼッタイ! 行動不能にする程度に加減して。でも早く実を救出に行かないと)
(じゃあ、雷魔法で。電撃!)
部屋全体に稲妻が走り、カメラやモニターがボンと破裂した。
男たちは一瞬で気絶した。ところどころ焦げて肉の焼ける臭いがしている。
あー、これ、脳までやられたかもわからんね。でも、生きているから、いいや。ほっとこう。
ソフィ自身は魔法障壁で完全に守られていた。無傷でその場を去る。
実のスマホも回収した。これだけは魔法障壁でカバーしておいたからね。
元の雑居ビルへと走りながら、鶏冠井さんに電話した。
『女神様、どちらに? 実さんの方は別事件として警察に伝えました。誘拐の可能性が高いと説明済みです』
「鶏冠井さんの車の
『さすがは女神様。早いですね。ありがとうございます。こちらはもうすぐ警察が到着します。事情聴取があるようです。実さんの場所へ行かれるなら、こちらに来られない方が良いのでは』
そうか、燃えた車をそのままにはしておけないか。ナンバー残ってるしなあ。
「わかった。姉ちゃんに連絡してみるよ。意味が分かってたら、タクシーで向かってるだろう」
『無茶はしないでくださいませ。女神様』
「無茶はしないが、実は絶対に助ける!」
俺は電話を切って姉ちゃんに掛けなおした。
『ソフィか』
「姉ちゃん、今どうしてる?」
『タクシーであんたが指示した場所を目指してる。警察には連絡済みだ』
「ちょっとこっちに寄って俺も乗せてくれ。場所は……」
さすが姉ちゃん。あれだけのメールで的確に行動していた。
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