第34話 姫、偽装工作する

 ソフィが追跡トレースしている姉ちゃんの位置情報を頼りに、大通りに出た。

 さほど待たずに、タクシーのヘッドライトが見えた。

 後部座席に姉ちゃんがいた。


 停まったタクシーに乗り込む。さないの居場所はここからそう離れていない。既に場所は姉ちゃんが運転手に告げていた。

 後部座席で情報交換する。


鶏冠井かいでの車は残念だったな。あいつ、大事にしてたのに」

かたきは取ったけどね! で、実の方は」

「拐取事件の恐れありと匿名の電話を入れたが、同じ内容で既に通報があったとのことだ。匿名だが、複数情報があれば警察は動く」

「それ、鶏冠井さんだよね。愛車の件でショックだろうに、ちゃんと警察に連絡してくれてたんだ……」

「あんたこそ、娘誘拐されてる割には落ち着いているね」


 タクシーの運ちゃんがギョッとしたのがわかった。逼迫した雰囲気だからか、会話に割り込んでは来ない。

 椥辻なぎつじソフィーリアに隠し子!? なんてゴシップになったら嫌だが、運転手も客の個人情報を漏らしてはならないと決められているし、そもそも誰も信じないだろう。

 ソフィより実の方が年上だもんな。


 ということであまり気にせず情報交換を続ける。


「そうなんだ。焦りがないわけじゃないんだけど、思いのほか冷静なんだ。やっぱりソフィに影響されているのかもしれない。さっきもマル暴らしき4人組を倒しちゃったんだけど、罪悪感とかはないんだ」

「異世界でやったときみたいにか?」

「そうなんだ。味方を守る、敵は倒す、当たり前。みたいな感じなんだよ。怖いとか、えらいことやってしもーた! ってなりそうなものなのに……」

「フリップフロップを作動させて二週間以上経つ。双子回路だから、精神が影響を受けるのはありそうだな。ただ、演算素子は独立したものだ。当初懸念した同一化のようなことは起きないだろう。なら、冷静なのに超したことはないだろうな」

「そういうもんかなあ」

「ワタシハ、マエト、カワリマセンヨ?」


 タクシーの運転手は、関わらない方が良いと思ったのか聞こえないふりをしていた。

 あれ? もともと人の顔色をうかがう癖はあったが、前を向いてる運転手のことがなんでこんなにはっきりわかるんだろう?

 ニューロンの信号も電素セルの一種だから、魔法に慣れたせいで人の考えが読みやすくなったのかな?


 現場に着いた。繁華街だ。タクシーにはわざとワンブロック手前で停めてもらい、最後は通行人にまぎれ姉ちゃんと徒歩で向かった。


 さっきと同じような古いスナックビルだ。ここは、下層階は営業しているようだが、上はネオンが消えている。


(警察、まだ来てないのかな?)

(いえ、あちこちで無線の交信があります。犯人を刺激しないように通行人に偽装して取り囲んでいるようです)

(お、ありがたい。サイレン鳴らされてたらどうしようかと思ったけど、その辺はさすがプロだな)

(そうですね。拐取案件であることを信じてくれたのでしょう。無線傍受します。……やはりですね。このビル、浪速なにわ興産の管理物件のようです)

(浪速興産って、指定暴力団の、だよな)

(はい、日本最大の反社会組織大宮おおみや組の構成団体の一つです)


 ソフィ、wiki読んでるな。


(浪花興産管理の雑居ビルで拐取事件発生か。そりゃ警察も本気になるよな)

(どうします? 任せますか?)

(いや、実に薬を盛りやがった奴らだ。親として直接やっつけないと気が済まない)

(そうですよね! それに、どうやらさっきの4人と連絡がつかないことに気がついたみたいです。あまり時間がありません)

(じゃあ、どうやって中に入るかだが。正面から行ってもいいが、警察がいるんだよな。壁を登るわけにもいかないし、うーむ)

(さっきのやり口をそのままお返ししてやりましょう。目くらまし作戦です!)

(そうか、それだ!)


 この間0.2秒。脳内会話は早い!


「姉ちゃん、火を出すから、叫べ」


 姉ちゃんに小声で言うと、火魔法を発動した。

 ビルに大きな炎が燃え上がった。入り口付近は避難出来るように空けてある。実は炎は魔法障壁により壁から数センチ離れて燃えているのだが、ぱっと見はビル火災だ。


「きゃあああああーー、火事よーーーー」


 姉ちゃんが棒読みで叫ぶ。姉ちゃんも葛籠屋つづらや先生の演技指導受けた方がいいぞ。


 1階のドアがいくつか開いて、客やスナック嬢がわらわら出てきた。

 周りに野次馬が集まってくる。最初の方に来たのは、多分私服警官たちだな。一気に騒がしくなる。


 その頃には俺は裏の非常階段を登っていた。1階出口の鉄柵に南京錠が掛かっていたが、魔法障壁で鍵穴内部のロックを押し上げて外した。

 エレベータはマイコンを操作して非常停止させた。火事じゃないのでセンサーが働かなかったからだ。もちろん、スプリンクラーも噴いていない。

 というか、よく見ればスプリンクラーがないなこのビル。小規模建物なら設置不要なんだっけ?


 部屋は既に特定していたので、5階の非常ドアを開ける。ここのシリンダー錠も鍵が掛かっていたが、魔法障壁で開錠した。

 中からはサムターンで開くので、エレベータが動かなくても2階以上の人は避難できる。

 が、1階の南京錠で逃げられないところだった。非常階段に荷物がたくさんおいてあったし、消防法無視だな。ダメじゃん!

 

 通路に炎を起こし、5階の非常口を塞いで邪魔が入らないようにする。

 しばらく警官は来ないでくれ。


 目的の部屋に着いた。扉のディンプル錠が掛かっているが、魔法障壁で押し開く。構造がわかるから、円周が面一になるようにピンを押し出すだけだ。

 空き巣狙いも楽々だな。


 扉を開けるとガチャリと大きな音がした。

 中の男たちが一斉に拳銃を向けた。

 黒スーツにサングラス。5人いる。

 俺は扉を閉めた。もとはスナックだろうから、防音になっているはずだ。

 少々暴れても聞こえまい。


 さないは奥の大きなテーブルに転がされていた。

 ビデオのとおり、瞳は焦点を失い表情は弛緩していた。よだれを垂らしている。

 下着姿だが、乱暴された様子はなかった。間に合ったんだ。


「獲物の方から飛び込んでくるとはな」

氷所ひどころたちはどうした。って、聞くまでもないか。あんたがここに来て、氷所たちとは連絡が取れない。……あんたがったのか」


 死んではいないだろうけど、あえて訂正はしない。


「実を返してもらう。邪魔するなら、お前たちもあの4人と同じ目に合わせる」

「えらい自信だなぁ。おネエちゃんよぉ。これはオモチャじゃねえぞぉ」

「銃頼りとは、近頃のヤクザはふがいないな」

「このアマ!」

「チャカ5つを前にして、そのくそ度胸だけは認めてやるよ。だが、素手でどうするつもりだ」

「こうするよ」


 俺はすたすたと5人に近づいた。あまりに堂々と歩くので、奴らの対応は遅れた。

 このアマ呼ばわりした男の腕を拳銃ごと掴み、くるんと一回転させて頭から床に叩き付けた。ゴキンと嫌な音がした。頸椎をやったかもしれないな。


「舐めんな!」


 プバシュという、ガスが漏れるような音がした。やけに銃身が長い拳銃だなあと思ったけど、サイレンサーなんだ。

 と、つぶさに観察している間もなく、弾が腹に命中した。


 あいてっ!


 魔法障壁は物理力には弱い。俺は痛みで膝をついた。

 だが、筋力を強化していたおかげで弾は皮膚の表層に穴をあけただけで、へしゃげて止まっていた。


「馬鹿野郎! 当ててどうする!」

「す、すいやせん。つい」


 カラン。

 俺の腹から潰れた弾が落ちた。蓋が外れたので血がぼたぼたと滴るが、見た目ほどは重傷じゃない。


「あー、服に穴が開いちゃたじゃないか! どうしてくれるんだよ!」


 怒りにまかせて、銃を撃った男の顔をグーパンで殴った。ポーンと跳んで床に伸びる。

 脳挫傷になったかもしれないな。


「な、なんだこいつ! 当たったのに! なんで平気なんだよ!」

「氷所たちはたまたま失敗したんじゃない。やはりこいつはタダ者じゃないってことだ。確保はあきらめて、ここで潰すしかあるまい」


 残り3人が銃を再度構える。


(ディーゴ、皮膚表層もカバーしましょう。さすがに痛いです)

(そうだな。一皮剥けただけとはいえ、跡が残ったら大変だしな)

(土魔法で薄い炭素結晶の膜を張ります。イメージできますか)

(カーボンファイバーの装甲だな。武装現象アームド・フェノメノンみたいな感じでいいのか?)

(いや、どっちかというと蒸着! みたいなイメージで)

(了解)

((土魔法!))


 ソフィの体表面は0.01秒でカーボンナノクリスタルに覆われる!

 ではそのプロセスをもう一度見て見よう……、って、魔法でコーティングしただけだけどな。


 0.03ミリうすうすだから着用感はほぼないし、動きが制限されるわけでもない。ただ、いつもより肌がキラキラ光って見える。ラメ入りの化粧品を使ったみたいだ。


 プバシュ、プバシュ、プバシュ。


 3人が揃って銃を撃った。さすがプロ、頭を狙ってきた。防弾チョッキ的な何かを着ていると思ったんだろう。

 だが。


 ガン、ガン、ガン。


 額と両目のすぐ下に着弾した。三点バースト射撃だが、カーボンコーティングと、対ショック対閃光防禦用に展開した魔法障壁のおかげで微動だにせず耐えられた。

 弾は潰れてコーティングにくっついていたが、頭を少し振るとばらばらと落ちた。


「チャカを、はじいただとぉ」

「どういう手品だよ!」

「こいつ、ばけものか!」


 一人が、実を人質にしていることを思い出し奥へ銃を向けた。土魔法でそいつの頭上に岩を生み出し落した。


「げうぇ」カエルが潰れるような声を上げ岩の下敷きになった。


「な、なんだぁ」

「天井が落ちた? お前の仕業か、ばけもの!」

「ばけもの呼ばわりはいい加減にしろ!」


 俺は宙を飛んで、回し蹴りを放った。空中二回転両足回し蹴り。童仙房どうせんぼうさんの技のパクリだ。

 最後に残った二人だったが、躱すことも出来ず壁へ吹っ飛ばされた。


 ざまをみ!


 あれ? 今戦ってたのソフィじゃなくて俺だよね。体も上手に扱えるようになった……のかな?


 考えるのは後回しにして実を抱き起こす。

 が、中毒状態のせいか呼びかけにも何も答えない。あああ~~とか言いながらよだれを垂らすだけだ。


 くそ、何をどのくらい投与したんだよ!


 服を探すが、見当たらない。別の場所で拉致されて連れ込まれたのだろう。

 取り急ぎ、男の一人からジャケットを奪って掛けてやる。


 倒れている男たちをどうしたものかと考えていたら、ソフィが提案した。


(天井を爆発させましょう!)


 雷魔法で天井裏のガス管を狙った。


 ボガッ!!!


 もっと大きく爆発するかと思ったが、よく考えたら漏れて充満しているわけじゃなかった。それでもガス管内部のガスが小爆発して、天井の石膏ボードが抜けた。

 梁のコンクリートも一部が剥落する。が、イメージにはちょっと足りないので、土魔法で作った岩をぶん投げて天井にぶつけた。

 轟音を立てコンクリ基礎が砕け、がんごんと落ちてきた。カーボンコーティングと魔法障壁を実にも展開し、天井落下から守る。


 辺り一面岩だらけになった。気絶してる男たちの上に大きめの破片が降っていた。死んではいないが、骨折くらいは追加でしたかも。


 だが、『火事で天井がたまたま爆発し、悪人たちは天罰覿面てんばつてきめん』という図にはなった。


 そこまで工作して、5階の通路の火を消した。


 しばらくして、部屋に私服警官が飛び込んできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る