第24話 姫、サンゴ礁で泳ぐ

 やってきました南太平洋!

 コマーシャルのロケだ!


 10時間あまりも飛行機の中だったけど、さすが16歳の体、どこも痛くない。

 俺が元の体だったら足腰にキテてただろうな。

 ビジネスクラスでゆったりしてたというのもあるけど。


 それにしても機内サービスのワイン、旨そうだったなあ。横で鶏冠井かいでさんが呑みながら「あげませんよ」って言うし。

 鶏冠井さんのいけず!


 外人と間違われてキャビンアテンダントCAさんに英語で話しかけられるハプニングもあった。

 ソフィが異世界の言葉で受け答えすると、オー、ソリーってCAさん慌ててた。

 そら、姉ちゃん以外この世界の誰も知らない言語だからね。

 その後俺にスイッチして日本語で話したら更に目を丸くしてた。


 途中シートをベッドに変形させて寝た。ビジネスクラスはこれが出来るからいいよね。

 起きたら、姉ちゃんから借りたBL小説をソフィが読んでいた。

 ホント、ブレないよな。


 そして今。


 青い空!

 輝く太陽!

 白い砂浜!

 揺れるヤシの木!

 どこまでも透明な海!

 陽を浴びてきらめく波!

 そしてサンゴ礁!


 おおお、ザ・リゾート!


 いいねいいね!


 と舞い上がってる場合じゃない。コマーシャル撮影は結構タイトなスケジュールだ。5泊6日といえど、飛行機の移動でほぼ2日がつぶれる。実質この島には3日しかいない。

 雨が降ったら撮影できない。ということで、早朝からすでにスタッフは大わらわだ。


 今回は大所帯だ。監督以下カメラ班、照明班、音声班、メイクさん、スタイリストさん、現地のツアーガイド兼ロケバスドライバー。

 それにマネージャーの鶏冠井さんと俺。実に総勢20名。


 監督の出角いずすみさんによると水着撮影がないからまだ少ないそうだ。水中カメラ班がいないからね。

 そう、椥辻ソフィーリアはまだマスコミに水着を解禁しておりません!

 それにゴールデンのCMで水着はNGなんだそうだ。

 特にソフィはナイスバディすぎる。若年層も視聴する時間帯じゃ目の毒だよな。やっぱり。


 でも鶏冠井さんが撮影の合間に泳いでいいって。だから水着買って持ってきたよ!

 やったぜ。

 ここまで来て海に入らないなんて、もったいなさすぎるからね!


 ロケバスの中でメイクをしてもらう。陽差しがきついからUV対策も入念に。

 普段はあっさりメイクなので、ソフィの地顔の可愛さが前に出てカワキレイって感じなんだが、シャドウやリップ強めに引くと一気に妖艶さが増す。美女オーラ充填120パーセント。


 メイクの蒲生こもさんがため息をつく。


「メイクしながらこんなに疲れるのは初めてよ。なんというか、私のテクがソフィの顔力かおぢからに負けてる感じ」


 なんすか顔力って!?


 スタイリストの衣笠きぬがささんが南国らしいシースルーのワンピースを選んだ。

 いよいよ撮影スタート。


 日差しが強いので、レフ板が大活躍だ。顔に影が落ちやすいからね。

 照明チームがカメラに映りこまないようにしながら走り回ってる。


 順調に撮影は進む。

 ムームーやレギンスパンツに着替えたり、ハイビスカスの花冠をかぶったりした。

 やがて正午。


 陽差しが強くなりすぎたので、いったん撮影は2時間ほど中断。

 お昼のロケ弁タイム!


 ガイドのガジュウンさんが運んできたのは、ロティカレーに太いソーセージ。揚げ魚のココナッツミルク煮。それにキャッサバチップ。

 ザ・現地料理!

 ロティはクレープみたいに平たいパンだ。キャッサバはタピオカの原料になるイモ。


 せっかくなので砂浜におっきなパラソルをテントのように何本か立て、その下でみんなで食べる。


「おいしー!」

「ソフィーリア、顔がミルクだらけになってますよ」

「だっておいしいんだもん鶏冠井さん! ココナッツミルク煮なんて初めて」


(ほんと、おいしいです。初めての味です。コンビニ弁当とはだいぶ違いますね)

(比較対象が間違っているぞ、ソフィ)


 俺も食べるのは初めてだ。見た目揚げモノのシチューみたいだけど、甘くて旨い。

 ロティとかキャッサバは食べたことがあるけど、これも日本で食べるのとはかなり味が違う。

 どれも甘みがかなり強い。

 暑い気候のせいかも。


 食後にガジュウンさんがパパイヤジュースを持ってきてくれた。100パーセント絞っただけ。

 うまー!


「いやあ、これだけでも来てよかった」

「……喋りが地になってますよ」

「あ、ごめん、なさい、鶏冠井さん……」


 あぶないあぶない。鶏冠井さん以外誰も聞いてなくてよかった。


 さて、食事の後は……。


 泳ぐー!


 ロケバスの中でビキニに着替える。花柄の大胆な紐ビキニ!

 お、俺じゃないよ。ソフィのチョイスだよ。普段から締め付けられるのがいやという理由で紐パンだからね。

 それにワンピースとかだとそもそも合うサイズがなかったんだよ。


 さすがに砂浜まではバスタオルを巻いていく。パラソルテントの下で水着だけになると、スタッフがどよめいた。


「……すげえ……」

「やばい! て、ティッシュ貸して!」

「これはたしかにゴールデンでは、無理だわな……」

「ビ、ビーナス降臨……。はううううう」


 最後は鶏冠井さんだ。目がうるうるハートになってた。


 ぼよんぼよん胸を揺らしながら海に入る。冷たっ!

 お、なんか上半身が浮き気味だ。そうか、脂肪は海水より軽い……。

 セルフ救命胴衣。


(ソフィ、泳いだことあるの?)

(海は初めてです。川はありますが。それにしてもしょっぱいですね)

(海だからな。あ、魚発見!)


 透明度が高いから、カラフルな熱帯魚がサンゴの間を泳いでいるのが見える。


(潜ります!)

(えー!)


 止める間もなく、サンゴ礁の奥へ深く沈んでいった。胸の抵抗をものともせず、人魚のように素早く。

 波できらめく陽の帯の中で、プラチナブロンドを揺らめかせながら熱帯魚と戯れるソフィ。

 一人称視点だから俺にはよくわからないが、きっと絵になる構図だろう。


 1分……2分……。


 しかし、どんだけ息続くんだよ!


 3分半ほどで、浮上した。

 浜で鶏冠井さんが何か叫んでいる。

 ちょっと戻ろう。


「あああ、ソフィーリア、良かった。溺れたかと思いましたよ!」

「ごめん、……なさい。こんなに息が続くとは思わず……」


(もうちょっと潜っていられましたけど)

(普通の人間じゃないよな! やっぱ!)


 ちなみにスタッフさんは機材のセッティングやなにやらで忙しいので、誰も海には入らなかった。


 さて、休憩時間終わり。

 ロケバスに積んだ簡易シャワーで海水を落し、着替えて再度メイク。

 その後陽が沈みかけるまで、撮影は続いた。


 ホテルに戻り、スタッフと一緒にレストランで夕食。

 オーシャンビーフのステーキコースだ。さすが高額予算ツアー。

 あー、ワインが欲しいー!


 昼間の仕返しとばかり向かいで鶏冠井さんが赤ワインがぶ呑みしてるし。心配かけたのは悪いけど、それ呑みすぎじゃない!?


「それにしてもソフィちゃんホント超絶美形だよね。っていうか超絶美形ってよく使うけど、言葉どおり納得なのはソフィちゃんぐらいじゃない?」チーフビデオカメラマンの川顔かわづらさんが赤い顔で話しかけてくる。


「美形の上に超絶スタイルだしねえ。この業界長いけど、ここまですごいのは初めてだなあ」音声チーフの滑地しるちさんも乗っかる。

 

「写真集とイメージビデオ、僕にやらせてよ、ぜひ!」出角監督が身を乗り出す。


「それは、またあらためて!」と鶏冠井さんが抑える。


 さっきからこんな感じで俺の話題ばかりだ。まあ、そうだよなあ。

 華やかな芸能界の中にあっても特別な存在。姉ちゃんはそもそも木を隠すなら森の中作戦でソフィを芸能界に入れたんだが、森の中でもひときわ輝く金色こんじきの木だよなあ。


 しかし、出るくぎは打たれるというのもまた事実だろう。特にこの業界はそうだ。すでにファイヤー・プロモーションやジャパン事務所に目をつけられているからな。気を付けないと。


 明日も早朝からロケなので、食事の後はすぐお開きになった。

 それにしてもまだ午後8時台だ。ソフィが泳ぎたがったので、鶏冠井さんと二人でホテルのプールに行くことにした。

 鶏冠井さんも日本から水着持ってきてるしな。


 おおお!

 鶏冠井さん、黒のモノキニですか! 背中が大胆にカットされている。大人!

 俺は昼と同じ紐ビキニ。


 中庭にあるプールはそれなりに混んでいた。昼間は気温が高すぎるし、陽に焼けるからというのもあるだろう。

 星空を満喫しながら、夜間照明に浮かぶプールで泳ぐ。うーん、リッチでセレブな気分!


「女神さまとリゾートでキャッキャウフフ出来るとは、鶏冠井幸せすぎて天に召されてしまいそうです!」

「縁起でもないこと言わないで!」


 鶏冠井さんはまだ顔が赤いので、酔い覚ましにプールサイドに腰掛けて二人で話していると、白人と黒人の背の高いわっかいにーちゃんのペアが声をかけてきた。もちろん英語だ。

 白人の方はタトゥーがびっしり。黒人は筋骨隆々の太マッチョ。乳首にピアスしてる。うええ、痛くないの? それ。


 鶏冠井さんが英語で対応する。

 以下、意訳。


『美しいお二人さん。アジア系とノルディック系のペアって珍しいね! 僕ら明日には帰るんだ。どう、一晩の南国の恋を楽しまない?』

『残念ね。私たち男性には興味ないの』

『奇遇だね! 僕らも女性に興味がなかったんだ! でも今夜は違うよ。素敵な出会いがあったからね』

『素敵な夜は素敵な方と楽しむものよ。私は彼女より素敵な人を知らないわ』

『でも、そちらのノルディック美女はどうかな? 僕らに興味津々みたいだけど』


 いえ、タトゥーとピアス見てるだけです。


『彼女は女神さまよ。地上の男性には決して触れられないわ』

『それは凄いね。モノは試しに』


 黒人が俺の肩に手を伸ばしてきた。瞬間、巨体がくるんと宙を舞い、頭からプールに突っ込んだ。


 ぼっしゃーん。


「ウーップス!! ウガハッ!!」ゲホゲホむせながら浮かび上がってくる。


『ね、触れられないでしょ?』


 鶏冠井さんに笑われ、にーちゃんたちはすごすごと去って行った。


 ソフィ、あんた物理戦闘力低いと言ってたけど、そうでもなくね?

 それとも、これでも異世界基準だと弱い方なのか?

 どこの戦闘民族だよ!



◇◇◇


 部屋はツインだが、一人で寝る。

 鶏冠井さんが俺の部屋で寝たがったけど、そらあかんでしょ!

 俺、おっさんだよ! おっさん!!

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