第23話 おっさん、妹になる

 ずっと鶏冠井かいでさんの車で送り迎えだったので、久々に電車に乗った。

 はい、車内の注目を集めてます。

 できるだけ隅にいるんだけど、立ってるからね。

 何度も言うけど、変装してようとも背の高さと爆乳とプラチナブロンドの髪は隠しようがない。

 暖かくなってきたからコートを着るわけにもいかず。

 スカートから伸びる長いすらりとした脚だけでも目立ってしまう。


 しかも、すぐそばの車内吊りに俺の、いやソフィの顔がでかでか載ってる。

 筈巻はずまきのポスターじゃないよ。今週の週刊誌の広告だ。

 『話題の美女、椥辻ソフィーリアの素顔』とデカいフォントが躍ってる。

 俺も読んだけど、ノイマン王国の話をあることないこと膨らましただけのつまらない記事だ。

 まあ、芸能人としては載せてくれるだけでありがとうと思わないといけないんだろう。

 ただで宣伝してくれるんだしな。

 何人かは車内吊りの写真と俺を見比べているよ。まあ、わかっちゃうよなあ……。

 そんなに混んでないのに、俺の周りだけ人が多いし。

 お触り禁止だよ!

 チカン、ダメ、ゼッタイ!


(スマホで写真や動画撮ってる人が何人かいます)

(やらしいアングル?)

(座ってる人がかなりローアングルで)

(それはデータ消しといて。後は放置)

(合点承知の助!)


 ××駅に着いた。


 時間ぴったり。

 急いでファミレスに入る。ドアを開けるとレジの店員さんがぎょっとした顔で俺を見た。

 うん、知ってた。


 奥にさないが座っていた。

 半年ぶりに会う俺の娘。


「こんばんは」

「こ、こんばんは、……です」


 実の向かいに座る。なんかちょっと引いてるぞ、実。

 帽子とマスクとサングラスを取る。

 実の顔がたちまち赤くなる。おいおい。お前もか! 目の前にいるのはお父さんだぞ!


「あああああの、て、テレビで、拝見してます。ソフィーリアさん」

「ありがとうございます。椥辻なぎつじ実さん」


 がしゃーんと大きな音がした。注文を取りに来たウェイトレスがお盆ごとコップとおしぼりを落としたのだ。店内の目が一斉に集中する。やばい!

 俺はとっさに身をかがめた。このファミレスは背もたれが高いので、長身のソフィも隠れることが出来る。

 まあ、だからここを指定したんだけどね。


「ももも申し訳ありません!!!」


 他の店員もやってきて大慌てで片付け始めるが、俺を見て固まる。……いや、もう、いいですから、そういうの。話が先に進まんから。

 まだ実も注文してなかったので、ホットを二つ頼んで、店員を下がらせた。


 いつまでも掃除してようとしてたからね。


「それにしても、テレビで見た時からとんでもなくきれいな人だなと思ってましたが、実際こうして目の前にいらっしゃると、同じ人間とは思えないほどとてつもないですね……。店員さんたちの反応もわかります」

「ありがちなので、外に出るときはさっきみたいに変装してます」

「全く嫌味に聞こえないところがすごいです。本物の美女って大変なんですね……」


 いや、実、お前も若い時の加悦かやに似て美人だよ。ただ、ソフィが異次元、いや異世界の美少女というだけで。


 ホットがやってきた。さすがにコーヒーをこぼされたらかなわんな、と思ったけど、ウェイトレスさんもそう思ったのか、真っ赤になりながらもぎゅうっと歯を食いしばって持ってきた。

 テーブルに置くときカチカチカチカチと震えてたのは、許す。頑張ったな! 店員さん!


「それで、お父さんのスマホに電話をかけてこられたのは、なぜですか?」

「母が、おかしなことを言いだし始めたからです」

「え?」

「最初はソフィーリアさんを、父の隠し子と勘違いしたんです」

「ああ、なるほど」


 それ、俺も考えたな。隠し子と思われるかもしれないって。でも。


「私の出生については、報道されているとおりです。今週の週刊誌にも載ってますよ。嘘じゃないです」


 嘘だけど!


「ええ、ノイマン王国の王室最後の一人。かがりおばさんの紹介で父の養子になったということですね」

「はい、そうです」

「それがおかしいと母は思ってるんです。リストラされて、母と離婚したとき、すでに裏では養子縁組の話が進んでいたんじゃないかって」


 あ、そうか。確かにそういうタイミングだ。設定上。


「会社を辞めたのも、離婚したのも、父の陰謀だったと。王室の財産を独り占めするためだって」

「ええ、いや、その、それはたまたま、偶然。事故で両親が亡くなった時と時期が重なっただけで」


 しどろもどろになる。姉ちゃんがいればもっとうまくごまかせるんだろうが。しまったなあ。

 実からの電話でつい心がはやってしまった。


「そうですよね。ソフィーリアさんもご両親を亡くされて半年も経っていないのに、こんな話をしてすみません。母は父からそれなりの慰謝料を貰ったのに、あんなの全然少ない、だまされた、訴えると言っています。おかしな行動を起こす前に、父に伝えたくて。父は今どこにいるんですか」

「あ……お母さんは、いえ、加悦さんは、そんなことを」


 決して少なくない慰謝料だよ。家も退職金も持っていったじゃないか。加悦!

 そのせいで俺は安アパートで明日をも知れぬ暮らしだったんだ。

 王室なんて嘘っぱちなんだから、財産なんてあるもんか。

 ドル建ての資金はあるけどね。今いくら残ってるのか知らないけど!


「母の名前をご存じなのですね。私の顔もご存知でしたし。父から聞いたのですね?」


 違うけど、まあ俺からといえば俺からかもな。俺のもともとの記憶なんだから。


「はい、お、いやお父さんは、今入院してます」


 俺って言いそうになった。あぶねえ。


「え?」

「原因不明の病気で。昏睡状態です。嘘じゃないです。姉ちゃ……、篝おばさまもご存知です」

「そんな! そんなことって」

「すみません。私がついていながら」

「じゃあ、ソフィーリアさんの事務所の社長が父なのは!?」

「実質はHAZUMAKIホールディングスが運営しています。名義だけ、父になっています。入院費が必要なので」

「どうして? 王室の財産があるんじゃないんですか?」

「加悦さんが考えておられるような財産は、ありません。王室は廃止になりましたし、持っていた資産はすべてノイマン中央銀行が管理しています」


 微妙なニュアンスだが、嘘は言ってない。全部がまるごと嘘といえば嘘だけど!


「じゃあ、ソフィーリアさんは父の入院費のために芸能人になったということ、ですか」

「ええ、そうです」


 ここは言い切っておこう。じゃないと、『看病もせずにタレントやってるとはどういう了見!』って実に怒られそうだ。


「父の病院を教えていただいていいですか?」


 どうする? 加悦が病院に来たらややこしそうだが、実はほんとの娘だしなあ。

 父親が原因不明の病気で眠ったままなんて、そりゃ心配だろう。


(ソフィ、どう思う?)

(ここに来たのは加悦さんには内緒なんでしょう。だったら、実さんだけに教えたらどうですか)

(そうだな)


「実さん、お母さん……、加悦さんには今日の電話や、今私と会っているのは秘密にされていますか?」

「はい、そうです」

「なら、これからも秘密にしてください。それと、お父さんのスマホは使えなくします。加悦さんから連絡があっても、お父さんは昏睡状態だし、私にはどうすることも出来ません。ですから、私への連絡は、こちらに」


 俺は仕事用の電話番号を伝えた。


「加悦さんにも、誰にも秘密にしていただけるなら、実さんだけに病院を教えます。原則として面会謝絶ですが、明日私から病院に実さんのことを伝えておきます。ですから、明後日以降直接病院に面会の予約を取ってください。予約なしでは病室には入れません」

「えらく厳重なんですね」

「原因不明の病気ですから。それにマスコミには絶対に秘密だからです。理由はわかりますね」

「はい、ご両親がなくなって半年もしないうちに新しいお父さんも重い病気になるなんて……」


 いや、重い病気じゃないよ。魂がないだけで。

 それにその言い方だと、なんか俺呪われてるみたいじゃない?


「二度も家族を失うなんて! あまりに残酷です。」

「いや、お父さん命に別状はない……みたいなんですけど……」

「なんて哀しい話なんでしょう。 しかも入院費を稼ぐためにあえて芸能界入りするなんて……。 素晴らしいです! けなげです! 感動しました!」


 話聞いてないよ、おい。

 なんか目がキラキラになってるんだけど!

 これは……。


「血は繋がっていませんが、同じ父を持つ者同士! 私たちは姉妹です! 私のことをお姉ちゃん、と呼んでくれていいです! いや、呼んでください!」

「は、はあ」

「ではぜひプリーズ!!!」


 実、お前こんなキャラだったっけ?


「……よろしくお願いします。お姉ちゃん……」

「うふふふふふ……。こ、これはたまりません……。ハイもう一度」

「お姉ちゃん」

「ハイもう一度」

「お姉ちゃん!」


 バカップルかよ!!


 俺に会う前に、実は『友達と食事をして帰る』と加悦に電話していた。

 ということで、流れのままここで二人で食事をすることにした。


 久々の娘との食事。前はそんなにしゃべることもなかったけど、今日は実がいろんな話をしてくる。

 俺も芸能界の話をした。

 実が目を輝かせて聞いている。お前、そんなに芸能界に興味があったのか。

 話が進むにつれ、実はビールを飲み始めた。娘が酒をたしなむとは知らなかった。俺の前では決して飲まなかった。

 いいなあ。俺も飲みたいな。でも、ぐっと我慢。

 偉いぞ、俺。


「えー、そんなにすごいマンションに住んでるの! 行ってみたいなあ」

「お姉ちゃんでもさすがにダメ。マスコミが狙ってるから、住人じゃない人が出入りすると大変なことになるの」

「すごい世界よねー、芸能界って。でもそういうの憧れる~」

「そうなの? 気をつけること多いし、大変よ」


 もうお互い敬語はない。姉妹だもんね。ほんとは父娘だけど、今は俺が妹。

 なんか不思議だ。


(写真を撮ってる人がいます。あそこの客です)

(SNSにアップされたら困るな。今ここをマスコミに嗅ぎつけられたら面倒だ。俺たちが退店した後なら問題ないから、そいつの回線を一時的に遮断出来るか?)

(パケットの送受信だけを停止したらいいですか?)

(そうだな、電話が繋がらないと困るかもしれない。あと、実の顔はぼかしといてくれ。一般人だから取材されることないと思うが、念のため)

(合点承知の助!)


 ソフィさん、そのフレーズ好きねえ。ほんと、どこで覚えたのやら。


「ああ、もうこんな時間か。あっという間ね! でも今日はソフィと話せてよかったわ。楽しかった。また会える?」

「私もお姉ちゃんと話せて嬉しい。時間が合えば、ぜひ」

「よかったー。自慢の妹が出来たわ。父に感謝しなきゃ」

「寝たきりだけどね」

「そっかー、こんなきれいな娘がいるのに、父、早く目を覚ましたらいいね」


 ほんとだよ……。そのときはソフィは異世界に帰ってるだろうけど。


「あ、写真撮っていいかな?」

「いいですけど、SNSに上げるなら後にしてね」

「え、なんで?」

「だって、ここにマスコミが押し寄せてきたら困るから」

「そんなことになるんだー。やってみようかな?」

「お姉ちゃん!」

「冗談よ。ソフィ、じゃあ撮るよ」


 その後ソフィも自撮りした。

 実、驚愕→メッセージふるふるで繋がるコースはいつものとおりだった。

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