第22話 姫、おっさんに尋ねる

 ソフィのパスポートが出来上がった。

 おお、ちゃんと国籍:日本国になってる。

 偽造戸籍だけど、さすが姉ちゃんの仕込み。ばれない。

 まあ、消費税払ってるし、まだ給料日前だけど、源泉徴収はされる(そうだ)。

 納税の義務を果たす立派な国民だよ!

 資産は海外に移してちょっとズルしてるけど。


 それはともかく。


 4月に入って新番組が始まったらいったんキャンギャルの仕事は少なくなる。

 その期間を活用し、週末のイベント後空港へ直行しそのまま5泊6日の海外ロケだ。筈巻はずまき書房のCM撮影。

 加えて、短いイメージビデオも撮るそうだ。ソフィのPV。業界用で市販はしない。


 一般売りはしないの? と鶏冠井かいでさんに尋ねると、まだ早いとの返事。


 予想以上にソフィ人気に火が付きつつあるが、あえて小出しにして加熱させるそうだ。

 あれだな、わざと品薄にしてプレミアムを高める商法。よくある。


 大きなプロモーションは姉ちゃんのBLアニメに照準を合わせてるから、筈巻のマーチャンダイジングとしては正しいんだろうけど、ちょっともやもやする。


 双岡ならびがおか畔勝あぜかつに言われたことが気になってるしな。

 たしかに、ソフィなら世界を相手に出来ると思う。最初に俺もそう思ったし。天下を取れるって。

 もっと仕事の幅を増やしてもいいんじゃないか、とも思う。

 かといって、使うだけこき使われてすり潰されても困るけど。

 鶏冠井さんはソフィの芸能界での行程表ロードマップをきちんと考えてくれているともいえる。


 うーむ。


 まあ、俺が悩むようなことではないのかも。そもそも俺はソフィに寄生しているだけだし、芸能界デビューしたのは有名になった方がいろんな意味で安心だったからだ。

 芸能界で成り上がるためじゃない。

 手段と目的を取り違えてはだめだ。

 本来やるべきことは、現実この世界で魔法を使えるようになって、ふたたびあっちの世界に行き、戦争月をノイマン王国の勝利で終わらせること。


 あのときの老騎士ギュルダンの悲痛な叫び。

 振り下ろされた剣の恐怖。

 忘れてはいけない。


 受け取りカウンターでパスポートの英字表示や生年月日を確認し、帰ろうと顔を上げると多くの視線を感じた。

 帽子とサングラスとマスクで完全防備してるが、ばれたか。

 身長と爆乳とプラチナブロンドの髪は隠しようがないからなあ。

 最近テレビでの露出も多かったし。


 あれ、ソフィだよね?

 筈巻書房の……。

 こないだテレビで見た……。

 すっご! おっき!

 きれい……。


 うん、ばれてた。でも、何食わぬ顔でセンターを出る。鶏冠井さんが車で待っていた。

 センターには駐車場がないからね。路駐禁止区域だし。

 時間を見計らって車を回してくれたんだ。


 青い4WDスポーツに乗り込む。


「無事、パスポート受け取れたようですね」

「うん、ばっちり」

「よかったです。この後はどうされますか? 女神さま」

「昨日も言ったけど、マンションでゆっくりするよ。久々のオフだし。鶏冠井さんもゆっくりしてよ」


 そうなんだ。今日は午後の仕事もレッスンもないんだ! 初めての休日だよ!

 半日だけだけど!


「ありがとうございます。でも、本当にそれでいいのですか? ショッピングとか、映画見るとか、遊園地行くとか、ちょっと高級なレストランで食事するとか?」

「何そのデートコース。ひとりで行かないだろそんなとこ」

「……ひとり……」


 鶏冠井さんがしょんぼりした。なんで?

 ああ、そうか、俺はひとりじゃない。ソフィと二人だ。

 うーん、二心同体でデート?

 いや、そりゃむずかしいだろ。

 他人から見たら哀しいおひとりさまだし、映画面白かったね! とか、ジェットコースターたのしー! とかひとりで会話してたら危ない人と思われそうだ。


 でも、いまさら他人の目を気にしても仕方ないといえば仕方ない。何しててもどうせ注目されるし。

 なら、おひとりさまもありかな?

 ソフィ、遊園地とか行ったことないし。


(ソフィ、どうする?)

(私は部屋で本を読んだり、アニメを見たりの方がいいです!)

(ですよねー!)


 はい、即答!

 ブレないなあ。


 まあ、最近忙しくてゆっくりBL小説も読めてなかったからな。休めるときは休もう。


「ということで、今日はマンションでゆっくりするよ」

「……承知しました」


 なぜか残念そうな鶏冠井さんだった。



◇◇◇


 明るいうちからジャグジーバスに浸かる贅沢。おほお。


「あー、ふー、よみがえるー。これでストロングチューハイストハイがあればいうことなしだなー」

「そうですね、鶏冠井さんに買ってもらえばよかったのでは? ディーゴ」

「誘惑はやめてくれ、ソフィ。今は未成年の有名人なんだから、万が一にも酒飲んでるのがばれたらエライことになる」

「そうなんですか。私の年齢のせいで我慢されているのですね」

「いや、そういうわけじゃない。ゴシップはみんなに迷惑がかかる。それにアルコールは健康に良くないから」

「私の体のためですか?」

「違う違う、俺自身のためだ。失業以来、飲み過ぎてたから、酒をやめるいい機会だ」

「でも、さっきいうことなしって……」

「軽い冗談だよ。すまんすまん」


 ちょっとしつこいな。ソフィ、どうした?


「ディーゴ、私が今何を考えているかわかりますか?」

「うん? 早く魔法が使えるようになってノイマン王国に戻りたい……とか?」

「ああ、それはそうですが、この状況で」

「状況?」

「ディーゴと合体している状況で、です」

「あ、ああ、そうか、裸で風呂に入ってるし、やっぱり恥ずかしいよな……。俺は慣れてきたけど……。意識するとやっぱ俺もちょっと恥ずかしい」


 今はジャグジーの泡で体が見えないのが幸いだ。ソフィのヌードをふと鏡で見てしまうと今でもドキドキするのは事実だ。一人称視点だから顔は見えないし、体も見下ろすだけだから、普段はさほど意識することはなくなったが。


「いえ、恥ずかしくはないです。むしろ、ディーゴが私に慣れてくれるのはうれしいです」

「ああ、俺が恥ずかしがってたら、ソフィも恥ずかしいよね。そりゃそうだよな」

「ええ、それはそうですね。でもやっぱり、気がついていらっしゃらないのですね」

「え……? 何に……?」

「私は、ディーゴが考えていることがわかります」


 あ、そういえば、この世界に来て心のバリアが薄くなってるとか言ってたっけ。

 でも、俺はソフィの考えていることが、わからない。

 そうか、ソフィはさっきを尋ねたのか!


「そうだ。ソフィ、そう言ってたな。ソフィには俺が考えていることが伝わる。でも、俺にはソフィの考えていることがわからない」

「そうです。です」

「そうか、それを言いたかったのか!」


 あああ、俺のバカ! なんかめっちゃ勘違いしてた! 恥ずかしい!


魔素マナ電素セル運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタムの非対称性とも関連があるのではないでしょうか」

「そうだな。姉ちゃんに伝えとこう」


 あー、恥かいた。心臓バクバクだ。

 あれ? でもソフィが俺の考えわかるってことは……。

 それ、俺、やばくね?

 脳内丸裸じゃね?

 うわー! 隠し事出来ねー! げげげげげ!!

 みんなで歌おう。ってちがーう!


「ディーゴの考えていることが分かりやすくなったって、ちゃんと言いましたよ。私」

「全部わかるとは言ってなかったやんかーい! それに、時々俺に何かあったのかって聞いてたじゃんか!」

「ちゃんと言葉で確認したいこともありますし、それに全部かどうかは今でもわかりません。がわかるだけです」


 あーーーーー!!!

 エロいこととか考えたら負けかーーー!

 ピクリともしないとか、鶏冠井さんといちゃいちゃしたいとか、全バレ!?


「あ、そうそう、私、生えてないわけじゃないですよ。産毛で、色が薄いから脇は目立たないだけで」


 まいりました!

 勘弁してください!

 金髪さんなんて言って、すみません!!


「私は、ディーゴと合体しているこの状況、うれしいです。さっきも言いましたけど」


 どういう意味ですかそれソフィさーん!

 おっさん手玉にとってなにが楽しいんですかーーー!!


「うふふ。楽しいですよ。憶えておいてくださいね」


 なんか怖いんですけどソフィさん!

 そういえば、この王女様、したたかキャラでした!


「あー! この話、やめやめ! せっかくの風呂なのにゆっくり出来ん!」

「えー」

「えー、言わない! ソフィ!」


 考えない考えない考えない……。

 

「うふふ……」


 ソフィが笑ってる。おっさんからかわないでくれよ! 頼むから!


 もう一度ゆっくり浸かってから、バスルームを出た。

 パジャマに着替え、クイーンベッドで布団にくるまりネットアニメを観る。

 最近の魔法少女アニメだ。選んだのはソフィだ。俺も見たことない番組だ。


『マジカルチャクラム!』

『ぐはっ!!』


 敵の魔法少女の腕が根元からすっぱり斬れて飛んでっちゃったよ。

 最近の魔法少女モノってバイオレンスだなぁ。


 ソフィさんオタク化に拍車がかかってる。

 まあアニメキャンギャルだから、ある意味仕事の必要知識だ。これも勉強か。


 2本目の途中でスマホが鳴った。


 鶏冠井さんから渡された仕事用じゃなくて、前から持ってた方だ。

 電話やメッセージふるふるはプライバシー保護のため仕事用に移してある。姉ちゃんも鶏冠井さんも仕事スマホに掛けてくるから、前のスマホが鳴ったのは久しぶりだ。


 知らない電話番号。


(発信元のプロフィール確認しましょうか?)

(頼む。こっちのスマホの番号を知ってるって、誰だろう?)

(……わかりました。椥辻なぎつじさない? ご親戚ですか? あっ)


 ソフィにもわかった。俺が今、からだ。


 椥辻実。俺の娘だ。


 そういや、元嫁の加悦かやが出ていくときに俺から連絡出来ないようスマホを解約してたっけ。

 知らない番号のはずだ。


 電話に出る。いや、出ていいのか? しかし出ないわけには。何があった?


 ええい、ままよ!


「もしもし」

「……。あなた、椥辻ソフィーリア……さん?」

「はい、あなたは椥辻実さん、ですね」

「! よく分かりましたね。父は……、椥辻醍醐だいごは、いますか?」

「いえ、ここにはいません」

「父に会って話がしたいんですが」


 ネットにソフィの義父、椥辻醍醐のことがちらほら書きこまれてる。

 実もそれで気がついたのかも知れないな。


「今、醍醐……、お父さんは、話が出来ません」

「それはどういうことでしょうか?」

「実さんは、今どちらにいらっしゃいますか?」

「○○市ですが……」

「近いですね。私、今日はオフなので、今からならお会いできます。お父さんのことを説明させてもらえますか?」

「はい、私ももともと父に会うつもりで電話しましたから、それは大丈夫ですが」

「お母さん……、椥辻加悦さんはご一緒ですか?」

「母のこともご存知なのですね。父の義理の娘になったというのは本当のことなのね……。いいえ、母は一緒じゃないです。今日は私一人で連絡しました」


 そうか、もう午後6時過ぎだ。会社帰りか。

 実の務め先は○○市にあった。

 なんで実ひとりで連絡してきたんだ? まあ、会えばわかるか。


「じゃあ、30分後に××駅東口すぐのファミレスでお会いしましょう。先に入って待っていてくれますか?」

「よくそんな場所知ってますね、ソフィーリアさん。それに私の顔、わかるんですか?」

「わかります。大丈夫です。席で待っていてください。こちらから声を掛けます」


 だって、夜遅くなる時、何度か××駅まで迎えにいったじゃないか。

 そのファミレスでお前と何度かご飯食べたこともあるじゃないか。

 あれから1年も経ってないのに。


(ディーゴの娘さん……)

(すまん、ソフィ、ゆっくりアニメみたいだろうが、ここは俺に付き合ってくれ)

(付き合います! もちろんです!)


 なんか『付き合う』という単語でテンションあがったように感じるんですけど。

 そういうことじゃないからね!

 わかってると思うけど!


 パジャマから私服に着替えて、マンションを出た。帽子、サングラス、マスク装備は忘れずに。

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