第21話 おっさん、球面三角法を知る

 平均視聴率15.3パーセント。タイムシフト視聴率を加えた総合視聴率は22.5パーセント。

 瞬間最大視聴率29.8パーセント(午前7時58分)。


 翌週『テレビリサーチ社』が発表した、水曜日、俺が生出演したおはチョーの視聴率の結果だ。

 普段の平均視聴率は9パーセントから10パーセント台だそうで、5ポイントアップ。

 平均視聴率でテレビ放送番組全体の本年度のベスト17位、瞬間最大視聴率に至ってはベスト9位だ。他はスポーツ中継の決勝戦やドラマの最終回などで、平均、瞬間とも報道バラエティではぶっちぎりのトップだった。


 椥辻ソフィーリアは稼げる!


 各局から生出演のオファーが殺到した。一度受けてしまったから、事務所としても断る理由が無くなった。だが、録画取りと違って生はスケジュール調整が難しい。各局とも同じような時間帯に帯で編成されているので、掛け持ちが出来ないという事情もある。

 そうなると、今度は順番戦争だ。初こそテレビ朝陽ちょうように取られたが、2番目はウチで! ということで鶏冠井かいでさんのスマホは各局のディレクターからの電話が鳴りっぱなしという事態になった。


 まだ2回目の生出演は決めていない。

 鶏冠井さんの焦らし作戦だ。


 それだけじゃなくて、いよいよ各アニメの初回オンエアが近付いており、それに伴い各局情報番組へのビデオ出演も詰まってきてる。忙しい中で無理に生出演するんじゃなく、出るならきっちり予告をして宣伝効果を高めたい。

 それにあまり露出が続きすぎると一過性のブームで終る危惧もある。


 番組改編期恒例の5時間番組『帝都放送TBCオール番組マラソンクイズ祭』の、アニメ声優チームへの参加オファーも来たが、5時間(以上)も拘束されるのは物理的に無理なので、ビデオ録りのみで受けた。筈巻はずまき提供の歴代アニメから名セリフや曲名を当てるクイズの出題を担当する。

 録画でもこれは時間が掛かった。問題数が多かったからね。

 ミニマラソンとかミニ水泳大会とかもあるからソフィの身体能力をテストするいい機会だったんだけど、惜しいな。

筋肉技能KAMUI』に出るか? でも筈巻と何の関係もないから、キャンギャルの間は無理かな。


 クイズ祭にはタレントさんが二百人以上出演するし、有名どころに挨拶しておくいい機会だったんだけど。

 それに食事が豪華だったよな。有名店が軒並み屋台で出るんだ。残念。


 そのほかの局も時期的に特番へのオファーが多かったが、生放送はひとまず全てお断り。筈巻アニメの宣伝が出来る番組だけ、ビデオ撮りでのスポット出演を続けた。


 そうこうしているうちに、CM出演が決まった。


 もちろん筈巻書房のCMだ。企業イメージのPRで『夢と希望と愛情の、筈巻書房』みたいな感じ。このCMは深夜帯じゃなくて、ゴールデンで流す予定だそうだ。

 だから、予算が大きい。

 なんと海外ロケですよ! 南太平洋のサンゴ礁まで行くんだってさ!!

 筈巻としては、カリブ海のノイマン王国でロケをしたかったようだが、まだ復興出来てないという理由で却下。 

 これはHAZUMAKIホールディングスの桂後水かつらこうずメディア事業部長とゴッデス・エンジェルの鶏冠井マネージャーの押し引きの結果だ。俺の知らないところでのバトルだから詳細は不明だけど。


 なお、ノイマン議会の回答書は鶏冠井さんが英語で偽造した。おいおい。


 というわけで更に輪をかけて忙しくなった。ビデオ収録で各局を回る時間を増やすため、レッスンは毎日を週3回に縮小せざるを得なくなった。寝子ヶ山ねこがやま先生、肱谷ひじたに先生、葛籠屋つづらや先生には申し訳ないけれど。

 怒られるかな、と思いながらその話を伝えたら、逆にねぎらわれた。

 無理しないようにって。ありがとう! 先生方。


 テレビ局を回る合間を縫って、時々病院へ。相も変わらず俺の体は眠ったままだ。

 まあ、そりゃそうなんだけど。起きたら怖いよね。じゃあこの俺は誰? ってことになる。


 脳波検査をしたが、相変わらずフラットなままで何も変化がないそうだ。そういう意味では植物状態なんだが、身体はいたって健康……とはいえないが、意識レベル以外は年齢相応。

 不可解な症状だけど、栄養補給と褥瘡じょくそう防止の強制運動――左右にコロコロ転がす――をさせていれば現状は維持できる、という医師の診断だ。

 元の体で脳波が出ないということは、俺の意識はこの体の脳を使って存在している。

 脳をソフィと俺でシェアしているということなんだろうな。

 寄生体みたいだな、俺。


 さらにたまに姉ちゃんちへ様子伺いに、差し入れ持っていく。この際は特に周囲に注意。こっちを狙うカメラやスマホがあったらソフィが感知するので、その場合は姉ちゃんちに寄らずにスルー。

 何回かに一回はマンションやテレビ局からついてくる車がある。スクープカメラマンなんだろうな、多分。

 ソフィが相手のGPSやナビに誤情報を送り込んで、あっさり巻くんだけど。さすがネット無双。


 姉ちゃんとこに行けば、電素セル魔法の話になる。その前におはチョーでの生出演はよかったとかの雑談をするけど。


 雑談といえば、ノイマン王国に人が住み始めたそうだ。

 家は完成品を輸送ヘリで吊り下げて運び、現地で作った基礎に合体させる。

 ソーラー発電装置や下水の浄化槽を装備し、ベッドやクローゼットなどの家具も組み込み済み。

 コンパクトハウスといって市販されているものだそうだ。

 ノイマン王国の建築基準はどうなんだろうと思ったが、日本でも山間部など車が入れない場所で使われているものらしい。


 ハウスとは別に雨水や海水から浄水を取り出す膜透析パーベーパレーション装置や衛星インターネットSIA基地局などライフラインも着々と運び込んでいる。

 ヘリポートは小さいながら既に出来ているので、病人やけが人が出た場合は近くの島にドクターヘリを飛ばす。

 近々、医師や看護師、それに教師らも居住してくる見込みだ。都市開発シミュレーションゲームみたくなってきた。


 ってそれって例の1800万ドルから資金出してるんだよね。今いくら残ってるんだろう……。


 本題の電素セル魔法だが、明かりの魔法ライトの翻訳は完了し、数式化を進めている。


「なかなか興味深い構造になっているんだ」と姉ちゃん。

「どういうこと?」

「球面三角法って知ってるか?」

「いや? 三角関数ならわかるけど」

「三角関数は平面三角法ともいう。球面三角法は球の表面の三角関数なんだが、天文学や航海術などで実用利用されている。角度を測ることで距離を計算できるんだ」

「へえ」

「詳細は省略するけど、球面三角法が術式に書かれている。おそらく中心角の大小と、半径の大小が魔術の効率に関係している」

「ソウナンデスカ。ワタシニモ、ソコマデハ、ワカリマセン」

「ソフィ、辺の長さが同じでも、半径が大きければ中心角は小さく、半径が小さければ中心角は大きくなる」

「でも、基本の形は球面上の正三角形って言ってたよな? なら中心角は直角固定で、半径だけの問題じゃないのかよ?」

「おそらく、理想の形が正三角形なんだろう。8つ組み合わせれば球になる。この8という数字も頻繁に出てくるんだ。それに球の表面の三角形の中心角はそれぞれの辺に対応し3つある。3つともが直角固定じゃなくて、一つの中心角だけを変化させて作動効率を制御するのかもしれん」

「8ハ、アンテイノ、ショウチョウト、カンガエラレテイマス」

「2の3乗でもある。三次元における基本の数ともいえるからね」


 俺は前に想像した北極と東経0度、東経90度を結ぶ球面の正三角形を、更に細かく経度で分割した、細く切ったスイカのような形を思い浮かべた。

 え、スイカは横(緯線)に切るだろって? イメージだよイメージ!


 ……なるほど、正三角形じゃなくて二等辺三角形、それも二等辺三角形になる。

 球面図形って不思議だ。

 3つある、つまり三次元の中心角のうち、一次元だけを変化させるというのは制御のしやすさにも関係する。三次元全てが可変だと、計算が複雑すぎて、術式として扱いにくいだろう。

 納得だ。


「今んとこここまでだ。前にも言ったが魔法を発動させるためには式を駆動するための実体ドライバーが必要だ。こっちはまだ手掛かりすらない」

「ここまででも大したもんだと思うけど」

「今後は本題の運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタムの解析だ。こいつには異世界転移魔法が組み込まれているからな」

「ありがたいけど、あんまり根を詰めるなよ」

「あんたも最近あちこちテレビに出すぎだろ。無理すんなよ」

「お互いにな!」


 あははははと笑いあい、新しいBL本を借りて姉ちゃんちを出た。これはソフィが毎回選んで4、5冊ずつ交換するように借りている。さながらBL図書館だな。


 先生方にも姉ちゃんにも無理すんなといわれる。そんなに無理をしているつもりはないんだが。

 なんだかんだ言いながら、仕事は楽しいしな。

 リストラされて腐っていた時期に比べれば、世間から必要とされている今は地獄から天国に来たみたいな気分だ!

 たとえそれが俺じゃなくて、ソフィであっても、な。


 あっ、姉ちゃんのタワマン出る時も周囲には注意してるよ! パパラッチ、ダメ、ゼッタイ!



◇◇◇


 大東亜テレビDTVでビデオ収録を終えた後、楽屋に面会があった。


「ファイヤー・プロモーション、芸能部次長 畔勝あぜかつ浦明うらけ……さん?」


 長髪をポニーテールにした細面の青年だった。白いスーツを着ている。

 こないだ会ったSSSスリーエス双岡ならびがおかをもっとシャープに、中性的にした感じ。

 モテそうだな、こいつ。

 もうそれだけで敵愾心がわくのだが、ここは落ち着いて応対しよう。新人タレントだし。


「おはようございます。はじめまして、ゴッデス・エンジェルの椥辻ソフィーリアです! よろしくお願いします!」

「業界ナンバーワンのファイヤーさんが、何のご用でしょうか」


 鶏冠井さんが間に入ってくる。


「ご用って、もちろんご挨拶ですよ。初めての生放送で、あの長寿番組『おはチョー』の最高視聴率を叩き出した逸材にお目にかかりたくて」


 ネットにない古いデータはソフィにもわからない。今年ぶっちぎりの視聴率だったのは知ってるが、番組過去最高だったのか。


「いやあ、本当に桁違いですね。伸びるタレントには生まれついてのオーラやカリスマがありますが、貴女は本当に別格だ。元王女だからというだけじゃない。もっとなにか、本質的に他のタレントとは異なる。まるで違う世界からやって来たかのようだ」

「は、はあ……。ありがとうございます」

「うちの社長はそういうのに敏感でね。


 いやあ、いくらなんでもホントに異世界の王女で魔法使いとはわからんでしょ。


「何がおっしゃりたいのですか!?」


 鶏冠井さんがブロックするように前に出て畔勝を睨む。


「出版社が芸能界にしゃしゃり出るな!」


 鶏冠井さんがびくっとした。

 いや、俺もビビったよ。ソフィと合体してなきゃ、ちょっとちびってたかも。

 ソフィは覚醒しており何も恐れてもいない。むしろ鶏冠井さんを否定されて怒りを覚えているくらいだ。

 メンタル強いよな、この娘。


「ああ、失礼。本音が出ちゃいました。大変申し訳ありません。スポンサーとしてのHAZUMAKIホールディングスとは昵懇じっこんでありたいですよ。弊社のアーティストも随分タイアップさせていただいていますしね。筈巻さんとこの系列事務所とも仲良くやらせていただいていますよ。だって、同じ芸能事務所同士ですもの」

「何がおっしゃりたいのですか?」


 鶏冠井さんが畔勝から俺を守るように壁になる。


「スポンサーが芸能事務所を直接牛耳るのはずるくありませんかね? それに専属契約と称して将来有望なタレントの可能性を金で潰すのは、芸能界、いや社会全体にとって大きな損失じゃありませんか? 彼女は一企業のキャンペーンガールで収まるような小さな才能タレントじゃありません。世界に通用する、真に価値ある逸材だとうちは考えてます」


 お、意外にマトモだ。

 怒鳴ったときはアンダーな組織でもバックにして脅迫してくるかと思ったけど。

 今の芸能界って、ほんとにクリーンなのかも。


「筈巻さんとこが直接マネジメントすれば、そりゃ筈巻さんは儲かるでしょう。マージンがかからないですからね。でも、彼女の将来はどうなりますか? もっと大きな仕事が出来るのに、受けられなければ? タレントはタイミングが最も大事です。今は無理だけど来年は、なんていってたら、来年は新しいライバルが出てきます。今失った仕事は決して取り戻せません。成功したタレントは、成功するタイミングを掴んだタレントだけです」


 そうだ。俺もリストラ部屋を作ったとき同じようなことを言っていた。

 安閑としているからチャンスを逃す。

 今がチャンスだと信じて行動するものだけにチャンスはある。次なんてない。


「申し訳ないけど、筈巻さん、あなたのところが彼女に直接かかわるのは、これっぽっちも彼女のためにはなりません。彼女のために、大手事務所に任せるべきです。うちみたいなね。あ、そうなっても筈巻さんとこのキャンギャルの仕事は続けますよ。ただ、それ以外の仕事も受けられるようにすべきです。彼女はもっと大きな仕事をし、世界中の人々に感動を与えるべきタレントですよ」

「そうですね。世界がソフィーリアを待っているというご意見には賛成です。でもファイヤーさんところだけがそれが出来る、というわけではありませんよ」

「あははは、そりゃそうです。筈巻さんもハリウッドとは縁がありましたね」

「あの映画は、ファイヤーさんのアーティストにも参加戴きましたが、プロデュースは弊社メディア事業部が一切を仕切りました。弊社の実力を侮らないで戴きたいです」

「なるほど、それで興行収入がビミョウだったんですね。あはははは」

「ギャラはきちんとお支払いしたと思います。ファイヤーさんが文句をつける筋ではないでしょう」

「そりゃそうですね。今日はうちの考えをお伝えに来ただけです。またお会いしましょう。では」


 畔勝は去っていった。

 双岡と同じようなことを言ってたが、敵か味方かわからんな。

 なんなんだアイツは。


「女神さま、申し訳ありません」

「いや、鶏冠井さんが謝るようなことじゃないよ」

「対策を練ります。女神さまは絶対に守ります」


 守るって、いったい何から? とこのとき思っていた俺は、芸能界の本当の怖さがまだわかっていなかった。

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