第20話 姫、スタジオで無双する
想定問答づくりを終えて、
「では、明日は5時30分にお迎えに参ります。モーニングコールいたしましょうか?」
「いや、大丈夫。ちゃんと起きるから。5時半に玄関に降りてるよ」
「そうですか。ではよろしくお願いいたします。出来るだけゆっくり寝てくださいね」
「鶏冠井さんもね」
「私は大丈夫ですよ」
そう言って、鶏冠井さんは4WDスポーツを駆って去っていった。
鶏冠井さん、自宅は○○市って言ってたな。ここから30分はかかる。
ホント、いったいいつ寝てるんだろう?
HAZUMAKIホールディングス本社は近いから、そこで寝てるとか?
でも鶏冠井さん毎日爽やかなシャンプーの匂いがするから、自宅に戻ってるはずなんだよな。
凄い人だ。
仕事がブラックなだけともいえるが。
コンシェルジュカウンターには
以前陸自にいたそうだ。スーツ越しでも盛り上がって見えている筋肉が凄い。
スキンヘッドだし。
知らない人が見たら怖いだろうね。
でも俺には……。
「あっ、お帰りなさいませ!
神を拝むかのように手を組み、目をキラキラさせながら挨拶してくるんだ。
尻尾があったらぶんぶん振ってる感じ。
「童仙房さん、ただ今戻りました」
「お仕事お疲れ様です! いよいよ明日おはチョー生出演ですね!」
「あら、ご存知なんですか?」
「はい、テレビ
「へえ、さすが情報通」
「椥辻様におほめ戴けるとは、照れますね」
スキンヘッドの天辺まで赤くなってる! ゆでダコか!
それにしても俺のスレがあるのか。知らんかった。後で確認しておこう。
「じゃ、お休みなさい、童仙房さん」
「はい、椥辻様、お休みなさい。明日頑張ってくださいね」
「うん、ありがとう」
部屋に戻り、マスターベッドルーム専用のバスルームでゆっくり湯に浸り、パジャマに着替えてベッドに潜り込んだ。
え? バスタイム? 着替え? いやもう慣れたよ。たまに鏡に映った自分を見てドキドキすることはあるけどね。
それよりも。
俺はサイドテーブルに置いたノートパソコンを起動した。
ネットの評判は、今どうなってるんだろう?
童仙房さんの話で、気になった。
『椥辻ソフィーリア』
ブランクを入れると、
椥辻ソフィーリア 筈巻書房
椥辻ソフィーリア イベント
椥辻ソフィーリア レベル999魔王
椥辻ソフィーリア コスプレ
椥辻ソフィーリア おはチョー
椥辻ソフィーリア かわいい
椥辻ソフィーリア 謎の美女
椥辻ソフィーリア 生出演
と、サジェストがプルダウンする。ふむふむ、否定的なのは出ないな。
椥辻ソフィーリア 生出演 で検索してみると、おはチョーのホームページやテレビ朝陽のサイト、各種まとめサイトが引っかかってきた。
その中に『12ちゃんねる』もあった。
URLをコピーして12ちゃんねる専ブラで開く。
専ブラぐらいインスコしてるよ普通に!
開いてみれば、テレビ板のおはチョースレだったが……。
102 なんてったってアイドル 20××/××/××(×) 07:16:31.56
明日のおはチョーでソフィ生出演!
103 なんてったってアイドル 20××/××/××(×) 07:17:26.02
>102
なんだってー! うおーーーマジだ!
コスプレしないかな
104 なんてったってアイドル 20××/××/××(×) 07:18:12.25
>102
録画準備完了! 全裸待機でござる
105 なんてったってアイドル 20××/××/××(×) 07:18:48.42
>102
放送事故に期待wwwww
爆乳に誰か触れ!
…………。
なんか反応に困るな。割と普通だ。
もっとひどいのがあるかと思ったが。
(ディーゴ、さっきから何を探してるのですか?)
(ああ、ネットの反応をな。どっちかといえばネガティブな意見を見たかったんだけど、思いのほか好意的で)
(えーと、まとめていますけど、ディーゴも見ます?)
(あるんかい! そしてもうソフィ検索済みなんかい!)
(否定的な意見は参考になることもありますから。ほとんどは便所の落書きですが)
ソフィさんそんな言葉どこで覚えたんですか!? メッ!!
(見ておくよ。世の中にはいろんな人がいるからね。俺たちがどう思われているのか知っておきたい)
(ホントに気にしちゃダメですよ。私は平気ですが)
(任せとけ。おっさん舐めんな。メンタルは丈夫だよ)
ソフィにとっては
異なる世界の出来事だと思えば、心が傷つくことがないのかもしれないな。
ソフィがブラウザの窓を大量に開いた。
ええ、こんなにあるの!?
ちちでかすぎウシだろあそこまでいったらキモイwwwww
オリエント製のCGらしいぜ騙されんな
俺のマツモトちゃん公開処刑ーー プギャーーー 殺意ありよりのありwwwww
花子コス似合ってねー イメージゼローー バカなの筈巻
人造人間南極2号ーー ウケるーー
顔修正しすぎーー 原型なーすwwwww 高木クリニックの宣伝乙ーーwwwwwーー
中卒底辺くっそワロタwwwww
Kディレクターにバージン喰われて成り上がりーー
…… なんというか、こんなもんかって感じだな。ありがちなネガティブコメントだ。虚言や妄想も含まれているし。
うん? これは……。
事務所の社長ってリストラ部長のあいつじゃね まだタヒんでなかったのかよハゲデブ
ノイマン王国復興クラウドファンディング10万で一発やれるってホントらしいぜwwwww
○○駅前スーパーで発見!! スネークよろ
いろいろ特定され始めてるな。これだからネットはバカに出来ない。危ないなあ。
念のため『椥辻
大東亜経済新聞のサイトだ。
企業情報 有限会社ゴッデス・エンジェル 住所 ××…… 電話番号 ××…… 設立○○年〇月 代表 椥辻醍醐 年商 - 当期利益 -
登記したらこんなとこに載るのか。
上場企業なら東証の情報サイトに載るのは知ってるが、有限会社でも載せるところがあるんだな。
(写真も見ますか?)
(ああ、頼む)
撮影禁止のステージ写真、テレビを切り出した写真、澤井店長のブランドのボップの接写……。
まあ、これはいい。
セクシー女優の体にソフィの顔だけくっつけた雑なアイコラ。可愛いもんだ。
本物はもっとすごいぜ。ジェットコースターみたいなボディラインだし、金髪さんだし。
ピクリともしないからほっとこう。そもそもないけどね! ピクリとする部分!!
ていうか、ソフィこんなの見て何とも思わないんだろうか?
あきらかに偽物だから、何とも思わんか。
鶏冠井さんの車に乗ってる写真、近所のスーパーで買い物してる最中の写真、マンションの玄関をくぐる写真。
うーん、こいつはまずい。パパラッチ対策、冗談じゃなくなってきた。
(スマホやデジカメばかりですから、その気になればデータ消せますけど)
(え、そうなの)
(撮影されているのもわかってましたが、露出優先とのことでしたから放置してました)
(そうか、なら、ホントにヤバい写真を撮られたら頼むわ)
(ホントにヤバいってどういう写真でしょう?)
(着替えてるときとか、入浴中とか、スカートの中逆さ撮りとか、トイレとか)
(あー、なるほど)
(あー、って、今までそんなの盗撮されたことないよね!? 念のため聞くけど)
(大丈夫です。ありません)
(ならいいや。後は姉ちゃんと会ってるときとかかな? 企業秘密だからな)
(そうですね)
それにしても、こういう反応があると、芸能人になったという実感が沸くなあ。
ちゅうか、有名になるってこういうことなんだな。
名前が売れるって大変なんだ。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠っていた。
◇◇◇
「おはチョー、メディアマーケットーー!! さて本日は、オープニングでもちらっと登場戴きましたが、噂の美女、椥辻ソフィーリアさんがスタジオに来てくれました!」
「おはようございます」
「いやー、ソフィーリアさん、お会いするのは初めてですが、背、ほんとに高いですねーー。いくらあるんですか?」
「179センチです」
「スッゴーイ!! バレーか何かやってらっしゃるとか?」
「いえ、特には何も」
「身長だけじゃなくてスタイル抜群ですが、何か秘訣はありますか?」
「バランスの良い食事でしょうか? 食べるのは大好きなので」
「健康的ですね! さて、ソフィーリアさんは今年の筈巻キャンペーンガールに選ばれたばかりですが、イチオシのアニメを教えてください」
さすが
「○日から始まる『俺がレベル999魔王で彼女がレベル1勇者だった件』です。猫の身代わりで事故にあった山田一郎くんが……」
想定シナリオどおり番宣をする。よしよし、キャンギャルミッションはコンプリート!
責任は果たした!
「……なるほど、ドキドキワクワクの展開ですね! ところでソフィーリアさんご自身がお好きなアニメはなんでしょう?」
「やはり子供の頃に見た『魔法の美少女キューティプリティR』ですね」
「キュープリですか! 私も子供の頃見てました! でもソフィーリアさん、キュープリの放送時は日本にはまだ来られてなかったですね」
お、突っ込んできたな。
「はい、当時は生まれた国にいました。ですからリアルタイムじゃなくビデオで見ました」
「お生まれはカリブ海の島国だそうですが」
やっぱり把握してたか。よし、
「はい、そのとおりです。カリブ海な浮かぶキレイで小さい島。それが故郷です」
「それは、ノイマン王国ですね」
「ええ、そうです」
「ノイマン王国と言えば、5ヶ月前に飛行機事故で王室ご一家が亡くなられた事件がありましたね」
「はい……」
「椥辻ソフィーリアさん、日本に帰化する前のお名前は、たしかソフィーリア・クリスチネ・フォン・ノイマン」
「はい」
「亡くなられた王室ただひとりの生き残り、ソフィーリア王女殿下ですね」
「元、です。父が亡くなって王政が廃止になりましたので」
「スッゴーイ!! 実は本物の王女さま!! その美貌も納得です!!」
「元王女です。お間違えなく」
「では、今のお父さんは?」
「見寄りがなくなった私を育ててくださった日本のお父さんです。とても感謝しています」
「そうなんですか。じゃあ、ハーフって噂は」
「血は繋がってません。それは誰かの勘違いです」
「最後に、そのナイスバディを見込んでお願いがあります。スタジオで生コスプレを披露してもらえませんか?」
「え?」
「先日のイベントでレベル999魔王のコスプレを披露したとか!」
「あー、魔王じゃなくて勇者花子ちゃんですけど……」
「事務所の方に用意していただいていますので、ぜひスタジオで!」
カメラの後ろにいる鶏冠井さんを思わず見た。〇を書いたボードを持ってる。
その隣にいるのは
あんた、なんで
くっそ、やられた!
でも鶏冠井さんがOK出してるから、断れないな。
「わかりましたー! 頑張ります!」
「では、ソフィーリアさんのコスプレは7時57分ごろに! 皆さんお楽しみに! メディアマーケットでしたー!」
CM入りになった。
「お疲れさまー」
「じゃ、ソフィさんB控室で着替えお願いします。55分スタジオ戻りでよろしく」
「わかりました」
ADさんに挨拶して鶏冠井さんとこに向かう。
「鶏冠井さん、打ち合わせにないこと多いです。いきなりオープニングで
「生放送では良くあることなので慣れないとダメです。それに、出番がカットされるならともかく、増えるんだから文句は言えません」
「そんなあ」
「そうだよソフィちゃん、感謝してほしいよ、番組アタマとケツ取れるんだからあ。新人さんには破格の待遇だよぉ」
神足ディレクター、お前が言うとヤラシい感じしかしない!
「早く着替えないと、間に合いません。もうすぐCM明けですし。次のコーナーが終わったら出番が来ます」
「わかりました、鶏冠井さん」
仕方がない、これも仕事だ。確かに露出が増えるのは芸能人としては喜ばしいことだ。
控室で鶏冠井さんにも手伝ってもらい、勇者ちゃんのコスに着替える。2回目だから結構早い。
7時50分!
よし、余裕!
剣と盾も持ってスタジオに向かう。なぜか? 廊下にスタッフがいっぱいいた。
なんか、おおおおとか言ってるし。
イベント会場のノリかよ!
外のモニターで55分からの最後のCMに切り替わったのを確認し、鶏冠井さんとともにスタジオに入る。
民放だからこんな出入りが出来るけど、CMがない国営放送だとどうしてるのかな?
私企業のキャンギャルなので国営放送からはさすがに出演依頼は来ないから、わからないや。
スタジオにまた神足ディレクターがいた。
こいつめ。絶対生ソフィ目当てだよな。
「おお、来た来た、凄いね! ビキニアーマーってやつ!? ソフィちゃんのぼっきゅんぼんボディが一層強調されて凄いことになってるねえ。今度はその格好で1時間やっちゃう?」
「お断りします」
「ソフィーリアさん、そこは『お願いします』ですよ。ねえ、神足D」
えええ……。鶏冠井さんの裏切り者―!
まあ、筈巻的にはアリだろうなあ。
キャンギャルはつらいよ。
そういえば他局で収録の時に露骨に局の人にアピールしてた女性タレントがいたなあ。
時間も遅かったし、あの後やっぱり食事に行ったんだろうなあ。でも、食事だけですむんかなあ……。
……枕営業。
鶏冠井さん、それだけはお断りですからね!
当然わかってると思いますけど!
「ソフィちゃーん!、セットに上がって下さ―い! CM明け
ADから指示が出る。
立ち位置を指示され、カメラ目線になるよう姿勢を調整された。
腰に手をやったADが「ほっそ……」とつぶやくのが聞こえた。
勝手にボディタッチしてきたが、悪気はなさそうなので、スルー。セクハラじゃない、ヨシ!
「CM明けです、5、4」
カメラ下に移動したADがカウントダウンする。3、2、1は指文字。ちょっと緊張。
赤くタリーランプが点灯したカメラが俺のバストアップから全身にトラックバックして、スタジオ全景に
「メディアマーケットのコーナーに出演した椥辻ソフィーリアさんが、コスプレで再登場です! そのコスチュームは、なんですか? ソフィーリアさん」
「はい、この春の新番組『俺がレベル999魔王で彼女がレベル1勇者だった件』のヒロイン、勇者花子ちゃんです!」
「異世界転移した女子高校生が勇者になるお話ですよね! 〇日から毎週月曜深夜25時30分テレビ
「はい、勇者ちゃんの活躍と、魔王くんの苦労の物語、絶対見てくださいね!」
エンディングテーマがかかり始めた。いつものおはチョーのじゃなくて、これ、レベル999魔王のオープニング曲じゃないか!
特殊エンディングとは、やってくれるな神足ディレクター!
これはいい演出だ。
その神足ディレクターがボード持ってる。
『曲に合わせてアクション!』
おいおい。また無茶振りしやがって。まあいいや、ここは。
(ソフィ、頼む)
(合点承知の助!)
ソフィさん、君、変な言葉を覚えだしたよね。ネット検索のしすぎじゃないかね?
ともあれ、体の制御をソフィにスイッチする。
「ハアアアアッ!」
いきなりガチだ。ぶんぶんと剣が空気を裂く音がする。FRP製の模造品なのに……。
ソフィがパワフルなアクションを曲に合わせてノリノリで披露する。
あれだよ、遊園地のヒーローショーじゃなくて、海外のリゾートホテルとかで有料で開催される大人向けのショーみたいな感じ。昔、海外出張した時会社の経費で観たことがある。
しかし、ソフィってこんなに動けるんだな。すげえ。
剣を持ったままバク宙し、びしっと決めポーズ。ビキニアーマーが胸ごとたゆんたゆんと弾んだところで、スタジオの秒表示がぴったり0になった。
カメラのタリーランプが消える。
おはチョー終わり!
初生出演、無事完了!
あれ?
そういえば普段は明日のゲストの予告とかしてなかったっけ?
ソフィのアクションのまま終わっちゃったよ?
横を見ると、
スタジオの神足ディレクターもボード持ったまま固まっていた。
鶏冠井さんは顔を真っ赤にしている。
あれ? なんかやらかした?
もしかしてレオタードが破れたとか?
念のため、コスチュームを見るが、別に破れてもズレてもいない。
もう、生放送で見えちゃったかと一瞬焦ったじゃないか。
えーと、だったらなんで皆さんぼうっとしてるの?
「あ……。クロージングトーク忘れてました」
司会者の一人が我に返ってつぶやいた。
「いや、僕も」
「見とれてしまいましたね」
「こりゃ、凄いもの見たなあ」
「驚きです。まるで本物の勇者みたいでした! 本物がいるのかどうか知りませんが」
「これ、視聴率ヤバいんじゃないですか!? 神足D」
名前を呼ばれて固まっていた神足ディレクターも再起動した。
「おお、お、や、山ちゃん、いい仕事したな。よくあの動きをフォローしてくれた!」
「自分、ファインダー覗いてるときは撮影ロボットに徹してますから。肉眼で見てたら神足さん同様、魂持ってかれてたかもっす」
山ちゃんはカメラマンさんのことだった。さすがプロ。チャラい神足ディレクターとは違うぜ。
というか、ソフィのアクションが全員の魂を持って行ってたのか。俺も一人称視点じゃなくて三人称視点だったら抜かれてたかもな。
自分で自分の動きが凄いと感じられたぐらいだから。
「大成功だ! こりゃ、マジで1時間特番やれるぞ!」
「はい、神足D、よろしくお願いします!」
鶏冠井さんが神足ディレクターと握手してる。えええ、冗談じゃないっぽいぞ!
その後、出演者やスタッフとコスプレで写真を撮って、また
ソフィの自撮りの凄さに驚嘆するのも、もはやお約束。
だんだんふるふる繋がり増えてきたなあ。
不本意ながら神足ディレクターとも繋がっちゃったし。
ぜーったいに食事なんか誘われても行かないからね!
お前はもう既読スルーで決まりだ!
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