第10話 わたしの王子様。

 暫くの沈黙のあと。


「今の君にはもう言葉は届かないんだね」


 そう寂しそうに言い、そして振り返ってこちらを見るフニウ。

 その姿は何故かわたしのキオクの中の王子様に見えた。


「アリア、ボクはこの時空を破壊する。アレもとりあえず今回は霧散する筈。だから。君は逃げて」


 嫌、フニウ! 逃げるなら一緒に。


「君の身体、ずいぶんダメージ負っちゃったから。この後はボクに任せて」


 そう言うと、フニウはわたしを押し出すように突き放す。


 そして……。王子様の姿をしたフニウは一瞬眩しく光ったかと思うと、振動と爆風が辺りに拡散し。




 ああ、フニウ……。ううん、信じてる。フニウは無事だって、ちゃんとわたしの所に返って来てくれるって。

 信じてる、よ……。


 爆発の中。

 わたしは薄れゆく意識をなんとかぎりぎり繋ぎ止め。


 心の奥底の思い出の場所を摘む。


 そして……。


 ぐねん、と、転移したまではなんとか記憶が残っていた。




 いい香りがする。

 薔薇の香り。


 キオクの中にあるあの香りと寸分の違いもないその匂いに、わたしは……。


 ああ。わたし、生きてた。フニウは? 龍は?

 そんな意識がまず目覚め。


 でも、ちょっとおかしい。状況から考えてわたしは転移後薔薇園の地面に倒れてるはずなのに、何故か身体がふわふわする。


 頭の下に柔らかい何かが……。


 なんだか目を開けるのが怖い?




 もう、頑張りすぎなんだから。

 もっと自分の身体のことも考えてね。


 そう、耳元で囁く声に心が騒めく。


 少年の様なアルトの声。でも、それは、わたしの記憶に残る王子様の声によく似てて。


 目を開けると、そこに居たのはふわふわの綿菓子の様な金髪を後ろで束ね、クリンとしたブルーの瞳。


 アリサ? なんでここに……。


 周りにはいっぱいの薔薇の垣根。


 跳んだ場所は間違いない。キオクの通りのあの場所だ。


 そして。


「どうして? アリサ、声が違う……。それに、どうしてここに……?」


 わたしはありさに膝枕されてる?


「どうしてここにって、こっちの台詞ですよ? わたくしがここに居たら貴女が突然空中から現れたんですからね?」


 にこにこ笑みを絶やさないアリサ。でも声が違うせいか雰囲気まで違って見える。


「んー。そっか」


 あーあーって発声練習みたいな事をして、


「ごめんねアリアちゃん。声を作るのを忘れてた」


 えー?


 ソプラノのかわいいいつもの声でそう話すアリサ。ほんとどういう事?


「ふふ。内緒にしておくつもりだったけどしょうがないですねー。あたし、ほんとはアンジェリカっていう名前なの」


 アンジェリカ、って……、えー? もしかして王女さま?


「わたくしはアンジェリカ。この国の第一王女。貴女のお父様に頼まれてずっと近くで見守っていたの」


 そう言うと王女さま、ちょんとウインクして。悪戯っぽい笑みになって。


「でも、もう一つ。アーサーって名前もあるんだよ」


 そう、声がさっきのアルトに戻って。


 こっちの方が地声なんだけどな。と、ボソッと呟いた。




 もう、頭の中がパニックになって。

 言葉も出なかったけど。



 いつのまにか顔中が涙で溢れていた。


「泣かないで。君は笑った顔の方がかわいいよ」


 そう優しく囁いてくれた笑顔が眩しくて。




 わたしは涙がとまらなかった。


 たぶん。嬉しくって。



  Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バイバイ。わたしの王子様。 友坂 悠 @tomoneko299

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ