第3話「お前はキャベツを独り占めするウニか」
ハニーチーズトースト。はちみつとチーズ。あまいものと塩辛いもの。そんなのが合うだなんて初めて思ったのは、一体どこの誰なのだろう。ミートボールとスパゲティもそうだ。スパゲティに味はないが、あれだけ形も食感も違うものを一緒に口に放り込もうなどと、最初に思った誰かのことを、僕は讃えたい。
目の前にいる教え子を見ていると、僕はその誰かたちのことを讃えつつ、同じ心の別なところで、すこしだけ恨めしくも思う。
ちょうど、先日手持ち無沙汰に眺めたSNSでも見かけた光景だった。
「お前はキャベツを独り占めするウニか」
僕よりもうんと年若いのだから、キャベツで養殖を始めたウニに個性があることが判明した、というような例の動画のことも知っているだろう。
その見込みは正解であったようで、彼は口の中をもごもごとやって飲み込んでから、にぱ、と笑う。
「かわいいでしょ」
聞くに、彼がはじめてハニーチーズトーストと、それからミートボールスパゲティと出会ったのは、この喫茶店でのことだったという。
幼い頃に父親に連れられて、その時たべたミートボールスパゲティがあまりに美味しく、父親がお手洗いに行った隙につまんだハニーチーズトーストがあまりに感動的だった。そう言った。
ついでに、マスターがその頃からほとんど老けていないのだという話も。
「……先生、たばこ吸うんだね」
ふと見ると、教え子は新しいおもちゃを見つけたようなわくわくとした顔をしていて、僕はジャケットの内ポケットに入れていたはずのソフトパッケを持っていた。
あまりの手持ち無沙汰に、つい手が動いたのだろうか。
誤魔化しがてらフレンチブレンドを一口飲んで、わざとらしく「美味しい」と言う。
「来年の目標!」
フレンチブレンドを飲んでみたい、と、彼はまた例の笑顔をした。にぱ。どうしたって僕には真似のできない表情筋だ。
僕はソフトパッケをしまい込み、4枚切りのぶあついのを頬張りながら、ミートボールスパゲティをどうにかうまく巻き取ろうと奮闘する彼を眺めた。
「飲むだけなら、今だってできるさ」
オマケです。
マスターの穏やかな声と、小皿にふたっつ置かれたシトロンクッキーに礼を言う。
焼きたてなのだろうか。ふわりと漂った甘酸っぱい香りに、もしかするとマスターは、ほんとうに歳をとらない不思議な何かなのかもしれない、と思った。
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