魔法使いを殺した男

 俺が殺した。

 平然とそう言いのける目の前の男に、サラは言い得ぬ怒りに襲われる。


 こういう人間は一定数いた。

 魔法使いを悪魔の手先だといって、同じ人間とすら思ってない連中。


 サラはこの旅で多くの人間を見てきた。当然すべての人間が悪くないことも知っている。

 それでもこの類の人間に会った時だけは、冷静さを欠きそうになる。


『お前も殺すか?』


 リューの声が響き、沸騰しそうな血の滾りを静める。

 わかっている。サラは心の中で答え、ゆっくりと息を吐いた。

 幸いまだ顔にも声にも感情は漏れていないようで、彼は自慢げに懐から何かを取り出す。


「魔法使いは鉄に弱いって話だ。鉛弾一つ撃っちまえば大人しくなる」


 拳銃。千年戦争末期に生まれた小型で誰でも扱える、かつ殺傷能力の高い武器として、戦争以降では所持を厳しく取り締まっている。

 これだけでも近くの自警団に告発すれば罰でもありそうなものだが、そんな小競り合いをする気もない。


 サラは目を細め、震えそうになる声を振り絞った。


「魔法使いは、本当に悪い人たちだったのかな」

「ああ、お嬢ちゃんくらいの歳だと知らないか。昔魔女病ってのが流行って、たくさん人が死んだんだ。それが魔法使いの仕業だったって話だぜ」


 言われなくても知っている。サラは今まで多くの本、そして生き証人たちに聞いてきた。

 その上で、魔法使いは悪くないと断言できないのも事実。

 だがそれ以上に、悪いと決めつけることもできないと彼女は思っている。


「それは噂だって聞いたけど」

「だな。でも今じゃそれを確かめることもできねぇ。そのうち児童本とかにも『魔法使いは悪かった』って書かれるかもな」


 拳をぎゅっと握り締める仕草にモウグリは気づいていない。

 我慢ならない。絶対に違うと真っ向から否定したい。

 魔法使いは悪ではないと、サラ自身は知っている。


 多くの魔法使いと、なにより彼女を育ててくれたアリアが悪人であるはずがない。

 それでもこの場でサラは無知な彼に対して言い返すことなどできないのだ。


「……それでも、悪い人たちばかりではなかったと思う。魔法が使えるからというだけで殺されてしまった人もいると思う。それは……とても悲しい」


 遠い目に焚火を映す。大人も顔負けの哀愁を漂わせるサラに彼は目を白黒させる。

 バツが悪そうに顎を擦り、口をまごつかせて答える。


「しっかりしたお嬢ちゃんだな。なるほど、それならちゃんと一人で旅もできるわ」

「私はほんの少し頑固みたいだから、自分で確かめないと気が済まないのかも」


 違いねぇ、と屈託のない笑顔を浮かべるモウグリ。

 彼の態度、そして過去には腹が立つサラだが、静かな夜の話し相手としては悪くない。

 もし旅が始まったばかりの、それこそリューとすら出会っていない頃の彼女であれば、怒りに身を任せていたかもしれない。


 自分は成長している。そんな実感を得てサラは頬を緩めた。


「私は魔法使いに会ったことがない。だから興味もある。おじさんが知ってる魔法使いはどんな人だったの?」


 何気ない質問だった。サラにとってはただの興味から出た言葉で、彼を責めたりといった意図はない。

 しかし、男は露骨に顔色を曇らせ、何かを言いたげに口を開いてはまた閉じる。


「さあな。あんまり覚えてねぇ」

「顔や声も?」

「……ああ。だいぶ前のことだからな、お嬢ちゃんが生まれるよりもずっと前の話だ」


 焚火へ視線を映すモウグリの目は特有の暗さを孕んでいた。

 人を殺したことのある暗い瞳。しかしその色はサラに違和感を抱かせる。

 似て非なる色。だがそれがどう違うのか、上手く説明はできない曖昧なものだった。


「なあお嬢ちゃん。助けてもらった奴がいうのもなんだが、一つ頼みがある」

「私は人なんて殺さないよ」


 きっぱりと、そして淡々とサラは答える。

 それをわかりきっていたのか、モウグリは乾いた笑いを浮かべ手のひらを横に振った。


「流石にそんなことは頼まねぇさ。ある花を探してるんだ。ランド・ロゼって名前で、赤紫の花びらをつけた――」

「カルラーク西部に群生する花だね。日差しを嫌うためか、山の中に生えていることが多い花。知ってるよ」


 これから解説しようとしたことを先に言われ、モウグリは目を点にして言葉を失う。

 サラは小さな頃、アリアの家にあった植物図鑑をよく読んでいた。繰り返し読んでいるうちに、カルラーク大陸に芽吹く草花はほぼ記憶されている。

 得意げに鼻を鳴らすと、彼は困ったように笑って頭を掻いた。


「その花な、昔気になってた女の子が好きだったんだ。村を出てからしばらく会ってなかったし、手土産ってのも変だけどよ……。持っていきたくて」


 懐かしそうな、どこか寂しそうな顔にサラは戸惑いを感じた。

 というのも、サラにはまだ知らない感情がある。それは人と人とが愛し合う行為。すなわち恋愛に関する気持ち。


 同年代の友達はもちろんおらず、親しい人間は遥かに年上の魔法使いばかり。

 サラの感じる好きと、目の前の彼のいう好きは違う。

 わかってはいるけれど、まだ理解しきれていなかった。


「その人のこと……」

「ま、夜に探すのは危ないからな。明日起きてからってことで」


 サラが聞くよりも先に、モウグリは断ち切ってゴロリとその場に寝転がる。

 わざとらしく、諦め交じりの溜め息を零す。


「わかった。おじさんは寝てていいよ」

「お嬢ちゃんは……まあそうか。おやすみ」


 お嬢ちゃんは寝ないのか。そう聞きかけたところでモウグリは止めた。

 今日知り合ったばかりの男の前で無防備に寝るだろうか。そこまで鈍い子でもないと踏んで、男はまた眠りについた。


 ――彼の静かな寝息が聞こえてきたところで、先に問うたのはリュー。


『いいのか。こいつはお前の同胞を殺したんだぞ』

「そうだよね。そうなんだけど……話しているうちに、悪い人ではないのかなと思って」

『人間を信じすぎるな。ロクなことにならんぞ』


 サラも十分に承知している。それでも彼には隠していることがあると踏んでいる。

 特に不意に見せた暗い瞳。人を殺したことのある者のそれだが、少し違う……気がする。


「こういうときの勘は、結構いい方だと思う」

『いざとなれば、優しさは捨てることだな』

「もちろん。私はまだ長生きしなきゃいけないからね」


 要らぬ杞憂を浮かべるリューを一撫でする。

 焚火を処理した後、しばしの浅い眠りへと落ちた。

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