第7話

「はぁ~初めて外に出たぜ」

横にいたうつせが急にそんなことを言う。外?いや体育館の内側じゃない?確かにやつは外にいるけれど…。外への注意は怠らずにうつせの方をちらりと確認する。先程までと変わらない姿のうつせがいる。


「こっぴどくやられたなリゼ。こんなに可愛い子に下手なとこ見せちゃあ…なぁ?はー何やってんだか」

言われながらジロジロ観察される。少し恥ずかしくて何だか違和感がある。本当にうつせだろうか。


「本当にかわいいな。ほらよしよし、うっわサラサラ」

頭を撫でくりまわされる。いきなりそんなことされたからビックリしつつも少しほんわかした気持ちになったがその手を振りほどき、距離を取る。うつせは「あーあ嫌われちゃった」とオーバーにリアクションして目を伏せる。


「あなたうつせじゃないわね。誰!」


「そんなにツンケンするなよリゼ。俺は写世だよ?」


「うつせはそんなことしないわ!」

乗っ取られたか、別人が入り込んだか最悪の想定をする。この土壇場でそんなことを敵がしてきたとしたら中々趣味の悪い戦略だ。


「誰でも金髪美少女がいたら髪の毛に触りたいと思うけどな」

また手を伸ばしてくるので更に距離を取る。手が空を掴む。残念そうに肩をすくめながら両手の平をこちらに向けてそいつが語りだす。


「まず最初に俺は敵じゃない。それどころか君を助けよう」


「助ける?はっ急に触ってきて信じられるとでも?」


「まぁ警戒するのも無理はない。まずは自己紹介から始めよう。こちらだけ色々知っ

てたんじゃ不公平だからな。知ってるとは思うが、俺は御鏡写世みかがみうつせ


「ではあるんだがちょっとわかりにくいか。じゃあ同じ漢字で写世ウツヨとでも呼んでくれ。ウツヨだぞ、ウツヨ」


無駄に何回か念押しされるので口を尖らせて返す。

「ふーん、で?あなた何者?」


青く光る目から感じる力強さも特に違いはない。先ほどから話していても単にうつせの口調が変わっただけに思える。しかし同時にその疑問を投げかけた時の驚いた表情で、出会ってから短期間しか経っていないが節々にうつせっぽさを感じた。だから完全に別人に入れ替わったとかそういう物ではなく本人らしいと感じる。


「強いて言うなら心の中の住人?」


「二重人格ってこと?」


「鋭い、察しがいいね。ファンタスティックに言うならもう一人のペルソナ!真面目に言えば、二重人格の片割れさ。これまであいつの中で眠ってた」


何かとオーバーにリアクションを取っている。


「ウツヨ…ね。それっぽいことを並べて惑わそうって魂胆?」


「信じてと言っても信じてくれないんだろうな」

更に距離を取り、銃を構える。ウツヨはさもありなんと両手の平をこちらに見せて降伏のポーズをする。だが格好に反して臆さずにウツヨは力強く目をあおく光らせる。そして手を上げたままこう聞いてくる。


「教えてほしいんだが、弾は後ちょっとなんだろう?あとは何も無いのか」


「なぜそんなことを教えなきゃいけないの」

効果的に思えるものは残り少なくなった弾丸ぐらいしか入っていないポーチを背にしてウツヨと向き合う。自分の感覚は同じ人物だと言っているが、確信は持てない。これでもし敵に塩を送る結果になったら悲惨だ。だから苦し紛れに誤魔化したとしてもすべての情報を明かすわけにはいかない。


「時間がないんだ。状況は分かってるよな?」


ウツヨはこちらをバカにしたように話している最中に穴の方を確認して「目が怖いねぇ」なんてケラケラと言う。私もそちらを見るが何も見えない。ここからだとかろうじて穴が見える程度だろうか。いくら目を凝らしても影の姿かたちどころか出口に近づいてきているのかすら判別がつかない。


どうにか見ようと目を凝らしていると

「おーい、立ったまま寝るなよ?」

なんて小馬鹿にした声が聞こえる。


「寝てないわよ!」

声を荒らげて返す。自分の警戒、敵対心が見透かされたようなうざったい口調を聞いてイラッとし、熱くなって銃を握る手に力が入る。


「そもそも助けるってあなたに何ができるの!あなたがあいつと戦うっていうの!」

ウツヨはヒラヒラと手を振りながら自らを嘲笑する。


「俺は戦わない。戦えない。直接的な力が俺にはないんだ」

ほらねなんて自らの細腕をこちらへ向ける。そんなことをしながら「でも」と続ける。


「この目でなら戦える」


「はぁ〜!?散々溜めてそれ?がっかりね。そんなんじゃ何も現状は変わらないわ」


そんな様子を見て、目の前まで来たウツヨが落胆する。


「おい。ドヤ顔返してくれ。価値がわかってないとみえる。ごほん、言い換えよう」


「俺は魔眼で奴の弱点が見えると言い換えてもいい」


「・・・」


私が沈黙したのは彼が魔眼を持っていること、その機能自体に懐疑的だったからではない。

彼が何かしらを持っていることは初めに会ったときから知っていた。そもそもその何かのせいで初めてあったときに一般人ではないと思ったのだ。異常な動体視力、遠距離の暗闇を見通す力。魔眼でなかったとしても、偶然紛れ込んだ一般人がそんなことができるほうがここでは稀だ。だから疑った。しかしうつせは創作物以外のこちら側の知識を全く持ち合わせていない。彼の行動自体がそれを物語っている。そしてそんな行動から異常なこの場による後天的刺激で魔眼の発生を促された一般人と結論づけた。


私は見立てができないので魔眼の程度というものはわからないのだが、私がこれまで見てきた大多数の魔眼よりも性能が高いと思う。それは基本性能にもうなずけるところだ。格が高い魔眼であるため、方法は分からないがウツヨの言うこともできるのであろう。


「今からいくつか質問するから正直に答えなさい」


「腹を痛めて産んだ母に誓って正直に答えよう」


「変な宣誓ね?まあいいわ。じゃあ今うつせはどうなってるの?」


「なんだ藪から棒に?アイツは寝てるよ。気絶してるみたいなもんかな」


「あなたはその魔眼の何を知っているの?」


「こいつのことは何でも知ってる」


何でも知ってる…か。うつせは何も知らないみたいだったが…。ますますウツヨという人物への疑念が膨らんでいくと同時に仮に敵ではないとしたらどのような人物モノなのか疑問が湧く。


「弱点が見えるって具体的にはどういう意味?」


「俺らの体の周りに光の層があるよな?隙間なく満遍なく広がって見えるこいつだが

よく見ると揺らいでるんだ。この目ならその揺らぎによって生じた極々希薄な部分が見える。それのことだ」


「まさか魔導防御のゆらぎが見えるってこと!?」

魔眼の力が私の想像を超えていて絶句する。この魔眼はありえないほど高性能だ。

魔導防御、魔力の層を体に纏うことは特異なものではない。これは世の中にいる生き物が元来持つ力で、無意識的に起こしている行動である。


防衛本能に近いもので一般の人の中で霊感がある・第六感がある人は生まれながらにして本能が鋭敏で、この範囲に入ってくるモノを感じ取ることに優れるのだ。不可視であれ、可視であれ、鋭敏かそうでないかで感じ取れる取れないという差異が生まれる。

そしてこの防衛本能は技術として昇華され、魔術師にとっては基礎である。また初めて覚える防御のためできないほうが稀有である。


だがそんな私達でも魔導防御を直接見ることはできない。感じることはできる。私が人に近づいたときの圧迫感。どの程度の規模でどの程度の圧力か。師匠が言うにはパーソナルスペースに入られたときの拒絶感や心の壁に近いと言っていたが、私にはよく分からなかった。

ともかく魔導防御が見えるのは魔眼のみで魔眼のない者たちでは見ることができない。


しかしこと揺らぎに関しては感じることはおろか魔眼であってもおいそれと見れるものではない。

人間の筋肉の微細な振動や脳のシナプスの電流が見た目からでは事細かく把握できないのと同じく、人の心理、肉体の状態、周囲の状況に左右される揺らぎは本人にも知覚できない。変化が少なすぎるため私達も変化を感じられないし、もし魔眼があっても見た目の微細すぎる違いは認識すらできない。


そもそも私もそんな話はウツヨの口から出るまで忘れていたのだ。恐らくゆらぎがあるというのも見える人が少なすぎて胡乱な話だからである。誰かしらがつけた揺らぎの正式名称すら忘れてしまったが、文献に残る情報を集計すると過去に見た人々は両手の指の数ほどしかいないことを思い出す。私も実際に見えるという人間にあったことがない。


そんな曖昧な記憶とは対照にそのゆらぎが見えるというのがどういうことであるかということは私の頭に強く想像される。通常では起こり得ない、ラッキーパンチやクリティカルなんて運として片付けられてしまう存在。存在しないわけではないが限りなくゼロに近い存在を強制的に引き起こす。


「つまり、あなたは弱点がみえるというよりアレの防御を無視できる」

影の方を指差しながらそう言うとウツヨはこう答えた。

「そんな感じだろうな」


なんとも曖昧な返事だが、彼の言葉と理論を紐づければそのはずだ。

魔導防御とはただ自らの魔力の層を作るだけのように思える行為だが、その実すべての攻撃に対して有効な万能の盾になる。そして盾があるせいで威力が減衰してしまう私の弾丸であるが、盾が無視できるならば今の現状を好転できる。


しかし…。迷う。ウツヨには可能性がある。しかし乗った結果、悪い結末が待っている可能性が頭から消えない。うつせがどうなるのか、私がどうなるのか。次々に頭に浮かんでくる。


「ちっ、来やがった」

ウツヨが舌打ちとともにそう発した。その言葉ではっとする。どうやら影が本格的に行動をし始め、近づいてきたようだ。すぐに決めなければいけない。

「もう時間がないみたいね」

「ああ。俺も死にたくないから早急に結論を出してくれるように祈る」

ウツヨは信用できるか?直感では是。状況的に言えば否、このウツヨなる人物を信じるのは非常に不安が残る。では一人で切り抜けられるか?否、一人ではこのまま影にやられて死んでしまう。協力すれば?ウツヨの話を信じるなら可能性はある?大きな賭けだ。


目を閉じて大きく息を吸い込み、一度深呼吸をする。今までのことが頭に浮かんでくる。選択だ。師匠の言葉が思い出される。我々には選択する機会が多くあると。その結果が何であれ受け入れなければならず、気に入らなかったら叩き潰せと。叩き潰すことには賛成しかねるが、前半は私の心に残った。

そうして私の心は決まった。

可能性がある方に賭けようじゃないか。


「わかった。協力するわ」

「現状弾は6発、不幸中の幸いはまだ体が動くから格闘術が使えるところかしらね」

リボルバーのチャンバーにポーチに入る残りの弾を全て込める


「良かった。ようやく出てこれたのに死にたく無いし、俺はやりたいことがいっぱいあるんだ。あの剣を作った金属の棒はまだあるか?」


「ええ、ほらこれ。でもこれ剣にはできないわよ」

金属棒の残りを渡す。これ自体は少し魔力を含んだ金属の棒で後付で色々魔術をつけなければいけない。


「いいんだ。俺が揺らぎを見たら合図にこれを投げる。影に当たったところを正確に狙ってくれ。そうすれば揺らぎを貫ける」

「それと10秒持たせてくれ、揺らぎを見るのにそれだけかかる」


「無茶を言うわね」

うつせとウツヨを守るために出口の方に数歩進む。


「影のお出ましだ」

ウツヨがそう口にすると、約3メートルほどの巨体が現れる。どうやらまた成長したようで先程の穴を壊しながら無理やり入ってくる。体育館の明かりに照らされると二本足で立っている。どうやら人型になったらしい。体のそこかしこでその形状が不定形になったり、流れ落ちては作り直している。どうやら相当無理に造形をしているようだ。


時間を稼ぐため、構えの形も変えて攻撃を受け流せるような格闘主体のものにする。人形になってくれたことで動きが少しは読みやすくなったかもしれない。体育館のツヤツヤとした床が靴との摩擦でキュッと音を立てる。腰を低くし、構え、影の攻撃にそなえる。


影が体育館に入り、目はないのだがこちらを観察するように頭の部分が動く。

一秒程、硬直するように動きが止まった。瞬間、咆哮。

「んあぁあっあああああああああああああああ」

まるで赤ん坊が泣いているかのような声で。獣のそれではない、影は全体から音を作り出すかのように人の声が聞こえる。そしてその咆哮と同時にリゼの方に突っ込んできた。


右腕に当たるところの影が振り下ろされ床が吹き飛ぶが、リゼは影の左手側に転がり避ける。それを確認した影は左腕に当たる部分を抜き手のように前に突き出す。

リゼは抜き手を避けるため低姿勢を維持しながら床に擦り付けるように前転の力を回転蹴りに回し、そのまま影の足を蹴ることで体制を崩す。

影は造形のバランスが悪く重心が高い位置にあったためそのまま倒れ、彼女自身は蹴った反動でバク転のように飛び起きて距離を取る。影は倒れて液体のように散らばるが、不定形のため崩れた瞬間に再構成して体を作り直す。


リゼが影の周りを駆け出す。影が回転方向に向き直るタイミングでリゼが銃を一発撃ったかと思うと、影の胸に金属に当たったような鈍い音とともに拳大の凹みができる。同時にリゼは撃った段階で影の方に駆け出しており、凹みができた瞬間回し蹴りを凹みに一発放つ。

しかし影の顔の部分の一部が歪んだ。まるでニヤリという笑みのように見える。蹴りを放ったリゼの足を巻き込むようにして凹みがもとに戻り、その部分に触腕ができる。

リゼの足は当然捕まったままで影は作り上げた触腕ごと反動をつけて上に放り投げた。リゼ共々天井に直撃する。そしてリゼに向けて影でできた槍を投げつけ、影は体の構造を低重心なものに変化させて落ちてきたリゼとのインファイトの姿勢に入る。


「ぐっ...はあっっ」

投げられて天井にぶつかった衝撃で息が吐き出され、脳がシェイクされて一度意識が飛びそうになった。しかし幸いにも意識が飛ぶことはなかった。体は重力の影響を受けて地面に引き寄せられていく。影の方を見ると何か先端が尖ったものを投げつけようとしている。移動ではなく回避に専念するしかない。自然落下と同時に体の体勢の変化だけで、槍を避けようとする。しかし運悪く肩を掠って肉がえぐれた。もう左腕は使い物にならないかもしれない。


下には待ち構える影がいる。なんだか足が大きくなり、上半身は貧弱になった感じがする。失敗から学んだってわけねなんて考えながら、落下しつつ左腕で安定させるように支えながら銃を持つ。一撃で息も絶え絶えになってしまった。キラリと光るものが影に見え、その時ウツヨの声が聞こえる。


「リゼ!ここだあああああああ!」

「もうちょっと頑張れぇぇ!」


棒が3か所に当たったことで影の興味がウツヨに移り、そちらに攻撃しようと動き出す。

そっちに行くな。お前の相手は私。

『そうよもうちょっと頑張りなさいよぉおおおお』

リゼは心の中で喝を入れる。

「うりゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああ」

最後の力をを振り絞るために叫ぶ。

しかし影の注意はウツヨに行っていて、その叫びを聞いてすらも注意を集中させることはない。

「右手に持った銃。弾は5発。外すな私!」

右手を振り上げ狙いをつける。左腕も一緒に上げるがどうにも重く感じる。

棒が当たった部分は頭中心と、胸、右側のくるぶしあたり。不定形である体の上で棒はうねうねと動いている。

ウツヨに注意が向いたことで全くがら空きとなっている頭に1発撃つと棒を撃ち抜きながら直撃する。今まで大したダメージを与えられていなかった影の顔の部分が弾け飛ぶ。


今までを見れば大打撃と言えるだろう。しかしこちらの肩の出血が止まらず、トリガーすら重く固く感じる。胸、ちょうど人間で言えば心臓あたりの棒に狙いをつけるが手が震えて1発床に吸い込まれる。頭もくらくらしてきた。


震えを止めるため息を吸い込みそのまま止める。その状態で狙いをつけて撃つ。

棒を折り飛ばしながら心臓のところに当たる。影の胸のあたりに内側から破裂したように大穴が開く。影はダメージを修復できないようで、頭も胸に開けられた大穴もそのままだ。

影はことの重要性に気が付き怒り狂う。人間ではなく獣に近い音をあげて叫ぶ。そして危険だと判断されたようでこちらを全力で襲いかかろうと跳躍し、空中に飛び出す。そして腕の部分から高速で更に触腕を伸ばしてきた。最後の意志を振り絞る。


「外さない!」


そう宣言して残り2発を速射する。1発目の弾は、襲いかかる手から伸びた触腕に大きな凹みを残し、外に弾き飛ばすことで触腕で2発目が外れないように。

そして2発目は!

胴体の大穴を突き抜けるように発射されたこの弾は跳躍によって今まさに折り伸ばされようとしている足。金属棒ごとそのくるぶしに吸い込まれ、瞬時に影の右足が弾け飛ぶ。べチャリと床に崩れ落ちて人間の真似もできなくなった影は不格好な見た目で床に伏した。


「これで最っ後ぉ!」


床に伏す影に、重力によって導かれたリゼがその重力加速度とともに銃を槍先に見立てて体当たりのように影に突き刺さる。同時に床がドゴンと音を立てる。幸い未だに体育館には激しい運動に対する耐性があるようでその後は静かなものだった。そして影が霧散を始める。


辛勝したことを確認し、精根が尽き果てたリゼには痛む体をいたわることも勝ったことの余韻に浸ることもできず、ただ意識を手放すことしかできなかった。

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