第6話
「もう平気?」
手を貸していたリゼがこちらを引き起こしながらそう聞いてくる。
「ああ」
そう言いながら立ち上がるが、体が悲鳴を上げる。そりゃそうだ、体育館の入口から中心までここまで転がってきた。痛いに決まってる。
「良く来れたわね」
リゼは少し嬉しそうにふっと笑う。
「そもそも女の子を一人で行かせられないだろ」
口から出たのはベタなものだった。ただのカッコつけだ。本当の理由を言うのはなんだかなと言い淀んだ。というよりこんなベタより憧れに近づきたかったってほうが恥ずかしいセリフじゃなかったななんて口に出してから思う。笑われてしまうだろうと覚悟する。
「女の子……そ、そうね。うん」
こんなセリフはからかわれるかとも思ったが、案外リゼの反応はそっけないものだった。割と無言の時間があったので、笑わないでくれたのかもしれないが。リゼの頬の赤みが増している。無理もない全身傷だらけで戦闘していたのだ。興奮状態なのだろう。ただ血がこれだけ出ているのにもかかわらず頬が赤くなるということはまだそれだけ血が残っているのだと思うので良いことだと思う。
「それで…やつには勝てそうなのか?」彼女に聞く。目に映った映像では厳しそうだったが…。もしかしたらということもある。
「ちょっと厳しいわね。不定形で弱点がわからないし、弾丸も残り少ない。何より今まで戦ってたので魔術を使うための力がすっからかんよ」力が残っていれば何かできたこともあったのかもしれないがそれも無理でやはり疲労困憊のようだ。剣も置いてきてしまった。ならば取るべきはこれしか無い。
「じゃあとりあえず逃げるか?助けが来るかもしれないし」三十六計逃げるに如かず。何事も万全の状態で望むべきだ。しかしリゼは首を横に振る。
「いやだめね。あいつ、私が孤立した瞬間現れて追いかけてきた。多分私達の位置がわかるんでしょうね。だから助けが来る前に殺されるわ。それに助けが来るほど待ったら、この街が滅びるわ」
万事休すといったところか。というかリゼが今恐ろしいこと言わなかったか。
「リゼ!なんて言った!?」
リゼが少し暗い顔をする。
「さっきわかったのだけどね。さっきあいつが大きくなってるの気がついた?」
「いや、あんまり」
必死で避けていたし、目の前を通り過ぎたのは一瞬であまり分からなかったが確かに大きかったような気もする。
「戦い始めて最初は押してたんだけれど、戦っている間に向こうの手数が増え始めてね。よく観察してみたらこちらが逃げるたびに大きさが増すし、攻撃の頻度が増えてたの。それでぐるっと回るように移動してみたら通ったところの壁とか天井が削れ取られてたのよ。恐らくそこにあったものを吸収して大きくなるみたい」
「じゃあ物があったら無制限に大きくなるってことか?」
「ぽいわね。だからこのままだと街一つぐらいの大きさならすぐでしょうね」
実際目では成長度合いを見ていないがリゼがそう言うなら、すぐにでも影は街を飲む程度の大きさになるのだろう。
「…。いいニュースもあるんだろ?」
「いいニュースねぇ。あっ一応この銃は通用するわ。まあ、あの大きさじゃ焼け石に水って感じね」悪すぎるニュースに比べたら、ほんの少しだけいいニュースだった。
リゼは銃のシリンダーを開けて使った弾丸を地面に捨てる代わりに、ポーチから弾頭の形に削られた宝石のような結晶が弾頭に付いた弾を取り出して「この弾ならね」と言いながら銃に込めた。
絶望した空気が流れる。幸い先程突っ込んでいった影には未だに動きがない。厳しすぎる現実に叩きのめされた。と同時に太ももに違和感を感じて取り出す。そうか携帯電話があった。これで助けを呼べばいいじゃないか。もう古くなった二つ折りをパカリと開く。さっきの衝撃で画面にヒビが入っているがなんとか使えそうだ。だが画面には圏外の二文字が踊っている。
「淡い期待だったさ」
パチリと閉じ、同じようにポケットに滑り込ませる。というかリゼは一人で来たのだろうか?無謀にもほどが無いか?
「リゼは他の人とかと来なかったのか?」
リゼは少しバツが悪そうな顔をしている。どうやら訳アリらしい。
「まー…人手不足よ。人手不足、だから一人で来てるの。今の時代はどこも人材不足で困るわね」かなり見え見えな嘘。いま大事なのはそこではないのでまあ別にいいか。どちらにしろ人と一緒に来たわけではないようだ。
「じゃあ助けは呼べないのか?」
こちらの携帯の圏外表示を見せながら、尋ねる。リゼは物珍しそうに携帯を眺めていたが、そのうちに自分のスマホを取り出してこちらに見せてくる。小さくて無骨な感じの黒いスマホの画面にも圏外の文字が踊っている。
「残念。私のも圏外よ」
「魔法でも無理か?」
「”魔術”では無理ね。あれがデカくなったら気がついて討伐しに来るんじゃないかしら」
体育館の外からガラガラと瓦礫が落ちる音が止んだ。どうやら影が自ら校舎に開けた穴から出てこようと瓦礫を吸収しているらしい。槍の格好で突っ込んだとしたら先程のように校舎に大穴が空いて、何枚も壁をぶち抜いていてもおかしくない。それを吸収していると言うんだからなんというマッチポンプじみた行為か。ずるい。
「来るわ」銃を構え直すリゼ。扉の先、影が突っ込んだ方に銃口を向ける。穴が開いた校舎内は暗く、何も見えない。しかしそこには黒い物がうごめいていると感じる。そこそこ距離があるためここからだとその程度にしか感じないが不気味だ。
『よぉ』
話しかけられる。リゼの方を見るが彼女は鋭く影の方向を観察している。
『おいおぃ~もう忘れたのかさっき助けたろ』
「お前さっきの声のやつだな」声を出さないように会話する
『おっっそうだ、そうだぞ!お前を助けた俺ちゃんだよ。はぁ~俺が助けてやったのにまだ自分の目の使い方分からねえのか?』
「分からないわけないだろ」分からないかどうかで言えば自分で先程の動きは出来ないだろう。しかしちょっと小馬鹿にされた口調で言われたのでイラッとして少し声が出たようで、リゼに何か言った?と言われなんでもないと返す。
『はっ。強がっても無駄無駄、やっぱり分からねえんだな?平たく言えばお前のその目は普通じゃなくなったんだ。その目になった時にわかるはずだがな…。遅咲きだとそういうこともあるのかもな』
「分からないとか遅咲きだとか目を開けて見るだけのことだろ。そんなのおぎゃあといったときからやってるわ」
『あー違う違う。ホントに分かってないとは。さっきのやつは俺が勝手にぺちゃくちゃ言ってただけで、実際は火事場の馬鹿力?走馬灯?だと思ってるとは。違うね。ぜんぜん違うって』
「今声に出してたか?」
『そのやり方とか、説明は後でいい。あれは俺が起こしたけれど、お前の力だ。お前の目は普通に前を見るくらいじゃもったいないぐらいのことができるようになったんだよ。おわかりかな』
「つまりお前はまた出てきて何が言いたい?今は時間がないんだ手短に頼む」
『つまりだな。目を活かせば、リゼが化け物を倒すための手助けができる。あんな化け物なんて一捻りってわけにはいかないし、辛勝になるかもしれないが、勝てるだろうよ』
「本当か!?」
『そりゃ本来お前が一番知っているんだけどな。まあ本当だ』
確かに疑う気持ちはあるがそれ以上にこいつが正しいことを言っている気がする。うざったい口調だし根拠はないが、そう思う。少しだけ考えて結論を出す。
「どうすればいい?」
『おお、いいねぇ乗り気じゃないか。即断即決の男は嫌いじゃないぜ』
「仮にもリゼを助けるって決めたからな」
『んじゃあお前の体を借りるからちょっとの間寝てな』
その宣言が聞こえ、反論する間もなく眠るように無意識の世界に旅立った。
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