第5話

リゼが行ってしまった。急いで隠れる訳でもなく、ただその場に立ち尽くす。足はもう動く。だがリゼが去った方向をいつまでも見ていた。


自分がどうしようもなくしょうもなく思えて何だか泣きたい気分、いや自分で自分を殴ってやりたかった。目を閉じると自分自身に問いかけられる。


『仕方ないんじゃないか』


「そうかもな」


『隠れよう』


「・・・」


何か自分の中でフツフツとした気持ちが湧き上がる。怒りも少しあるがしかしそれよりもむしろなんというか好奇心に似た恐怖心に似たそういう気持ち。


『何を迷ってる』

『いや何をそんなに考えてる』


「ついていけなかったこと」


『ついていくのは普通の人には無理さ』


「そうだろうな…でも」


『でもなんだよ』


「憧れだったんだ」


『憧れ?』


「普通じゃないモノのが」


『それで?』


「それになれるきっかけだと思った」


『ふーん。でも無理だったんだろ』


「・・・」

体が熱くなる。ここで諦めていいのだろうか。心では無理ってわかってる。でもそんな心の端っこでは期待もしてもいる。


『だからそれで終わりだろ』


「そういうものに日常をぶっ壊して侵略して欲しかった」


「求めてるだけじゃ、待ってるだけじゃ仕方無いんだ」


『で、どうするんだよ』


「リゼを助ける。今はそれだけだ」


目を開くと先程と何も見違えない廊下があるだけなのだが何だかスッキリした気がする。


「まずは一歩だ」


『ああそうだな』


『力を貸してやる』一層大きく自分の中で声が反響する気がした。声の主は相変わらずの自分の声でそう言った。


「え?」


あれ?自分自答してたと思うんだが、こいつ勝手に喋らなかったか。視界が覆われるように映像が見える。あれは・・・体育館か。リゼが影と戦っている。全身のいたる所に切り傷を負い、血が出ている。映像が消える。


『ほら行ってやれよ?』


「待てお前は誰だ?」


『そんなことより早く行かないと彼女が危ないぞ』


影かもしくはリゼから出ている血を見たからか、その両方か分からないが心臓がバクバクと早鐘を打つ。胸を叩いて無理やり落ち着かせる。足は重いがなんとか動く。心臓の鼓動に合わせて、体を巡る血の流れに任せて、動かしていく。


『そうだ、その意気だ』


この声の主が誰かなんてもう関係なくなった。自分の内に響く声でも外から喋りかけられているかなんかどうでもいい。リゼを助けに行く。


1歩、2歩、3歩。進むたびに体が軽くなっていく。さっきまで早鐘を打ち、使い物にならなかった心臓は熱く滾るたぎるように流れる血と一緒に勇気を運んできているように感じる。足は意思などまるで関係なく素早く、そして力強く地面を蹴る。

リゼには今日あったばかりだ。殺されかけもした。殺される目にもあったし、行っても何ができるのかもわからない。それでも彼女を助ける。リゼのために。いや建前はよそう。自分の為に。だから体育館まで速く。


さっきまでただの高校生だった。今も変わらない…でも。

そこにはさっきまで怯えていた一般人はなく、走った軌跡を描くように目が残す蒼い閃光の筋が残される。一階の廊下を抜け、角で滑りそうになるがどうにか体勢を立て直し走り続ける。渡り廊下に出てコンクリートを駆け抜ける。こんなに走ったのは久しぶりで少し息が切れる。体育館にたどり着き、走っている途中に考えた急ごしらえの思いつきを決行する。重苦しい鉄扉を勢いよくスライドさせ開け大きな音を立てて息を吸い込み、言葉を放つ


「リゼ、もう大丈夫だ!だから助けに来た!」

「うつせ!?危ない避けて!」


作戦通り、音に反応したのだろう。津波のように影が一斉にこちらに来る。とりあえず黒いのはリゼから引き離した。やっぱり彼女はボロボロで、洋服の色々な部分が赤

く血で染められている。


でもこのあとの作戦を考えていない。急ごしらえだったから引き離したあとを考えていなかった。リゼの腕を飛ばした時よりも巨大になった影が槍の形に変わり迫ってきているが何も思いつかない。急に冷静になり、さっきまでただの高校生だったやつがよくやったよな。普通じゃないモノの片鱗に触れられたかななんて思いながら目を閉じる。


『おいおい、目を開けろー?』自分の声が響く。先程よりも砕けた口調になっているが先程力を貸すと言ったのに間違いないだろう。


『目を開いてよーく見るんだ』


「これが俗にいう走馬灯か。自分の記憶がフラッシュバックするものだとばかり思ってたけど、まさか自分と話せるとは思わなかった」


口には出さないで答える。走馬灯って時間無いからな。そんなもんだろ?


『はぁー。今過去を思い出したりしたか?剛志とか小春の顔が出てきたか?』


「いや?そう言われれば過去の事なんて思い出してないな」


恐る恐る目を開く。少しだけ影との間が縮まったがびっくりするぐらい遅い。というかすべての動作が遅い。影の後ろに見えるリゼもゆーーーっくりと銃を構え直してているところが見える。


『今から15秒間この状態を維持できる。だからまず攻撃を避けてリゼのもとへ駆け抜けろ』


「わかった」と答えようと口を開こうとするが全く開かない。


『体感時間が伸びてるだけで、お前もゆっくりになってるんだから喋れるわけ無いだろ。お前はミュータントみたいに万能じゃないってことだよ』


なるほど、別に速く動けるわけではないけれど認識だけはできるって理屈らしい。


『わかったら早く回避を始めてくれ、お前が死んだら俺が困る』

ハイハイ。何でお前が困るんだ?という疑問を言う前に言葉が続く。


『あっそうだ。今から攻撃が当たる寸前まで等倍速に戻す。そしたらよく見て避けろよ。ちんたら回避するよりそのほうが必死になるだろ』


「ちょっと待て等倍だと!聞いてない」


そう答えた瞬間に影が鼻先すれすれまで瞬間移動が如きスピードで迫ってくる。体が一気に縮こまり、手が出そうになる。


『よし、ギリギリィ。ん?なんだって』


「馬鹿かきちんと説明しろ!」


『すまないすまない。ほら!早く避けないとあと10秒強だぞ。お前の動きも緩慢になってるからな』


やれやれ。なんなんだこいつは。ともかく避けなきゃ仕方がないか。鼻すれすれまで迫った槍を避けるために頭を動かそうとするが全く動かない。そうか認識だけできるっていうのはこういうことか。自分の意識だけが先走っているような奇妙な感覚だ。

そんな事を考えていてもお構いなしに槍の切先は迫ってくる。今度は全力で顔を回す。すると少し動きが生まれる。普段顔や手足を常に全力で動かすことはないが、今は全力を出さなければ死んでしまう。


『あと5秒だ』

さらりとカウントされる。現実の顔は殆ど変わらないが心では般若のような顔で全身を動かす。幸い影の槍は影全体が一本の槍に変形しており、顔ど真ん中を狙ってきている。まず顔を横に滑らせる。足を踏ん張り、肩、腕、腰すべてを時計回りにひねると槍はかろうじて顔から外れた。


『終了1秒前。等倍に戻るぞ。心の準備やら体の準備はオーケー?』

心の準備は一応できている。だが、体の準備とはなんだろうか。槍から逃れたかどうかの確認だろうか?それだったらギリギリセーフだなと考えつつ段々と体の動きが増していく。


影が体育館の出口から延長線上にある校舎に爆音とともに激突する。その爆音を背に受けながら、また死を覚悟する。影から逃げるために使われた全力の力が、そのまま時計回りに全身に掛かるとどうなるか。避けるために無理やりかけた力は自分の力ではもう殺すことはできず、結果ぐるぐると体が回りながらずっこける。全く受け身も何もない状態で、体全体で床に打ち付けられ、体育館の中に転がりこむように滑り込んだ。全力というのは案外強力でそのまま棒のように転がりながらリゼの元までたどり着く。寝っ転がって上向きのままリゼに話しかける。


「来たよ」

リゼは少し呆れたような顔でふふっと笑いながらこちらに手を伸ばす。こちらはその手を握り返した。

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