第4話

悲鳴を上げるほど痛かったはずのリゼは捻った勢いをそのまま足に回し、鋭い回し蹴りを影に浴びせる。回し蹴りは影に当たり、先程まで刃物だった部分の影がべチャリと飛び散る。割と多くの影を飛び散らせたが残った影は素早く構内の特別棟側へ逃げ込む。


ベチャっと生々しい音を立てリゼの腕が地面に落ちる。リゼの腕の斬られた断面からポタポタ液体が滴り落ちる。おおよそ肘の先の前腕程からすっぱりと切れている。


「はぁはぁ…やって…くれたわね。油断してるのが悪いんだけど」上腕を押さえてしゃがみながらリゼが言う。地面の血溜まりが段々と広がってきた。

剣を放り出し、急いでリゼに駆け寄る。ワイシャツを破り簡易的な止血帯を作り、応急処置を行う。


「写世、応急処置できる…のね」


「余計に血が流れるから喋るな!」


必死に応急処置をしながら、悔やむ。何だか気を抜いていた。もう少し早く気がついていれば、彼女にもっと早く教えていれば腕を失わずに済んだかもしれないのに...必死に応急処置を進める。


「腕を上げてくれ」


「えっ、ええ」


「ちょっときつく縛るぞ」


「いたたたた、そんなに縛ったら動かせないわよ。大丈夫だから」


「何言ってるんだ!大丈夫なわけ無いだろう。こんなに血が出てるんだ。――くっそ!」

膝を握りしめた拳で叩く。できる応急処置は終わった。応急処置と言っても血を止めるためにワイシャツで動脈を圧迫しているだけだ。気休めでしかない。ここでは傷口の消毒もできなければ、包帯などもないし、抗生物質なんてもっとない。このままでは遅かれ早かれ死んでしまう。


「えっと…」


彼女が複雑そうな申し訳無さそうな顔でこう言った


「ワイシャツまで破ってもらって申し訳ないのだけれど、治るのよね…」


「え?そんなわけ」素っ頓狂な声が出る。いやいや治るわけがない。ここが名医のいる総合病院であったならまだ可能性があったかもしれないが、ここには名医も居なければ病院でもない。


彼女は立ち上がると腕のところまで行き、腕を拾って戻ってくる。

「ちょっと腕を持っててくれる?」


腕を差し出される。応急処置は必死だったからか気にならなかったが、こうして切り落とされた方を差し出されるとなんていうかリアルだ。血みどろさ加減と切り離されて物になってしまった腕に少しビビりながらおずおずと腕を受け取る。まだ温かい。

「そしたらこの腕が切れた位置で持っててもらってもいいかしら?」


リゼが傷口を差し出す。滴る程度しか血が出ていない。応急処置は成功みたいだ。


「えっとこうか?」

なんとも言えない気持ちになりながら腕を元の位置にあてがう。移植手術をしている外科医なんかはこんな気持ちなんだろうか。


「そこまで近づけなくていいわよ。そーそーそんな感じ」


リゼは器用に片手でスカートの内側の太ももにつけられたポーチからクロスを取り出す。クロスには色とりどりの糸で精緻な模様が編み込まれ、あまりの精密さにこんな場には似つかわしくない印象を受ける。高級品な調度の下にひかれていたら良い見た目になりそうな感じだ。


こちらが持っている腕とリゼの腕が隠れるようにクロスを巻きつける。巻きつけるのを手伝いなんとか一周巻き付け終わり、リゼが残った手をかざすとクロスが発光する。クロス自体も光っているが、何と言ってもその紋様が眩しく光る。そして発光が始まった途端持っていた手がリゼの方に少し引き込まれ、手がピクピクと動き始める。少しずつ明かりが弱くなり発光が終わる。クロスは激しく真っ赤になった。


「繋がったわ。もう離して大丈夫よ」


彼女がクロスを取り去ると、腕は血で真っ赤ではあるが見事にくっついていた。まるで人体切断マジックのようだ。信じられなくてリゼの手をペタペタと触る。指先をなぞってみたり、手の平にのの字を書いてみたり。


「ふっふふっ、そんなに指触らないで。ふふ。繋がったばかりは敏感で…くすぐったい…ふふっ…から」

頬を薄く染めて、少し扇情的に笑いを堪える彼女にはっとして手を離す。「ふふふ」と笑いの余韻が残る彼女は少し赤い顔で繋がった手をもう一方の手で触診を始める。


「自分で触る分には平気なのだけけど不思議ね」

後ろめたいことをしたようで黙って目をそらす。リゼは上腕との接続部から指先に至るまで触り、グッパと手を握って開いてからうんとうなずく。


「少し傷が残ったけれどそのうち治るでしょ。これはいらないわね」

腕と一緒に飛んでいって、今は手首でシュシュのようになったブラウスの切れ端をその場に落とすと影の去った方向を見る。同じように影の去った方向を見ると煤に似た黒いものが床に残っている。


「流石に方向しかわからないわね。どうにか一撃当てたけど…」

壁を見る。スライムのようなヘドロのような黒いものが、筋を残しながらゆっくりと地面に落ちていく。


「これじゃあね。血が出ないみたいだから血痕もないし、痕跡がないんじゃあ追いかけられなさそうね。銃は…まだ使えそうね」

冷静に分析しながら腕と一緒に飛ばされた自らの武器を拾い上げて確認している。リゼは信じられない早さで立ち直り、影を追おうとしている。

しかしこちらの体はすくみあがってしまっていた。普通の生活だったのに。巻き込まれてどうしようもないなら協力ぐらいと思っていたけれど、無理だ。

リゼの手を持った感触が、見た目がどうしようもなく意識させてしまう。自分の手が脚が首が真っ二つになったら。昔から好きな空想のように思っていたものが急に目の前の事実が現実として牙を剥いた。心臓が痛いぐらい体に響く。


「どうする?ねぇ写世?って、顔が真っ青よ。大丈夫?」


「ぇ...。」


震えた声でかすれたようで言葉ではなかった。しかし、リゼは何かを察したようにこちらの頬に手を伸ばす。彼女は明らかにぎこちない笑顔を浮かべた。

リゼの顔が近づいたと思ったら、彼女に頬を少し抓られる。ほんのちょっと痛い。手が離される。抓られたところがジンジンとした。


「ほら元気出して。動けそう?」 


一歩でも動こうとするが足が地面にくっついたように動かなかった。こちらが首を振るまでもなくその様子を見ていたリゼが口を開く。


「そっか。隠れられそう?」


首を縦に振る。この状態でこれ以上ここにいることはあまり良くない。足を引っ張ってしまう。


「わかった。写世はこの辺に隠れてて。私があいつを倒してすぐ迎えに来るから」


「大丈夫!あいつは危険度の高い順に狙ってるみたいだから私がやられない限りはザコザコの写世は安全よ」


リゼは矢継ぎ早にそう言うとぎこちない笑顔のままウィンクをして銃を手にそう言い残し、校舎の闇に消えていった。リゼの気丈さが自分とは全く違う人間のように感じた。

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