第3話


「マジュツシ...?」


「ええ、そうよ?」


立ち上がりながらたどたどしく聞くと不思議そうな顔をする。こちらも不思議そうな顔をするとリゼが続ける。


「まさか日本だとメジャーじゃない?杖でどうのこうのって奴」


「いや、名前を呼んではいけないあの人なら知ってるけど」


頭を抱える。まさかとは思うが、たまたま迷い込んだ中二病系不思議ちゃんという可能性も捨てきれないのか?嘘だろおい。


「つまり君は不思議ちゃん?」


「“不思議ちゃん”っていうのが何か分からないけど何かバカにされてる気がするわ。


えーっと近いのはシャーマンとか霊能者?とかなんだけど」

どうやら不思議ちゃんではないようだ。もしくはこの状態でも設定を保っている強靭な不思議ちゃんなのかもしれないが…。本当だとするなら見た感じ同い年に見えるがそんな怪しげなものに足を突っ込んでいるのか?


「わかる?おばけとかと話せる人たちよ?」


「出来ることはあまりないけど相談には乗れるよ…」


「何その哀れんだ目は!私は降霊術は専門じゃないけど出来ることもあるんだから!」

もしかして今時は怪しげな妖気を漂わせた老婆よりも低年齢のアイドルとか芸能人みたいな見た目が綺麗な方が人気なのだろうか?世も末だ。


「ちょっと待ってて」


ムッとしてポーチをゴソゴソと漁るがお目当てがなかったらしくリゼはガーンという感じで肩を落としてポーチを締める。あきらめてくれ、オカルト信仰は今時流行らないと思うぞ。


「あんまりやりたくないけどこれで分かるかしら。よっと」


スッと太もも辺りに手をやったと思ったら、いつの間にか小さな棒切れを指に挟んでいる。10センチほどで爪楊枝ほどの細さ、金属製らしく光り輝くそれをリゼは握り込み、真下に落とした。それが地面に落ちるとメキメキと地面が盛り上がり、ナイフ状に形作られる。長さは割と長く膝上ほどで確かカトラスって名前の剣だった気がする。表面には気色悪い網目状に金属が広がり、刃にも金属らしき輝きが見える。粘菌とかがあんな感じでシャーレ全体と餌の部分に分かれて成長するよね。


「うわっ。気持ち悪」


「何よ。失礼ね」


刃の方が下で刺さるように立っていたが地面が盛り上がりバランスを崩したのか倒れたところをリゼがキャッチした。


「わかった?これが私達、魔術師よ」


「つまりそういう石像を作れる人ってこと?」


「…。つまりね、超自然現象とか超能力とか異能とかそういうものを使える人ってこと」


「最初からそう言ってくれればいいのに」


そう言うとやれやれと呆れたようにしている。正直に言うと槍が生えてきた時点でびっくりした。しかしそれよりもむしろライダーとか超能力とかそういうものから卒業して幾星霜、現実にはそんなもの無いんだと受け入れた存在がここにいることに何より驚いた。あまり実感がないが今目の前に空想の存在がいる。

「硬度は…コンクリベース、しなやかさは期待できないか。重さは…中を削って補填したのが効いてるわね」

目の前でぶんぶんと剣をぶん回す。振ったり、刃先を見たりとかもしているが危なげなくジャグリングのように投げたりもしている。そんな姿を見ていると凄いことに遭遇している実感が湧き興奮してきた。体中に鳥肌が伝播していく。


「あーなんていうか」


「えっえっ?どうしたの?」


「凄いな!有名人に街であった以上のなんていうか伝説上の生き物を見つけたみたいな。信じてたぜ、こういう人たちがいるのを!」

柄にもなく興奮して、食い気味で話しているこちらに対してリゼは困惑した顔だ。


「へ?日本は割と神道が広まってるから割とこういう人種が活動してるんじゃないの?」


「なにいってんだ!アニメやゲームじゃ無いんだからいないわそんなもん!」

リゼはその言葉を聞いて頭を抱えている。


「アニメ?ゲーム?何それ?」

アニメとかゲームを毛ほども知らないとは彼女はタイムマシンで過去から来たのだろうか。


「何って言われても説明が難しいけど、創作物だよ。現実離れしたことを書いた物語さ」


リゼの顔がサアっと青くなりアワアワとしている。なんだか忙しい奴だな。


「待って待って。私みたいなのはいないのこの国には?」


「そもそも世界中探したって居ないんじゃないかな。ペテン臭いのはたくさん見たけ

ど」


「こういうのも始めてみたと」


剣を指さしてそう聞いてくる。


「ああ」


リゼがガクリと膝を落とした。辛うじて倒れないように先程の剣を床に突き刺している。しかしうつむきながら冷や汗をかいてぶつぶつと何かを呟いている。


「まずいまずいまずい。だから秘匿項目があったのね。なるほど納得。隠してるわけか。そりゃそうよね。オリンピック記録とかも余裕で抜けるし、おかしいとは思ったけど古い記録だったから身体制御できてないか人類の進化って凄いなーぐらいに考えたけどそんなわけないわね。周りが私より凄かったし全然気付かなかった。いや言い訳は取りあえずいいわ…」


「なあ、大丈夫か?」


「ええ、大丈夫。オールオッケー」


小さく親指を立てて頷きつつも真っ青な顔で相変わらずぶつぶつ言っている。だいぶ不味い状況らしい。人が焦ってるのを見ると興奮していた気持ちが冷めてきた。目の前にいる人のほうが大変そうだと冷めるけど何かの心理効果なのだろうか?


「そうだ!取りあえずあなた私の相棒になってくれる?」


「は?」


「色んな理由があるんだけど、あなたこのまま行くと死んじゃうのよね!だから取り敢えず私の相棒ってことで」


「そうですか、わかりましたってわけには…」


「まーまー誰かに言ったりする訳じゃないし、仮にってだけよ。外に出たらそういうことにしてね」


「いやさ、」

こちらがなにか言おうと口を開くが、そこまで一息に言ったリゼがふうと息をついてニコッと笑う。その笑顔に不意を打たれたようにそれ以上何も言えなかった。「ナニ?」リゼがそう言った言葉が遠く聞こえる。


「それと悪いんだけど、ここを出るまで協力も頼みたいんだけれどいいかしら?」


「おーいもしも~し」


「あ…あぁ。ただそこの入り口から一応出れたぞ?」


「多分校門より外には出れないと思うわ。完全に分離されてるから」


「結界とか…?」


「そうそう。アニメとかゲームってそういうのが出てくるものなの?」


「全部がそれってことはないが、出てくるやつには出てくる。さっきやってた物を出すやつとかも案外メジャーじゃないかな」

意外そうにしたあとに残念な顔をする。


「基礎だけど独創的だと思ったのに」

ザクッと地面に刺した。確かにあの網目は独創的だ。


「取りあえず君はこういうこと専門家ってことだろ?」


「―――ん…?まぁね」


何だか間があった気がするが、取り敢えず信じよう。どうしたって自分じゃどうしようもないのもあるけど。


「それよりも私はリゼよ。名前で呼んで」


「ならこっちも写世って名前で呼んでもらおうか」


「それもそっか」「よろしく写世」

小さな右手が差し出されている。正直名前を呼びながら手を握り返すのは小っ恥ずかしくむず痒さがあって非常にしたくないので

「よろしく」

と右手を出すとリゼがガッチリと掴む。ギュ~っと握り締めてくる手に割と握力があることに驚いたが、こちらも握り返すとリゼがフッと笑う。そのままリゼの握力がぎりぎりと強められる。手のひらがビリビリする。


「名前で呼んで欲しいな〜?」


「リゼさんよろしくお願い致します」


「うん!」


その言葉とともに圧が抜ける。手をさすっているとリゼが指で静かにとジェスチャーする。彼女は低い姿勢になり、靴箱から頭を出していた。すでに手には銃を握っている。静かにリゼに近づく。銃で先程できた大穴を指差す。


「動き出した」


穴の中から縁に黒いスライム状のものが出てくる。縁に引っ掛かるように取り付いたそれを取っ掛かりに這い出してきた。

何も武器がないというのも心許ないので床に刺さった剣を引き抜く。程々の重量だが思っていたよりも軽い。相変わらず模様が不気味だがこれならなんとか使えるかもしれない。


「形が変わってる?」


リゼがそう言うので見てみると穴の縁で形がどんどんと変わっている。足が4本伸び胴体が作られ、頭が出来上がる。まるで大型犬や狼のような形になった。輪郭がはっきりしない。目もないし、鳴いてもないが、口だけはえらくはっきりとした形で凶暴そうな牙が見える。自分の手足を興味深く観察するように持ち上げたりしている。まるで初めて見たと言うようだった。


「犬かな?」


「形は近しいわね」


しばらく観察していると、影は自らを観察することを切り上げてグッグッとしならせるように自らの足をたわませる。そして一瞬で跳躍するように廊下を駆けて視界から消えた。


「えっ?消えた?」

リゼが困惑したようにそう言ってゆっくりと立ち上がり、廊下に進み出る。それに続くように周囲を確認しながら後を追う。確かに消えたってほど早かったが、明らかに犬の飛び出すような走り方をいきなり始めたように見えた。おおよそ動物の動きではなかったからそう見えたのも分からなくはない。


「向こうに走っていっただろ?」

後方から見ただったためあまり視界がなく、確証はないが幸い廊下が左右にしか広がりがないので左側の廊下に行ったのだろう。左側の影が見えなくなった廊下を指差す。リゼもそちらの方を向く。


「いや、全然見えなかったけれど。写世どんな動体視力してるの」


「昔から目は良かったからな」


「はぁ〜。一般人とは思えないわね?」

びっくり人間とか言いながらリゼは穴を調べに行っている。こちらとしてはリゼのほうがよっぽどびっくり人間なんだが。


「そういえばどうして一般人って信じてくれたんだ?」


「コールドリーディングと握手の時にちょっとね」ポーチから小瓶を取り出して穴の

縁に残った黒い粘液を採取しながらそう言う。


「具体的に言えば、質問した時の瞳孔の収縮を見てたの。あなたの場合目が特殊になってたから、それを加味して握手のときにその剣にしたみたいなこともしたわ。どちらも嘘は無かった」


バッと握手した手を見る。手のひらに青いペンみたいなもので薄く円が書かれている。服に擦り付けてみても全く消えない。そんな様子を見てリゼが笑う。割と大爆笑だ。


「ぷっははは、これで完全に確定だわ。あなたは完全に一般人それか名俳優ね」


「どういうことだ?」


「まー、確実性のあるじゃんけんみたいなものよ。ほら手を出して」


言われるがまま手を出す。彼女が手のひらの円をサッと触ると円が消えた。リゼが小瓶を振ったりしている。黒い水みたいなのが中で揺れる。その状態で続ける。


「会った段階で一般人を装うなら魔導防御、体を覆う魔力って言ってわかるかしら?ああわかるのね。つまりはその魔力がそれらしく最低限でしょう。普通はそんなことしないけど、わざとすることは出来るから装うことは可能なのね。だから自称一般人がいても敵である可能性は捨てきれない。まあこういう場所だし敵のほうが可能性は高いけど。私が考えてたのは一般人を装って、協力者が攻撃してくるかなってね」


「実際黒いのがいたもんな」

リゼが頷き、写世が敵だったらやられてたでしょうねなんて笑っている。


「ただ、敵がそれを狙っているとして一般人を装うとどうなるか?」

リゼが小瓶の中の液体をポーチにしまう。


「その防御?っていうのがどういうものか分からないけど防御がなくなるから危なくなるってことだろ」


「そう。もっと平たく言えばノーガード&ノーアーム状態。純粋な肉体強度だけの防御になるし、攻撃もそう。体格とか練度にもよるけどダメージを与えるのは難しいでしょうね」

武器も防具も着けずにフル武装の相手に向かっていくようなものか。普通に考えて無理だな。


「ところで私達結構会話したし、肉体接触も割としたわよね?」

殴り倒されたり、殴られたりした。そう考えると全く酷い。ちょっとやり返したくなる。割と恨みは忘れないほうだ。


「肉体接触って響きがエッチだな」


「響き?何を言って…」リゼの綺麗な白い頬が赤くなる。


「おや〜リゼさん。どうして赤くなってるんですか。何を想像したんですかね?」


「ギュとされて怖かったけど男の人はがっしりしてるなって思ったなんて言わないわよ!」

というか全部口から出てますよ。気づいてないなら言わないけど。


「もしかして初めてされた?」

小さくコクリと頷いた。ウブだった。何だかうるうると涙を貯めている。見た目からも思ったがどこかの令嬢だったりするのだろうか?そんな様子を見ているのがいたたまれなくなってきた。あまり周りにいないタイプで困惑する。別にいじめたいわけじゃないんだが…。


「男の人とこんなに近くにいるのも初めてなの!だから全部忘れてっ…ね?」

うるうるとした瞳でこちらを見ないで欲しい。ずるいよそりゃ。ただ言葉尻を捉えていじっただけなのにこっちに罪悪感が出てくるよな。


「あぁ。他言しないし、忘れる。これでいいか?」

やれやれと目を閉じている間にデコピンを食らった。普通に痛い。頭蓋骨が陥没したのではないだろうか。


「騙された〜。そんなわけないじゃない」

リゼはそんなことを言ってそっぽを向く。痛がっている間、黙ってそっちを向いていたが、暫くするとこちらを向き直してまた説明の続きを始める。少し頬が赤い。


「普通はただの会話や接触ぐらいなら気にしない。大事なのはノーカードってとこ」

おでこを擦りながら聞く。

「何でもないときに攻撃されるってことだな」


「ええ。ノーガードの今、所作、行動、会話の節々、接触の瞬間。全てが攻撃の起点

として使える」ただね、リゼが続ける。


「そうなると囮だとしても接触を避けたがるんだけど、避けてこないどころか自分から触ってくるからカウンターパンチャーかもって私はその円の情報を開示したわけ」


カウンターパンチャー。普通ノーガード戦法ではありえないというかやる意味がないが、相手の攻撃を耐えて相手が隙を見せた瞬間致命打をカウンターで与えるボクサーだ。つまりそういう搦め手的な手法もあるらしい。


「『ほぼ無限に攻撃のタイミングがある状態で、攻撃されたら無条件にさっきの金属棒みたいになります』って発表したらどうなるかってことよね。触られた場所だけでも明らかに重要部位は捉えられている。しかも発動する条件が金属棒を握って地面に落としたってことなら触ったら時間差で起こる可能性もある。詰みよね」


「って言うと七つ星の奥義の一つを食らったみたいな?」


「それはわからないけど。奥義っちゃそうかもね。決まったらまず終わりだし。動いたら死ぬかも、時間が立っても死ぬかも、助けを呼んでも死ぬかもっていう起爆条件不明の爆弾をつけられて外すためには私を殺すか、もしくは術を解除させるしかない。何かして死ぬか、何もしないかって究極択よ。それを写世は無警戒なんだもの、くっくく、あーはっはっは」


なるほど。今のまま動かないか動いても攻撃してくる二択。警戒していれば手を調べようとなんてしないだろう。


「ともかく誤解が解けてよかったよ」


「ぷっ。ええっそうね」

かなり面白いらしくずっと笑っている。機嫌が良くなったようで良かった。

そんなリゼを眺めていたからか、彼女の背後から近づく影にギリギリまで気が付かなかった。


「リゼ!後ろだ!」

とっさに叫ぶ。笑っていたリゼもギリギリのところで気がついたようで体を捻る。しかしそれより早く影が形を変え、鋭い刃となると一閃した。


「――――――――っぅうぅううっ」

声にならない悲鳴と同時に赤い鮮血の代わりに真っ青な血が吹き出すと同時に糸が切れた傀儡人形のように彼女の腕が宙に舞った。



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