第3話
昼休みのことだった。
「ロゼット~」
教室を出て、裏庭に向かう途中に名前を呼ばれていた。一瞬、誰のことだろうと聞き流していた。
「ロ~ゼ~ット~!」
二度目で声の主がルーンだと気がついて足を止めた。
「ルーン…」
「ルンペルシュツルツキン! ロゼットってば、何回呼んでも気づかないんだから」
「呼ばれたの、二回じゃないの?」
「もっと呼んでたよ、ロゼット~! って」
「学校で私の名前を呼ばれることなんてないから」
「みたいだね、笑ってるけどロゼットの周りだけ空気が違ってた。窓から見ててもわかるもんだね」
「ルーンってばいつからいたの? 全然気づかなかった」
「それだけ真剣に授業に参加してたってことだろう? ぼくは教室に入るのは悪いだろうと思って木の上にいたんだ」
「そう。ルーンはもう何か食べたの? 私、今からお弁当にするつもりなんだけどおかず食べる?」
「すもものあめがあったらちょうだい。この前のやつ、すっごくおいしかったから」
「いいよ、今日も持ってきてる。……黒ねこを連れて歩いてるなんて、私まるで魔女みたいね。誰かの言ってたことはあながち的違いじゃないのかも」
「みんなは不吉の象徴だって、ぼくみたいな毛並みを嫌う人間は多いけど、ロゼットは違うんだね。そんなに淋しかったの? ぼくの相手にするなんて」
「確かに学校の中で誰かと直接話すことは少ない……というかほとんどないって言ってもいいけど……。淋しいと思ったことはないわ。……ううん、初めは淋しかったのかもしれない。でも日常って、不変に続くと馴れちゃうものなのよ」
そう言って笑うとルーンは黙ってしまった。
沈黙があると自然にまわりの音が耳に入ってくる。一人だったら全てシャットアウトしてしまうのに、今はルーンがいつ話し出すかが気になってそれもできない。
ついに耐えきれなくなって私からまた口を開いた。
「……ルーンは私のそばにいてくれるの?」
何を聞いているのだろう。ねこは何にも縛られずに自由気ままに生きていく主義だって、何かで読んだことあるのに。
聞いた途端、後悔してまた口をつぐんでしまった。すると。
「いいの?」
信じられない、とでも言いたげな声が足下からして、思わず立ち止まる。ルーンは溢れんばかりに瞳を見開いて私を見上げていた。
「ぼく、ロゼットのそばにいてもいいの?」
この表情の分かりやすい彼は、私が頷くと、それこそ飛び跳ね回って喜んだ。
そうか…私みたいな変わり者以外に彼のそばに近づこうとする人間は居なかったのかもしれない。淋しかったのは私も彼も同じだったんだ。
ルーンは渡り廊下からはずれた花壇から器用に花を一本手折ってくわえてくる。
「ロゼットはね、こんな匂いがしてるんだよ」
彼が渡してくれたのは、小さな“雪の花”だった。
「ぼくがいちばん好きな匂いなんだ。ロゼットが淋しいんだったら、ぼくはずっとそばにいてあげるよ、約束する」
それから私たちはいつも一緒にいるようになった。
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