第3話 黒い正体
ボクとアンリは小屋を出て、どうやら町を離れる方向へ歩き出していたようだ。
平坦な道が終わり、少しずつ傾斜がついてきた。霧も晴れて、周りを見渡すと木々が疎らに生えている。
「この森って、魔物が住んでるんじゃないの? こんなところ、入って大丈夫なの?」
不安は真っ先に口を衝いた。魔物に見つかれば間違いなく命はないだろう。
「大丈夫。やつらはこの時間は寝てるよ。大きな音を立てて起こさない限り、襲ってはこないさ」
「やっぱり戻ろうよ。この森は避けた方がいいって」
言葉で引っ張ろうとも、なんともないようにその枷を蹴飛ばして軽やかに森を縫う。
「一緒に行きたくないなら、違う道を行くといい。そこで魔物に見つかっても知らないけどね」
ボクには無理だ。アンリについていくことしか選べない。たぶんそれを知っていて、ああ言っているのだ。
黙ってボクは、アンリの後をつける。
森は沈黙を守っている。まるで人を誘き寄せているようで、その罠に進んで歩み入っている現状は良くないように思う。
それでもアンリと別れて行動する方が、危ないのだとすぐにわかる。
さっきアンリは魔物は寝ていると言った。いないのではない。確実にこの森の中に魔物がいる。
魔物は魔王の命により、人を食らい、世界から心を奪い尽くそうとしていると、お父さんは言っていた。
実際に魔王を目にしたことはないけれど、みんながその存在を恐れている。
それは勇者の言伝にも示されている。
第一の勇者ケインは賢者、魔法使い、剣士、弓兵を引き連れ、魔王の城に侵攻した。
それまで魔物を難なく退け、葬ってきたその一行が、魔王に敗れ、弓兵の一人だけが生きて帰ってきたという。
その兵は「魔王を倒すには、圧倒的に力が足りない」と語り、戦士たちの育成に余生を費やしたという。
その育成はとてつもなく厳しく、どれだけ強くなろうとも、それを褒めることはなく、生死の狭間にまで追い詰めてなお、力を求めさせたという。そうまでしなくては魔王は倒せないのだろう。いや、そこまでしても魔王には及ばないのかもしれない。
それからも勇者を名乗り、魔王に剣を向けた者たちはいたけれど、そのほとんどが命を散らせた。
その亡くした命の数が、魔王の存在を確かにさせた。
「ネイ、あの黒い男、何者だったんだ?」
アンリは魔王の存在に怯えているボクに唐突に話しかけた。
「え、知らない。町で声をかけられて、殺してくれるって言うからついて行ったんだ」
「なんだよ、死にたいやつが魔物にビビってんのかよ」
「それは……」
確かにそうだ。ボクは殺してほしくておじさんと一緒にいたのに、今は魔物を恐れている。この違いはなんだろう。あのおじさんと魔物の違いってなんだろう。
「そもそもあの黒い男、ネイを殺すつもりなら、準備不足にもほどがあるだろ。殺すならすぐに遠くまで移動するか、誰にも見つからないような場所で、さっさと殺しちゃえばよかったのに」
「確か、まだ殺していいか判断してないからって言ってた。死ぬならいつ死んだって構わないだろうって」
「それってどういう意味なんだろうな。単純に人を殺したいってことじゃないのか?」
「『殺してもいい人間を探している』って正確には言ってた。どういう意味かはわからないけど」
「ふーん、なんか面白いね。死んじゃってその意味は聞き出せないけど、すごく興味が出てきたよ」
「興味が出てきたってどうしようもないじゃん」
「なら二人でその意味を調べよう」
「どうやって?」
「ヒントはこの中にある」
アンリはそう言ってポケットから革の手帳を取り出した。
「それは?」
「あの男が持ってた手帳。そのジャケットに入ってたよ」
「いつの間に」
「ここになにか書いてあるから、それを読み解けば、言葉の意味がわかるかも」
アンリは楽しげにその手帳をパラパラとめくった。しばらくして、アンリはボクに手帳を手渡した。
「読めない! ネイ、読んで」
アンリは文字が読めないようだった。町で暮らしていれば、ある程度文字は読めるはずだ。もしかしたらアンリは町の外に住んでいたのだろうか。
「どれどれ……ポリアン4、ネクト2、ハッシュ7……なにこれ?」
ネクトはボクの住んでいた町の名前だ。だとするとポリアンやハッシュは他の町の名前だろうか。
「町の名前に数字? これってどういう意味だろう」
「さあ、それを考えるのはネイの仕事さ」
「えー!」
「ネイはあたしより頭よさそうだもん。文字も読めるし」
「そんなこと言われてもさっぱりわからないよ」
町の名前と数字を交互に見る。けれどそこからはなにも読み取れなかった。
考え事はボクのお腹から栄養をどんどん消費していった。
「お腹空いた」
「ならそこらの野草や動物でも採ってくるよ。そういう肉体労働は任せておきな」
アンリは言葉が先か行動が先か、木々の間をすり抜けて、すぐにその姿が見えなくなってしまった。
ボクは薄暗い森に独りぼっち。急に寂しくなって、手帳を握りしめた。
すると手帳のページに隙間ができたのか、一枚の写真がストンと落ちた。
そこにはきれいな女性が写っており、後ろにサインが書いてあった。
「エレナ・レビタン?」
それがこの女性の名前だろうか。真実はわからないまま、ボクはアンリの帰りを身を縮ませて待った。
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