第55話 再会

「くっ……二人とも、あの結界まで頑張ろう! レイスはあの結界から外に出られないはずだから!」


 何の根拠も無いけれど二人を、そして自らを鼓舞するために、結界まで逃げようと口にする。

 だけど、ダメージは与えられなくても、足止めになっていたホーリー・インセンスはもう無い。

 とにかく、結界の外まで走るだけだ。

 時折後ろを振り返りながら走ると、煙幕を突破したレイスが半透明の白い塊を生み出す。

 その直後には、半透明の奴が一気に間を詰めてきた。

 こっちの奴にはセシルの風の魔法が効く事が分かっているが、後方の煙幕まで飛ばしてしまって、更に奥に居るであろう半透明な奴の大群が来てしまう。

 セシルの魔法が使えないのに、半透明の奴が迫って来る。

 待てよ。セシルの魔法が効くなら、これも効くんじゃないか!?

 後ろへ迫って来た半透明の奴に、振り向き様にクリア・ポーションをかけると、音も無く消滅した。


「効いた! レイスの手下みたいな奴には、ポーションが効くよっ! 俺が最後尾でそいつを倒すから、二人は前へ!」


 少し遅れ気味だったセシルを先に進ませ、迫り来る半透明の奴にクリア・ポーションを掛けながら、俺も二人の後を追う。


「リュージさん! 見えました! 結界です!」

「よし、皆あの結界を突っ切ろう!」


 あそこまで行けば逃げ切れる!

 そう自分に言い聞かせ、走りきろうとした所で、


「お兄さん! 後ろっ! カース・タッチが来るっ!」


 先程俺が倒れる原因となった白い腕が伸びてきた。

 もう少しで結界なのにっ!

 効くかどうか分からないけれど、白い腕にクリア・ポーションをドボドボとかけてみると……本体と同じように全く影響無しに迫って来る。

 あと、十メートル程なんだ。すぐそこがゴールなのにっ!

 意外と機敏な動きをする腕だが、サイドステップやしゃがめば、避けられそうな気もする。

 だけど、ここで俺が避ければ、すぐ前に居るセシルがあの苦痛を味わう事になってしまう。

 だからといって俺が盾になって倒れたら、せっかく後少しで結界を越えられるというのに、セシルが留まってしまうかもしれない。

 必死に考えた結果、手にしていたクリア・ポーションを走りながら口に含む。

 直後に白い腕が伸びてきて、俺に触れた瞬間……口に含んでいたクリア・ポーションを飲み込む。


「……よし、効いて無い! 白い腕は俺が防ぐから、二人とも走って!」

「お兄さん!? レイスのカース・タッチを無効化って、一体どうやったの!?」

「そんなのは後だ! とにかく走れっ!」


 二本目のクリア・ポーションを口に含み、再び走ると、白い腕が俺に触れた瞬間、再び飲み込む。

 呪いを受けた瞬間に、呪いを治す……お腹がタポタポになりそうだけど、そんな事に構っていられない。

 五本のクリア・ポーションを飲んだ所で、俺を含めて全員結界の外へ出る事が出来た。

 背後を振り返ると、白い腕は結界を越える事が出来ないらしく、こちら側へ出てくる事はない。


「おぉ、リュージ殿。感じますぞっ! 近くにハニーの存在を! おそらく、その懐に何かハニーの形見を持って来て下さったんですな!?」

「……あ、あぁ。だがヴィック、悪いんだけどその話は後だ。後ろから、レイスが来ているんだ」

「レイス!? レイスというと、いわゆる死霊が!?」

「そうなんだ。どういう訳か俺たちをずっと追ってきて、あのポーションも効かないし、走って逃げて来たんだ」


 気付けば、近寄って来た居たヴィックよりも離れた所で、アーニャがへたり込んでいて、セシルはずっと俺の腰に抱きついて居た。

 必死になって逃げてきたものの、振り返ればかなり危ない状況だった事が分かる。


「ヴィック。レイスの腕は結界を通れないみたいだけど、本体も通れないと思って良いよね?」

「おそらく、としか言えないな。少なくとも俺は通れないし、触れただけで痛みを伴うが、レイスなんて強力な奴だとどうだか……とりあえず、ここから逃げた方が良いんじゃねーのか?」

「そうだけど……そうすると、レイスが街に出てしまわないか!?」

「けど、だったらどうするんだよ。勝てずに、ここまで逃げて来たんだろ!?」


 ヴィックの言う通り、ここに残った所でレイスに対して何が出来る訳でもない。

 けど、だからって……


「お兄さん! 来たよっ! レイスだっ!」


 俺が答えを出す前に、時間切れとなってしまった。

 レイスが結界を越えようとして、身体を押し付けている。

 だが、結界を越える事は出来ないらしく、しかも結界に触れた箇所が紅く染まっていく。

 おそらく、ヴィックと同様にダメージを受けているのだろう。

 クリア・ポーションでダメージを与える事すら出来なかったレイスを止め、かつダメージを与える……相当強力な結界らしいのだが、


「カ・エ・セ」


 レイスは諦める事なく、結界を越えようとしている。


「お兄さん。あのレイス……何だか、可哀そうな気がしてきた」

「そうだね……」


 ぽつりと呟いたセシルの言葉に何とも言えず、ちらりとヴィックに目をやると……何故かポロポロと涙を流していた。


「その声、姿、何よりその存在感……ロザリーだろ? なぁ、ロザリーだよなっ!」

「ヴィック……!?」

「ロザリーッ!」


 ヴィックが結界に飛び込み、その身体が紅く染まっていく。


「ロザリー。俺を待って居たのか? 悪かったな。俺にはこの結界を越える術が無くてさ。だけど……良かった。また、こうしてお前に会えるとは思ってなかったぜ」

「ヴィック!」

「お前も俺も……今が潮時だろ。二人同時に天へ召される……そうすれば、来世で一緒に成れるかもしれねぇ。このままの姿で居るよりも、来世でちゃんと結婚しよう!」

「はい」


 レイス――いや、ロザリーとヴィックが結界越しに掌を重ね、互いに頷き合った後、


「リュージ殿! ありがとう! 本当は形見の品を貰った時点で、成仏するつもりだったんだ。けど、期待していた以上だったよ! まさかロザリーの魂と再会出来るとは思ってなかったぜ!」

「ヴィック……」

「何かは分からないが、その懐から感じるロザリーの形見の品は、リュージ殿の好きにしてくれ。ありがとよっ! 俺はロザリーと一緒に、噂に聞く異世界転生に賭ける。次の人生では、絶対にロザリーを幸せにしてみるからよっ!」


 ヴィックがこっちに向かって礼を言い、そして……再びロザリーに向き合うと、二人同時に白い光となって消えてしまった。

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