第54話 レイス
セシルの言葉の後に、唸るような風の音が洞窟に響く。
何事かと思った直後、目の前に大きな白い塊が浮かんで居た。
始めはただの白い球だったそれは、少しずつ姿を変えて行き、髪の長い女性の姿へと形を変えていく。
だが、その形相は怒り狂って歪んでおり、目と口が黒い空洞になっていた。
「お兄さん! レイスだよっ!」
セシルが再び叫び、その直後に突風を起こす。
しかし激しい風が吹くものの、スケルトンとは違い、吹き飛ぶ事すらしない。
レイスと言えば、ゲームでゴーストとかの幽霊の上位種みたいになっているあれの事か!
慌ててクリア・ポーションをかけるが、
「……」
何も変化が無い。
果たしてこれは効いているのだろうか。
スケルトンみたいに溶ける訳でもないし、元々歪んだ表情で変化が見られない為、全く効果が無いのか、少しくらいはダメージを与えられているのかが分からない。
「カ、エ、セ……」
虚ろな空洞の様な口から、低くて暗い音が発せられる。
返せ……って、腕輪の事か!?
そう考える間も無く、白い女性から人間の物では有り得ない、長い腕が伸びて来た。
「いやぁぁぁっ! 来ないでぇぇぇっ!」
アーニャが手にしていたホーリー・インセンスを、電光石火の早さで着火させ、レイスに投げつける。
一つ、二つ、三つ……
「って、アーニャ! 投げ過ぎっ! 辺り一面が煙だらけだよっ!」
「そんな事より、早く逃げなきゃっ! あれがセシルさんの言う通り、レイスだったとしたら、絶対に勝ち目はありませんよっ!」
「そ、そうなの!?」
「そうなんですっ! 幽霊の最上位ですよっ!? 遭遇したら確実に死ぬって言われているんですからっ!」
煙で真っ白になった洞窟を、アーニャを先頭に戻って行くと、
「カ、エ、セ……」
「げ、追ってきた! しかも、増えてる!?」
人型ですらない、半透明の白い塊が十体程レイスの周りを囲んで居る。
すかさずアーニャが着火したホーリー・インセンスを投げつけると、
――ヲォォォ
半透明の白い塊数体が一気に消え去った。
ホーリー・インセンスにちゃんと効果がある事は分かったのだが、煙の壁に白い塊が触れた所へ穴が開き、そこからレイスが進んで来る。
しかも、煙の壁を越えた直後、再び半透明の白い塊が生み出された。
これは、マズい。
主力のつもりだったクリア・ポーションは効果が薄く、ホーリー・インセンスを使えば確実に足止めは出来るが、それも数秒程度だけ。
しかも、ホーリー・インセンスは残り十個程度しかないはずだ。
「あの小さいのなら、ボクの魔法が効くかもっ!」
「あ、セシルっ! ダメだっ!」
セシルが突風を起こし、半透明のゴーストみたいなのが後ろへ吹き飛んで行く。
だがそれだけで、本体とも言えるレイスは関係無しに進んで来る。
しかも間が悪い事に、今の突風で新たにアーニャが投げたホーリー・インセンス二つ分の煙が消えてしまった。
「カ、エ、セ……」
レイスの腕が、突き出た岩をすり抜けて迫ってくる。
ヴィックと同じ霊体だからか、障害物など関係無いらしい。
……待てよ。だったら、ヴィックと同じで俺たちに触れる事は出来ないんじゃないか?
そもそも逃げる必要も無い気がしてきた。
「二人とも、先に行って!」
「お兄さん!? 何をするのっ!?」
「さっきはBランクのクリア・ポーションだったけど、今度はAランクのを使ってみる。数が少ないから、確実に当てるんだ」
「お、お兄さんっ! そんな事より逃げないとっ!」
足を止めてレイスと対峙する俺に驚き、セシルが慌てているが、冷静に考えれば大丈夫だ。
霊体のレイスには何も出来ないんだから。
クリア・ポーションの蓋を開け、レイスの身体が近づくのを待っていると、白い腕が迫って来た。
腕を無視して構えていると、
「ぐ……」
突然激しい疲労に襲われる。
何だ!? 苦しくて、立って居られない!
「お兄さんっ!」
「リュージさんっ!」
セシルが倒れた俺に近づき、アーニャがホーリー・インセンスを投げつける。
そこまで見た所で意識を失い、気付いた時には辺り一面が煙に包まれ、目の前にセシルの顔があった。
「お兄さん! 何をしているのさっ! さっき猫のお姉さんが言っていたよね? レイスに遭ったら死ぬって。無謀だよっ!」
「何が……起こったんだ?」
「お兄さんがレイスのカース・タッチを受けたんだよ。で、猫のお姉さんがありったけの煙を使って時間を稼いでくれたんだ」
「カース・タッチ?」
「その名の通り、触れた相手に死の呪いを与えるんだ。お兄さんが持っていたポーションのおかげで、呪いは解けたみたいだけど……立てる? 早く逃げなきゃ」
セシルとアーニャに手を借りて起き上がる。
疲労感は未だ残っているが、倉魔法でバイタル・ポーションを出して飲み、再び歩き始める。
しかし障害物はすり抜けるのに、触れた相手に呪いを与える事が出来るってズルくないか!?
だが、そんな事に文句を言っても意味は無いが、とにかく今は逃げよう。
おそらく、あの結界は越えられないはず。
だけど、ヴィックが越えられないと言っていたけれど、このレイスは?
ヴィックが即消滅するだろうと言った、クリア・ポーションが全く効かない相手に、あの結界も大丈夫だと言えるのか?
口には出さないが、不安に思っていた所で、
「お兄さん! 急ごう! 来たよっ!」
全てのホーリー・インセンスを注ぎ込んだ煙幕を、レイスが突破してきた。
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