第19話 どうしてこうなった

 ニコニコと屈託の無い笑みを浮かべるセシルが、すぐ傍で俺を見上げている。

 ほんの数時間前の俺なら、「そういう約束だったからな。仕方がないな」とか言いながら、セシルと一緒に寝ていたのだろう。

 男の子にしては少し髪が長く、中性的な整った顔立ちだと思っていたセシルは、実は女の子にしては髪が少し短い、ボーイッシュな少女だったのだ。

 三十を過ぎた俺と同じベッドで一晩を過ごして……って、待てよ。

 良く考えたら、何も問題ないのか。

 セシルは一人で寝るのが寂しくて、誰かと一緒に眠りたいだけ。そこに変な意味合いは一切ない。

 で、昨日何事も無く一緒に寝た俺が、これから一緒に寝ると約束していた。

 俺は男に興味がなければ、ロリコンでもないので、セシルが中性的な少年だろうと、ボーイッシュな少女だろうと、何かしようとは思わない。

 だから、俺とセシルが同じベッドで一緒に寝たとしても、確実に何も起こらない。

 そう、何も起こらないから、何も問題が無いんだ。


「わかった。約束だし、一緒に寝ようか」

「うんっ! やったぁ」


 嬉しそうに喜ぶセシルの顔を見て、その笑顔が初めて会った時から変わって居ない事に気付く。

 そうだ。俺が勝手にセシルを少年だと思っていて、そして勝手に少女だったと知っただけで、セシルは最初からずっと今のセシルのままなんだよ。


「猫のお姉さんはどうするの? 三人で一緒に寝る?」

「……で、出来れば別の方が嬉しいです」

「そっか……」


 アーニャがいろいろと言いたげな表情で俺を見てくる。

 分かってる。アーニャが言いたい事は分かっているんだ。

 けど約束だったし、俺は何もしないし、何も起こらないから目を瞑って欲しい。


「じゃあアーニャの寝室は、こっちの部屋にしよう。この部屋はアーニャが自由に使ってくれて良いから」

「……わ、わかりました」

「だけど、服はセシルと一緒に使って欲しいんだ。次の町で二人の服を買うつもりだから、少なくともそれまでは」

「えっ!? い、いえ。お世話になっている訳ですし、そんな服まで買ってもらわなくても……」

「いやいや、女の子は清潔にしたいものでしょ? いや、もちろん俺も清潔にしているつもりだし、毎日着替えと洗濯をしているけどさ……って忘れてた! アーニャ、洗濯ってしてないよね?」

「いえ、大丈夫ですよ。脱衣所に置いてあった服は、全て洗濯機に入れて動かしておきましたので」

「流石だね。ありがとう。……あと、俺とセシルが一緒に寝るのは、いろいろと訳ありなんだ……」


 セシルを俺の部屋で待たせ、芽衣の部屋をアーニャにあてがったついでに、俺とセシルが一緒に寝る事になった理由を簡単に説明しておいた。

 とはいえ、全て俺の推測に過ぎないし、あまりプライベートな事を言いふらす物でも無いだろうと思って、ごくごく簡単にだけど。


「……私がお二人に何かを言う立場ではないですけど、セシルさんを泣かせるような事はやめてあげた方が良いかと……」

「だから、そういうのじゃないってば」


 ……経緯の説明を簡単にし過ぎたからだろうか。

 俺の意図が全て伝わって居ないけど、あまりセシルを待たせ過ぎるのもどうかと思って、一先ず自分の部屋へと戻る。

 するとセシルがベッドに入ってラノベを読んで居て……もう少しアーニャへ丁寧に説明しても良かったかもしれないと思った所で、


「あ、お兄さん。もう猫のお姉さんに説明は終わった? じゃあ、早く寝ようよー」


 俺に気付いたセシルが本を閉じた。

 どハマりしているラノベよりも睡眠を優先するのなら、早く寝た方が良いか。

 部屋の照明を消してセシルの横へそっと入ると、


「じゃあ、おやすみ」

「うん。おやすみ、お兄さん」


 俺も今までずっと忘れていた、優しい温もりに触れながら眠りに就く。


……


 翌朝。

 セシルと同じベッドで寝たけれど、当然何事も無く起床したのだが、何故か身体が重い。

 まるで身体の上に何かが乗っているような……乗ってたよ。

 掛け布団を剥がすと、俺の胸に顔を埋めるようにしてセシルが眠っている。

 一応、言い訳をしておくが、寝るときはちゃんと横並びで眠っていたんだ。


 それなのに……どうしてこうなった。


 ま、まぁでも、セシルに女の子らしい膨らみは無いし、この状況から俺が変な気持ちになる事はないから、これ以上は何も起こらないけどね。


――コンコン


「おはようございます。朝ごはんの支度が出来たので、そろそろ起きて……」


 突然扉がノックされ、アーニャが部屋に入った来たかと思うと、ベッドに目をやった途端に固まる。


「違う! 違うんだっ! これは、決して変な意味は無いんだっ! セシル、セシルッ! 起きて! 起きてフォローしてっ!」


 俺を見つめるアーニャのジト目に耐え切れず、セシルを起こそうと身体を揺すると、


「……ん、んん……お兄さん。激しいよぉ」

「いや、どんな夢を見ているんだよっ! というか、間が悪すぎるよっ!」


 とんでもないタイミングで出た寝言により、ますます気まずい雰囲気になってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る