第13話 胸を触るのは医療行為

 苦しむ少女の口に小ビンをあてがい、作ったばかりのクリア・ポーション(A)を飲ませる。

 すると苦しそうだった表情がゆっくりと穏やかになっていく。


「診察」


『診察Lv1

 状態:病み上がり』


 再び聴診器を使って診察を行うと、「七日呪い」から「病み上がり」に変わっているので、おそらく解呪されたのだろう。


「お兄さん。この子、もう大丈夫なの?」

「うん。大丈夫なはずだよ」

「そっか、良かった。……って、お兄さん。その『診察』ってなぁに? お兄さんは薬師じゃなかったの?」

「え? なんて言うか、どんな薬が必要なのかを、多少調べる事も出来るんだ」

「そうなんだ。じゃあ、お医者さんなんだね! 凄い!」


 凄いけど、実際はなんちゃってスキルだけどね。

 何と言ってもスキル名がお医者さんごっこだし。


「……ん。……あ、あれ?」

「あ、気付いた? もう苦しく無い?」

「え、えぇ。貴方たちが助けてくれたの?」

「一応ね。随分と苦しそうだったけど、どうしたの?」

「……それが、私にも全然分からなくて」


 改めて見てみると、セシルよりも少しだけ年上に見える十三歳か十四歳くらいの小柄で可愛らしい少女だ。

 特に注目してしまうのが、茶色い髪の毛の中から生える猫の耳――猫耳だ。

 いかにもファンタジーって感じで、思わずモフモフしたくなる。


「……どうしたの?」

「いや、何でも無いんだ。それより、その耳……もしかして、どこか遠い国から来たの?」

「え? ちょ、ちょっと待ってください。ここは何ていう地名なんですか?」

「ここの地名? えーっと……セシル、分かる?」


 良く考えたら、俺この国の国名すら知らないや。

 転移直後に、もっといろいろと聞いておくべきだったな。


「お姉さん。ここはシュヴィーツァ国のモラト村だよ。それで、ここはお兄さんのお家の中」

「シュヴィーツァ国? き、聞いた事が無い国です。……この地方では、私のような獣人族――猫耳族っていうんですけど――は少ないんですか?」

「うーん。少なくともボクは聞いた事がないよ。この国の遥か東に行けば、獣人族が居るっていう事は教えて貰った事があるけど」

「そう……ですか」


 セシルの言葉で、猫耳の少女ががっくりと項垂れる。

 でも、そりゃそうだろう。俺だって、この世界へ来た直後はビックリしたし、全く知らない異世界へ来たって途方にくれてしまったし。


「……って、もしかして、誰かに召喚魔法で呼ばれたって事はない?」

「お、お兄さん。どうして召喚魔法なんて知っているの? あれは、北方教会の隠し玉なのに」

「え? いや、何となくそんな気がしたんだよ。セシルが大きな魔力がぶつかったって言っていたしさ。……というかセシルこそ、どうしてその隠し玉を知っているの?」

「あ! まぁそれは……秘密って事で」


 実はセシルが貴族の息子で、いろんな事を知っている様に、俺も召喚魔法で呼ばれた異世界の住人なんだよね。

 誤字で誤って呼び出されたんだけどさ。

 そんな事を考えていると、少女が何かを思い出したかのように口を開く。


「あ、ちょっと待って。そういえば家に居た時、凄く禍々しい魔力に包まれて、家族を引き裂いて呪いを……とかなんとかって言葉が聞こえたような気がする」

「え!? 家族!? 呪い!?」

「う、うん。もしかしたらだけど、私のお父さんが冒険者で、魔王の城へ挑む程の最前線で戦っているから、魔王の呪いが家族である私やお母さん、それから妹にも来たとか!?」

「……正直に言うと、君は最初凄く苦しんで居て、呪いが掛かって居たんだ。幸い、ポーションで解呪出来たんだけどさ」

「じゃあ、やっぱりあの言葉は家族全員に!? ……あの、助けてくれてありがとうございました。今は何もお礼が出来ませんけど、必ずお礼に来ますから」

「ちょ、ちょっと待って。まだ起き上がっちゃダメだよ。君はさっきまで物凄く苦しんで居たんだよ!?」

「でも、お母さんや妹を探さなきゃ。私と同じように、全然違う場所へ運ばれて、困っているかもしれない。だから……」


 少女が立ち上がろうとして、ふらついたので、すぐさまベッドへ寝かせる。

 さっき診察した時も、病み上がりになっていたし、無理はしない方が良いに決まっている。


「……お姉さん。厳しい事をいうけど、家族を探すって、どこに居るのかは分かっているの?」

「わ、分からないけど、絶対に探してみせるんだからっ!」

「どうやって?」

「――ッ! で、でも家族なんだもんっ! 絶対、絶対、絶対に再会するのっ!」

「……家族かぁ」


 泣きそうになりながらも、歯を食いしばって耐える少女を看て、セシルが困惑している。

 猫耳少女が持つ家族愛に戸惑っているのは、セシルに家族の愛情が足りていないからだろうか。


「……よし。お嬢ちゃん、名前は?」

「わ、私? アーニャ。アーニャ=スヴォロフだけど?」

「アーニャ。俺は旅の薬師だ。特に行くあても無く、世界中を旅して回っている。これからも、いろんな場所を巡るつもりだから、もしかしたら旅先でアーニャの家族の情報が得られるかもしれない。そこでだ、アーニャ。俺たちと一緒に来ないか?」

「え? それって……私の家族を一緒に探してくれるっていう事?」

「あぁ。もしも手掛かりとなる情報が得られたら、すぐにそこへ言っても構わない。なんせ元々の目的は観光だからな。セシルも別に構わないだろ?」


 複雑な表情を浮かべるセシルに話を振ると、


「……うん。ボクだって特に目的がある訳じゃないしね。お兄さんがそうするって決めたのなら、異論はないよ」


 俺の意見を肯定してくれた。


「お兄さん! ありがとうっ! 本当は、全く知らない場所で、何をして良いかも分からなかったの! 家事でも何でもするから、これからよろしくお願いしますっ!」


 そう言ってアーニャが上半身を起こして、深く頭を下げたのだが、


「こちらこそ、よろしく。俺はサイトウ=リュージで、こっちが……うわぁっ!」

「え? ……えぇぇぇっ!? ど、どうしてっ!?」


 アーニャのワンピースがズレ落ち、小さな膨らみが露わになる。


「あ、さっき脱がしたままだったから……」

「え? 脱がした?」

「違う! 違うんだっ! 医療行為だから! 診察するためには胸に触れないといけないから!」

「わ、私が寝ている間に胸を触ったの!?」

「違うんだぁぁぁっ!」


 一先ず猫耳少女アーニャと一緒に旅をする事になったものの、ちょっと微妙な空気になってしまったのだった。

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