第9話 王道ラブコメ
「あ、お兄さん。この辺りに生えているのって、殆ど薬草だよー」
「マジで!? 分かった。取り過ぎない程度に摘むよ」
セシルに教えて貰いながら、紫色の花とか、ちょっと変わった形の草だとかを、適度に残しながら薬草を摘む。
少し疲れてきたので、丘の上にあった石に腰かけ、何気なく村を眺めてみた。
「へぇー。村にある家の屋根が赤色で統一されているんだ。あ、煙突もある」
眼下に沢山並ぶ家は、バラバラに点在していて整列している訳ではないし、大きさや形だってバラバラだけど、どういう訳か屋根の色だけは赤色で統一されている。
何か意味があるのかもしれないし、単に屋根に使われる材料が同じだけなのかもしれないが、日本ではまず見られない風景だ。
「お兄さんは、こういうのが好きなの?」
「まぁね。俺の生まれ故郷では家の大きさも、形も色も、みんなバラバラだったからね。こういう独特な風景を見ているのは面白いよ」
「そっかー。じゃあ、ボクのお気に入りの場所へ連れて行ってあげるよ。お兄さんなら、好きだって言ってくれそうだしね」
暫く丘の上から見たモラト村の風景を楽しんだ後、城魔法で召喚した実家へ薬草を投げ込み、セシルと一緒に一度村へと戻る。
というのも、「きれいな場所も良いけど、先ずはご飯が先かな」と、俺を誘ったセシルが空腹を訴えたからなのだが。
露店で昼食を済ませ、ついでにある程度の量の食材を買って、一度村の外へ。
「サモン」
実家を呼び出し、先ずは買った食材を冷蔵庫にしまっていき、続いて投げ込んで居た薬草を調剤室へと運ぶ。
様々な種類の薬草を摘んだので、本来ならばきっちり仕分けまでやるべきなのだろうが、一先ず俺がはっきりと名前を覚えているアルニカルだけに止め、そのほかは調剤室の隅へ積み上げるだけにしておいた。
城魔法を使えば手ぶらで旅が出来るし、宿も不要だし、どこかへ移動している途中でも野宿をしなくても良い。
はっきり言って凄く役立つスキルなのだが、やはり荷物の仕分けや整理というのが面倒だ。
特に薬草は種類も多いし、間違えたらダメだろうし、確認などを含めて手間と時間がかかる。
これは、早々に何か改善策を考えなければと思いつつ、セシルの元へと戻ると、
「お待たせ。セシル……って、寝てるっ!? そんなに時間が掛かったっけ!?」
一階にあるクリニックのベッドでセシルが小さな寝息を立てて眠っていた。
初めて会った時も、林の中で寝ていたけれど、眠くなったらいつでもどこでも寝てしまうのか?
流石にそれはどうなのかと思いつつ、すぐに起こすのも可哀そうなので、先に夕食の仕込みだけ済ませる事にした。
「コンロは魔力の流し方が分からないからセシルが起きてからにするとして、炊飯器はそのまま使えそうだから、先ず米は炊いておこう」
今居るモラト村が田舎だからなのか、米みたいな物が普通に買えてしまった。
この世界では麦が主食ではあるのだが、その種類が日本とは違い、米みたいに炊いて食べる麦もあると教えてもらった。
……味や食感は米とは違うかもしれないから、食べられない程だった場合の保険として普通のパンも買ってきたから、最悪の場合はそっちを食べるけど。
それから俺が作れるレベルの料理って事で、野菜炒めかな。
一先ず野菜と、肉も少し切っておいて、後は焼くだけの状態にして、冷蔵庫へ。
よし、夕食の準備終わり。
「おーい、セシル。そろそろ起きてくれー」
「んー……あー、お兄さん。準備は終わったのー?」
一階に戻ってセシルを起こすと、まだ眠そうなセシルが目を擦りながら起きてきた。
しかし改めて見てみると、やっぱりセシルは細い。昼食も遠慮したのか、少ししか食べていなかったし。
収入が不安定な旅だし、ある意味居候みたいな状態だから遠慮しているのかもしれないけれど、育ち盛りの年頃なのだから、しっかり食べないと。
……よし。後で肉をもっと足しておこう。
「俺の方は終わったから、セシルの言うお気に入りの場所へ連れて行ってよ」
「うん。じゃあ、行こっか」
実家から出て扉を閉めると、いつもの様に光と共に実家が消える。
それから再び村へ入るのかと思いきや、セシルがそのまま林の中へと進んで行き、時々薬草を摘みながら獣道を二十程歩くと、
「お兄さん。着いたよー。どう、かな?」
「おぉー、凄い! 幻想の世界へ来たみたいだ!」
木々に囲まれた綺麗な湖が現れた。
人工物が一切無く、湖の周りには花が咲き乱れて、周囲を蝶々が舞う。
「凄いな。こんなに綺麗な湖は初めて見たよ」
「ふふっ。お兄さんが気に入ってくれて、良かったよ。ここは静かだし、良く来るんだ」
暫く湖の周りを散策し、幻想的な風景を楽しんだ後、せっかくだから今日は湖の近くで寝ようという話になった。
とはいえ、こんな綺麗な場所に実家を出して、せっかくの雰囲気を壊すのは嫌だったので少し林の中へ入っているけど、三階にある俺の部屋から湖は十分見える。
実家の窓から、木々の隙間から見える綺麗な湖が見えるなんて、めちゃくちゃ贅沢かもしれない。
今日買った飲み物を片手に、窓から外を眺めていると、
「お、お兄さん! こ、これは? これは何!?」
セシルが俺の部屋にあった大量のラノベや漫画を見つけて驚いている。
しまった。この世界では本って珍しいのかもしれない。
「えーっと、なんて言うか、俺の国で売っている本なんだけど……」
「うん。本は分かるんだけど、古典から最近の物まで、売られている本は殆ど読んだはずなのに、ここにある本は全く見た事が無いよっ!」
まぁだろうな。ラノベはまだしも、漫画なんて無いだろうし。
しかし、セシルが売られている本を殆ど読んでいるって事は、やっぱりそもそも本が少ないって事なんだな。
日本では売られている本を全て読むなんて、一生掛かっても無理だろうし。
「ねぇ、お兄さん。どれか読んでも良い?」
「あぁ、別に構わないよ。ちなみに、どんなのが好みなんだ? 冒険ものとか、ラブコメとか、ギャグとか」
「ラブコメ? ギャグ? ……ボクは男女の恋愛話が好き、かな」
「分かった。ただ俺はライトノベルや漫画ばかりで、純文学みたいなのは持ってないからな?」
セシルは全くピンと来ないみたいなので、一先ず俺がチョイスした王道の学園ラブコメ――ヒロインがツンデレのやつ――を渡しておいた。
「お兄さん! 本に女の子の絵が描いてある! しかも、めちゃくちゃ上手な絵だよっ!」
あー、うん。ラノベだからね。
流石に漫画は文化が違い過ぎるかもしれないので、ラノベの方が良いだろうと思ったのだけど、どうやら正解だったらしい。
表紙のイラストでこれなのだから、漫画だとカルチャーショックが大き過ぎるだろう。
セシルが黙々とラノベの世界へ入り込んでいったので、俺も再び異世界の景色を楽しむ事にした。
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