第6話 セシル=ルロワ

 一先ず青いマジック・ポーションを十個程作り、自室にあった布製の鞄に入れて、セシルと共にクリニックを出る。


「へぇー。こういう外観だったんだんだね。随分と珍しい造りだけど……って、消えた?」

「俺が外に出て扉を閉めると消えるんだ。で、広い場所さえあれば、いつでも呼び出せるんだ」

「なるほど、凄いね。これなら宿の心配は要らないね」


 セシルも俺と同じ感想を抱き、一先ず俺の朝食を得るため街へと向かう。


「そういえば、セシルはどうして林の中で寝ていたんだ?」

「どうして……って、ボクは草木に囲まれているのが好きなんだよ。だけど、お兄さんのベッド……あれは格別だね。あんなフカフカなベッドで寝た事無いよ」

「あはは、そ、そうか」


 まぁクリニックのベッドと言っても日本製だし、異世界のベッドに比べれば数段優れていると思う。

 ……この世界の標準的なベッドを知らないから、あくまで想像だけど。


「ところで、セシル。知って居たら教えて欲しいんだけど、ポーションを売るとしたら、どこが良いんだろう。やっぱり、その……ギルドだよね?」

「うん。それで良いじゃないかな? ボクも人間社会の事は詳しく無いけれど、作ったポーションを売るなら商人ギルドが良いと思うよ」

「だよね。じゃあ、朝食を済ませたら商人ギルドへ行こう」


 良かった。最初に召喚された時、冒険者ギルドの話は出て来たけど、他にどんなギルドがあるのか知らなかったし、この世界の常識も分からないからね。

 ……って、ちょっと待った。今さっき、セシルは変な事を言わなかったか? 人間社会がどうとかって。


「あ、あのさ。セシル……」

「あ、お兄さん。見てよ。あんな所にカモミーユの花が咲いているよ」

「カモミーユの花? ……あ、あぁ薬草だね」

「そうそう。バイタル・ポーションの材料だよ。これで、またお兄さんがポーションを沢山作れるでしょ。摘んで行こうよ」


 何とか、薬草の棚に書いてあった名前を思い出した所で、セシルが街道から逸れ、白い花畑へと入って行く。

 俺にとってはただの白い花だが、セシルが薬草だと断言する。

 この世界でカモミーユの花が有名なのか、それともセシルが薬草に詳しいのかは分からないけれど、材料を使い切ったらポーションを作って売るという商売も出来なくなるので、一先ず俺も一緒に薬草摘みを始める。

 そして二十五メートルプール程の広さの花畑の内、約二割程摘んだ所でセシルが作業を終えた。


「お兄さん。十分摘んだし、そろそろ止めておこうよ」

「でも、俺はまだ疲れてないから、もう少し摘んでおくよ」

「ううん。そういう意味じゃないんだ。あんまり摘み過ぎてもカモミーユが可哀そうだし、来年咲かなくなったら困るしね」

「あー、なるほど。そういう事か」


 確かにセシルの言う通り、花が散って種にならなければ、来年はここから花畑が消えてしまう。

 しかし、俺とセシル、それぞれ両手にカモミーユの花束を持ったまま街へ入るのもどうかと思うので、城魔法でクリニックを呼び出すと、


「セシル。とりあえず花束を家の中に」


 クリニックの中へ二人で花束を入れ、扉を閉める。

 宿代わりになる良いスキルなんだけど、荷物の出し入れだけ簡単に出来るとか、もう少し融通が効くと良いのだが。

 少しそんな事を思いながら街へ入り、適当な露店で朝食を済ませた後、店主に道を聞いて商人ギルドへとやって来た。

 入ると同時に綺麗な女性が要件を聞いて来たので、アイテムの買い取りだと伝えると、異世界で――というか、俺が読んでいたラノベで定番の言葉が返って来る。


「畏まりました。ギルドカードはお持ちですか?」

「いえ、持って居ません」

「そうですか。申し訳ないのですが、ギルドカードが無いとお取引は出来ないんです」

「あの、では作ってもらいたいんですけど」

「はぁ……では、どなたかの御紹介状はございますか?」


 紹介状!? 何それ、どういう事!?

 そこは、この場ですぐギルドカードを発行して、すぐに取引開始じゃないの!?

 せいぜい発行手数料が必要だとか、年会費や税金が要るっていうくらいだと思っていたのに。


「すみません。紹介状は無いです」

「なるほど。では申し訳ないのですが、お客様とはお取引が出来ないんです。どなたか、信頼の出来る方――例えばCランク以上の商人からの紹介状が無いと、ギルドカードが発行出来ない決まりでして」


 マジかよ。どうして一見さんお断りのハードモードなんだっ!

 異世界へ来たばかりの俺に人脈なんて皆無だよ!?

 強いて言うなら、俺を紹介した教会のオッサンたちくらいだろうか。

 けど、手切れ金みたいな形で金貨を貰っているし、今更手を貸してくれないだろうな。

 ポーションを作って売りながら、異世界を観光して回るという計画が、最初の第一歩で躓いてしまったと諦め掛けた時、俺の後ろに居たセシルが前に出る。


「お姉さん。この人はボクが保証するよ。それなら良いでしょ?」

「え……あっ! セ、セシル=ルロワ様っ! 失礼いたしました。ルロワ様のお連れ様だったのですね。今すぐ、ギルドカードを発行させていただきます」


 セシルが口を開いた途端、女性の態度が一変し、突然個室へと招かれてしまった。

 見た目は普通の少年なのだが、セシルは一体何者なのだろうか。

 そんな事を考えながら呆気にとられていると、


「ふふっ。ボクはちょっと有名だって言ったでしょ。とりあえず、この辺りの国ではボクの顔が効くから、自由に行動出来ると思うよー」


 俺の思考を読んだかのように、セシルがクスクスと笑っていた。

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