第4話 お医者さんごっこ

「お、おい。君、大丈夫か?」


 林の中で倒れていた、耳が隠れる長さの金髪で、童顔の少年に声を掛けてみるが、反応は無い。

 どうしてこんな場所に子供が!?

 このままだと、俺もこの子も魔物に襲われかねない。


「サモン」


 とにかく安全な場所へ運ばなければと、城魔法で実家を呼び出すと、一階のクリニックへ少年を運ぶ。

 しかしこの少年、見たところ小学校の高学年といった所だが、随分と軽い。筋肉が少なく痩せているのだが、孤児なのだろうか。

 奥にあるベッドへ少年を寝かすと、クリニックのガラス戸をしっかり閉め、シャッターを降ろすボタンを……良かった、動いた。


「君、大丈夫かい? 君?」


 ダメだ。意識が無い。

 こういう時、どうすれば良いのだろうか。

 せっかく医療器具や薬があるというのに、俺が医療の知識を持たないが為に、何をすれば良いかが分からない。

 一先ず、何か薬が無いかと、いつも母さんが居た調剤室へ入ってみる。

 本来ならば、俺にとっては意味不明な薬のビンが並ぶ場所なのだが、


「何これ? 草ばっかりなんだけど!」


 無数に薬が置いてあった場所に、緑色の草とか、赤い花とか、謎の樹の実などがある。

 これも異世界に置き換えられた結果なのだろうか。

 棚に貼られた説明用のラベルをザッと眺めてみる。


「カモミーユの花にアクアティアメンタ……なんだよ、それ。次は……バイタル・ポーション(F)? Fっていうのが何か分からないけど、とりあえず異世界の回復アイテムと言ったらポーションだろ」


 バイタル・ポーション(F)とラベルが貼られた小瓶に、白濁色の液体が入っているのだが、流石にこれで牛乳でした……なんて事はないだろう。

 どれくらいの分量が正解なのかは分からないけれど、眠る少年の口にそっと白濁色の液を流し込んでみる。


「ん……」


 気が付いたか? と思ったが、口に入れた液を全て飲み干したものの、先程と変わらず意識が戻らない。

 どうしよう。ポーションの量が少ないのか? それとも、そもそもこのポーションではダメなのか?

 別の方法が無いかとクリニック内を見渡し、ふと視界に映った物で視線が止まる。


「聴診器……さっきのポーションみたいに、これも異世界化されていたら……試してみよう」


 目の前の少年を助ける事が出来るのであれば、何でもやってやろうと、今まで触った事もない聴診器を耳に付け、少年の服を胸の上まで上げる。

 胸に聴診器を当てると、


――スキルの修得条件を満たしましたので、お医者さんごっこ「診察」が使用可能になりました――


 城魔法を修得した時と同じ声が脳内に響いた。……響いたのだが、


「お医者さんごっこっていうスキル名は何だよっ! いや、確かに俺の知識はごっこレベルだけどさ!」


 このスキル名は何とかならないのだろうか。

 とりあえず、少年の胸に聴診器を付けたまま、『診察』と呟くと、俺が召喚された直後のように銀色の枠が現れた。


『診察Lv1

 状態:健康、睡眠状態』


 前は俺の名前や保有スキルまで表示されていたけれど、Lv1とあるように、俺のスキルが未熟だから健康状態しか分からないのだろう。

 だが、今はそれで十分だ。

 診察スキルによると、この少年は健康で、ただ寝ているだけらしい。


「何だよ。寝てただけか……って、凄い場所で寝るんだな」


 何にせよ、少年が無事で良かった。

 今まで何とかしなければと気を張っていたせいか、無事だと分かった瞬間、一気に眠気が襲ってくる。

 少年の服を元に戻して、俺も隣にあるベッドで寝る事にした。


……


 翌朝。

 寝起きに見慣れたクリニックが視界に映り、一瞬異世界に転移した夢を見ていたのか? と思った所で、


「起きた? おはよう。ところで、お兄さんは誰で、ここはどこなの?」


 昨日助けた少年が、隣のベッドから俺を見つめている。

 やっぱり昨日の事は夢ではなくて、そして俺は異世界に召喚されたんだ。


「ふわぁー。おはよう。俺は斉藤竜司。で、ここは斉藤クリニック。昨日、林の中で君が倒れていたから、保護したんだ」

「保護かぁ……ふふっ。なるほど。もしかして、お兄さんはボクの事を知らない?」

「ん? あぁ、すまんな。俺は旅人だからな。世間には疎いんだ」


 もしかして、この少年は有名な悪ガキなのだろうか。

 実は指名手配されていて、逃げていたとか? それなら、あんな林の中で眠っていたというのも、分からなくはない。


「あはは。別にボクは犯罪者とかじゃないよ。ただ、ちょっと有名なんだけど……まぁ知らないならいいよ。それよりさ、この家って何なの? 見た事が無い物ばかりなんだけど」

「えっ? まぁ何と言うか、スキル的な……」

「へぇー、凄いんだねー。ねぇねぇ、お兄さんは旅人だって言っていたけど、どこへ向かっているの?」

「いや、特に目的地は無いんだ。この世界を見て回りたいっていうだけでさ」

「何それ、カッコイイ! じゃあ、ボクもついて行って良い? ボクも世界を見て回りたいと思っていた所なんだー。それに、一宿一飯の恩は返さないといけないしねー」


 ついて来る……って、本気なのか!?

 寝る場所だけは保証出来るが、収入も無いから、この先資金が尽きたら食事も出来ないのだが。


「って、一宿一飯の恩? 宿はともかく、食事なんて……まさか」

「あれ? このパンって、ボクの為に置いておいてくれたんじゃないの?」


 見れば、朝食にと買っておいたパンの紙袋が綺麗に折り畳まれている。

 そういえば、昨日少年を助けようと必死で、買ったパンを少年のベッドに放置していたかもしれない。


「はぁ、仕方ないか。……えっと、君の名は?」

「ボク? ボクはセシルって言うんだ。よろしくね、お兄さん」


 異世界生活二日目にして、二十歳近く年下の少年と旅を共にする事になってしまった。

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