第3話 実家IN異世界

 半日近く馬車に座り、ようやくモラト村へ到着した。

 だが降りたのは俺だけで、他の乗客は更に遠くへ行くらしい。

 最初に召喚された城下町と比べると、明らかに人が少ないし、リクエスト通りの田舎なのだろう。

 だが観光の前に、馬車の中で修得条件を満たしたと言う、城魔法を使ってみたい。

 石壁に囲まれた村を出ると、人気の無い林の中へと進んで行く。


「ここなら誰も来ないよね。じゃあ、早速やってみますか。城魔法『サモン』!」


 少し開けた場所で、前方に掌を向けてサモンと叫ぶと、目の前が真っ白に光り輝く。

 一瞬で光が収まったので目を開けると、視界に見慣れた建物が映る。


「……って、これ……実家じゃねーか」


 斉藤クリニックと描かれた看板に、白い塀。横に回ると植え込みがあって、表札が付いた住居用の扉があった。

 いや、マジでそのまんま実家なんだけど。

 余りにも見慣れ過ぎた建物なので、躊躇なく中へ入ってみる。

 玄関もリビングも、俺の部屋も、ほぼそのままだ。

 ただ、どういう訳か、一部の家電製品が無くなって居たり、形が変わっていたりするが。


「冷蔵庫やコンロなんかのキッチン周りはそのままなのに、何故かリビングのテレビとパソコンが無くなってる……何でだ?」


 だけど、ソファやエアコンなんかは、そのままなんだよね。よくみると、電子レンジもなくなっていたけど。

 一方、三階にある俺の部屋はというと、


「あぁっ! ゲーム類が全く無い! あのRPG、めちゃくちゃやり込んだのに!」


 テレビに接続するタイプや携帯ゲーム機、それらに関する攻略本まで、どういう訳か綺麗に消えてしまっていた。


「でも、漫画やラノベはほぼ全て残っているんだよなー。一体、どうなってんだ?」


 ゲームが無くなったのは悲しいが、大量に集めた漫画やラノベが無くなって居ないのは助かった。

 他に残った箇所は……と、一階へ降りてみると、クリニックも概ねそのままだ。

 とはいえ、クリニックにあるものは、元々何が何だか俺には分からないけどさ。

 ……そういえば、父さんがこの家とクリニックの事を自分の城だって呼んでいたけど、城魔法って実家を異世界へ呼び出すスキルなのだろうか。


「まぁいいや。とりあえず、これで寝る場所には困らないって事が分かったし、慣れた実家で寝泊まりしながら異世界を観光出来るなんて最高じゃないか」


 そう言って、喉がカラカラな事に気付く。

 考えてみたら、半日近く飲まず食わずだったんだよな。

 異世界だけど、冷蔵庫があるんだ。中身も大丈夫だろうと軽い気持ちで冷蔵庫の扉を開け、


「……え? ビン? ペットボトルが無いけど……母さんが突然エコに目覚めた? いや、そんな事は無いと思うんだけど」


 いつも必ず二リットルの水が入っている場所に、透明な液体が入ったガラスビンが置かれて居た。

 冷凍食品は!? と思って冷凍庫を開けると、凍った肉の塊だけが入っている。

 いつも冷凍のうどんが絶対にストックされてたよね!? あと真衣ちゃんのお弁当用にって、自然解凍で食べられるおかずとかも必ずあったよね!?

 よくよく見てみると、所々冷蔵庫のデザインが微妙に違う。

 温度調整用のつまみがあったはずなのに、それも無いし、


「って、コンセントが無いっ! 何これ、どうやって動いてんの!?」


 冷蔵庫に絶対あるべき線、それが無かった。

 水道は? ……うん、普通に使える。

 おそるおそる手を伸ばして水道の水を飲んでみると……普通の水だ。

 じゃあ、コンロは?


「えー。ボタンが無いんだけど」


 火を点けるボタンも、火力を調整するレバーも無い。

 ガスコンロの火が出る所はそのままあるのに、どうやって使えば良いんだよ。

 他には何か変化が無いかと、細かく見て行くと、先ずエアコンや照明のリモコンが無い。

 ただ照明は、若干デザインの変わっている壁のスイッチで点ける事が出来たので、これはまぁ大丈夫だろう。

 トイレやお風呂は問題なし。

 意外な所で、食器棚から真衣ちゃんの使う割れない食器――プラスチック製の食器が木の食器に変わっている。


「プラスチック製の物が、木製やガラス製に置き換わっているのか?」


 後、リビングに置いていた、俺の財布はあるのにスマホは無い。

 どうやら、テレビやパソコン、スマホといった、情報を得る物も無いようだ。

 要は、この異世界に相応しくない物が消えていたり、別の物に置き換わっているらしい。


「って事は、この世界には冷蔵庫やエアコンなんかがあるって事なんだな……いや、それよりもとりあえず食事にするか。腹が減ったし」


 玄関から外へ出ると、背後が光っているようで、俺の影が伸び、振り返ると実家が消えて居た。


「なるほど。俺が家から出ると消えるのか」


 これなら空き巣などの被害も心配しなくて良さそうだ。

 日が落ち始めた中で、慌てて街へと戻り、美味しそうな匂いがした屋台で何かの串焼きを注文する。

 牛っぽいような鶏っぽいような、不思議で、だけど旨い肉で腹を満たした俺は、適当に露店を回って明日の朝食を買う。

 家でコンロが使えれば、いろいろと調理も出来るのだが、悲しい事に使い方が分からないので、サンドイッチみたいにパンで野菜や肉を挟んだ食べ物を買っておいた。

 すっかり日も落ち、暗くなってしまったので、急いで先程の林へ。

 流石に村の中で城魔法は良く無いかなと思ったのだが、月明かり頼みの林はちょっと怖い。

 よく考えたら、異世界の定番と言えば、魔物じゃないか。

 魔王を倒す旅に出るため俺を召喚したって言っていたし、当然魔物の類だって居てもおかしくない。

 明日は早めに夕食を済ませて、日が落ちる前に実家へ籠ろうと考えていると、


「……ん? 人? 子供……か!?」


 先程俺が城魔法を使った場所で、少年が倒れていた。

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