第2話 城魔法修得
「と、とりあえず、これは迷惑料って事で」
本来、呼び出した相手に渡すつもりだったのか、白魔法が使えないと分かった俺は、この世界の住人の年収相当だという数十枚の白い金貨を渡され、丁重に追い出されてしまった。
さて、これからどうしようか。
リビングに置いていた鞄や財布にスマホも無くて、手元にあるのは金貨と服と靴だけ。
実家でする事も無かったが、今度は違う意味で途方に暮れてしまう。
「いや、ここはポジティブに考えよう! きっとブラック企業で働き過ぎの俺に、旅行でもして休めという神様のお達しに違いないんだ!」
そうだ、そうに違いない。
就職していきなり東京に配属させられたけど、一年目の頃は休みの度にあちこちを観光していた。
いつからか、そんな余裕が無くなって、土日出勤が当たり前になったり、休みになっても家から出ずに一日中寝ていたりしたけれど、やっぱり俺は働き過ぎだったんだ。
都会を離れ、見知らぬ土地を見て回りながら、ゆっくりとスローライフを満喫する。
よし、これが俺の異世界生活だ!
周囲を見渡してみると、それなりに大きな街の中らしく、金髪の人たちが大勢行き来している。
少し歩くと広い道に露店が多数並び、店主が道行く人に大声で自分の商品を売り込んでいた。
行った事が無いからイメージでしかないが、ヨーロッパの街並とかがきっとこんな感じではないだろうか。
治安も悪く無さそうだし、どういう訳か言葉も分かる。時々、剣や鎧といった物が売られていたりするけれど、どうやらラノベやアニメで良く見るオーソドックスな異世界みたいだ。
「となれば、最初にやる事はアレだな」
ぷらぷらと街を散策し、目当ての店――服屋を見つけた。
今着ているシャツやズボンは、あまりにもこの世界の服装と合わず、目立ち過ぎるので適当な服と靴を見繕ってもらう。
代金が全部で金貨一枚だと言われ、白い金貨を渡すと、金貨が九枚返って来た。
ついでだからと、店主に硬貨の価値を聞いてみると、俺が貰った白い金貨――白金貨は一枚で十万円くらいの価値らしい。
次いで金貨が一万円、銀貨が千円、そして銅貨、鉄貨といった価値だと。
胸元の小袋に白金貨が三十枚程入っているので、三百万円くらい貰ったという事になる。
「そうだ……すみません。この街から離れて田舎に行きたいんですが、どこへ行ったら良いですかね?」
「乗合馬車なら、店を出て通りを真っ直ぐ右に行けば停留所がありますが」
「なるほど。ありがとうございます」
硬貨の価値だとか、街を出る方法だとか、随分と変な事を聞いたと思うのだが、そこは露店ではなく店舗を構える店主といった所か。
少し不思議そうな表情を浮かべていたものの、詮索する事無く丁寧に教えてくれた。
それから言われた通りに道を歩いて行くと、馬車が何台もあるバスターミナルみたいな場所へと辿り着く。
「すみません。田舎に行きたいんですけど、どれに乗れば良いですかね?」
奥にチケット売り場みたいな小屋があったので、そこに居るお姉さんに尋ねてみた。
「田舎……ですか? 地名とかは分かりませんか?」
「えっと、旅の者でして……あ、治安が良くて、比較的のどかな所が良いです」
「なるほど、旅人さんですか。黒髪の方は珍しいですもんね。仰られる条件ですとジェニス村がピッタリなんですが、ちょっと遠いんですよね」
「遠いって、どれくらいですか?」
「そうですねー。物凄く順調に進んだとして、十日くらい掛かりそうですね。しかも、ここから直通の馬車も有りませんし」
「十日は流石に遠いかな」
別にやる事がないので行っても良いのだが、十日間も馬車に揺られるだけというのは辛そうだ。
「でしたら……モラト村などはいかがでしょうか。ジェニス村程ではありませんが、のどかで綺麗な所です。あと、ここから半日で着きます」
「じゃあ、そこでお願いします」
「分かりました。モラト村までは銀貨一枚となります。あちらの、五番の馬車へ乗ってください」
指示された馬車へ乗りこむと、御者のオジサンから運が良いと言われた。
どうやら俺が最後の乗客らしく、席が一杯になったからようやく出発するそうだ。
日本のバスをイメージしていたけれど、定刻になったら出発するのではなく、席が埋まったら出発するのか。
ジェニス村って所に行くのは、かなり後になりそうだな。
一先ず、もう残業も無ければ、上司と部下から板挟みにされる事もない。まったりと異世界の旅を楽しもう。
コトコトと揺れる馬車の座席から、ぼーっと外を眺めていると、離れて行く街の奥に大きな城が見えた。
気付いてなかったけど、さっきの街って城下町だったのか。
そう思った直後、
――スキルの修得条件を満たしましたので、城魔法「サモン」が使用可能になりました――
聞いた事のない声が頭に響く。
「えっ!?」
「ん? お兄さん。どうかしたのかい? 気分が悪いなら、外を見ていると良いよ」
思わず声が出てしまい、隣に座っていたオバさんが気を使って席を変わってくれた。
というか今の声って、異世界ものによくある神様の声とか、システムメッセージとかっていう、アレなのか!?
城魔法「サモン」って、何だろう。
使用可能になったって言っているから、物凄く使ってみたい。
だけど、この世界で城魔法というスキルの価値が分からないし、そもそもどんなスキルなのかも分からない。
流石に今使う訳にも行かないし、我慢するしかないだろう。
一人、そわそわしていると、
「お兄さん。どうしたんだい? まだ気分が良くならないのかい?」
再びオバさんが声を掛けてきた。
「いえ、そういう訳ではないんですけど……すみません。ちょっと教えて欲しいんですけど、オバ……お姉さんは、魔法って何か使えますか?」
「私? まさか。白魔法は教会が、黒魔法は魔法学院が門外不出にしているからね。気分が悪いのは可哀そうだけど、回復魔法を掛けて欲しいのなら、どこかの教会まで我慢しないとね」
なるほど。魔法を使えるのは一部の人だけだって事か。
とりあえず、城魔法の事は黙っておこう。
俺は異世界の風景を見ながら気持ちを落ち着かせ、ひたすら村へ到着するのを待つ事にした。
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