弐:放棄領域「アバンドン・エリア」・Ⅱ

『こちら索敵担当ウォッチャーです。周辺に敵性反応なし。件のMFモビルフレームの反応にも動きはありません。安全に任務を開始出来ます』

 出撃準備を完了したクロエ達の耳に、先程の少年と似た声を持った、しかし、先の少年とは別の役割を負っている少年から、報告が上げられた。

「りょーかい。こちらが出たあと、輸送車両と君たちは完全隠蔽コンシールモードを使用して、予定地点で待機。別の指示があるまで、情報の収集と整理に専念しといて」

『分かりました』

 クロエは声に応えながらも、MFの脚部を操作して、機体を輸送車両から降ろしていく。それに伴い、金属特有の軋みと、重さによる着地の音が周囲に僅かに流れた。

『機体の正常な着地を確認。お気を付けて。クロエ様、ゼラ様』

「お互いに。ウォッチャー」

「ありがと。ウォッチャー君。それじゃあ行ってくるよ」

 二人はそれぞれに言葉を返すと、それぞれの担う役割に準じて機体の操縦を開始した。


 機体の脚部や背部に装備された推進装置が、クロエの操作に合わせて次々に露出していく。そして、側面にある排気口から暖機された空気が排出され、次々と火が入っていく。

 赤い炎。次いで青い炎に変わったそれは、空気を燃やすような音と共に推進力を発生させ、機体を前へと押し出そうとしていく。

 その直後。機体が軽く姿勢を低くしたかと思うと、脚部を浮かせてホバークラフトのごとく滑走し始めた。そうしてそのまま、輸送車両の前から姿を消していく。


「推進装置、問題なく機能中。ホバー走行にも問題なし。四脚型の利点ですね。姿勢制御が容易で助かります」

 快速を維持しながら突き進む機体の様子に、ゼラが無感動そうに感想を述べる。

「そうだね。歩く時とか、走る時とかの、普段通りの動きをするには慣れが必要だけど、一回慣れちゃえば安定して動けるようになるから、私も楽でいいよ」

 自分の視界に映っている、センサーを介して投影された景色が流れていく様を見ながら、クロエは微笑みを浮かべた。その手足は、アスリートが体のバランスをとる時と同じように動いており、それは機体全体の動きにも反映されているように思われた。

 その声を聴いていたゼラは、一言「ふむ」と口にする。

「クロエの運動神経の良さを考えれば、これは当然の結果と言えます。ところで、どこに陣取りますか?」

「陣取る場所かぁ……。どうしようかな? さっきのウォッチャー君が見つけたMF反応は、どこら辺にあるんだっけ?」

「それは、ここですね」

 クロエの疑問に対し、ゼラが素早く情報を反映していく。


 数秒後。二人の視界に表示されている戦域図に、白と青の光点が一つずつと、幾つか紫色の光点が表示された。白は自分の位置を、青は友軍勢力の位置を表し、そして紫は所属不明機が居る場所を表している。


「相手さん、かなり離れた位置に居るね。なら、狙撃用モードで見える場所が良いから。少し進んだ場所にある、小高い丘に身を潜めようか」

 クロエは、戦域図の情報に目を走らせ、狙撃手として自分が有利に動くことの出来る場所の目星を立てる。そのうえで、目指すべき地点に旗型の印をピン刺しで表示した。

「具体的に言うと、ここね。今回の目的は調査だし、交戦距離云々は無視しよう」

「了解。確かにここならば、遠距離砲撃用のセンサーアイで、大きなMF反応の確認が取れますね。その周辺に偵察用ポッドを飛ばしましょうか」

 示された地点の周辺についての情報を取得するため、ゼラが偵察用ポッドの射出装置を操作。程なく四基のポッドが射出され、目的地へと向かっていった。

「写真撮影はどうしますか?」

「準備だけはしておいて。いつでも撮れるように。撮影のタイミングは任せるから」

「了解」

 会話の最中にも、ゼラが仮想キーボードを打つ音は聞こえ続け、計器に表示されている武装情報や、戦域図が更新されていく。

 そこから程なくして、先程射出したポッドから、情報が送信されたことを報せる表示が、ゼラの視界に出現した。

「来ました。ポッドの情報によれば、周辺に敵影も、他の機影も無し。今のままで問題なく待機出来ますね」

「オッケー。なら、到着次第、調査を始めようか」

 クロエは、やり取りした情報の表示を横に除けると、手に持っている機関砲を背部に備え付けてあるハンガーラックへと戻した。同時に、背部に格納してあるスナイパーキャノンを起動。折り畳まれていた砲身を展開する。

「これで良しっと。これで直ぐに望遠に入れるよ」

「了解。こちらも撮影の準備を始めます」

「よろしく」

 そうして、二人は自分の役割を遂行しながら、目的地に到着。本格的に任務へと入っていくのだった。


 その場所で、まず二人が目にしたのは奇妙な外観を持つMFだった。

 そのMFは、形態としては、上半身が人型で下半身が馬と言う半人半獣型で、しかし、外部装甲や装備している武装の趣は、気品のある上級騎士とでも言うべき雰囲気を誇示しているようだった。

「まるで、王侯貴族の風格を持った重MFですね」

「そうだね。甲冑を纏ったケンタウルスを見ている気分だよ」

 二人は、そのMFが見せている雰囲気を味わうように観察していたが、直ぐにその異常に気が付く。

「それにしてもさ。あの機体の装甲も武装も初期型のそれにしか見えないのに、綺麗過ぎない?」

「確かにそうですね。この場所に遺された機体にしては……。いえ、そもそも。あの機体を操縦しているのは何者でしょう? 初期型MFの操縦が行えるフレームライダーは、もう存在しないはずですが。まさか無人制御?」

「待って待ってー? それってつまり。この場所には、表沙汰に出来ない秘匿情報が眠っている可能性があるってこと?」

 心の底から面倒臭そうな表情を浮かべながら、クロエは望遠を続ける。

「画像処理……」

 その間、ゼラは忙しなく仮想キーボードを打ち続けており、カメラで撮影した画像データの全てに、機密保持のための処理を施している。

 すると、その時。

「うん……? うんっ!?」

 突然、クロエが素っ頓狂な声を上げた。

「どうかしましたか? クロエ」

「何だかさ。他のMF反応が、大きなMFの周囲に集まり始めてるんだけど……。その動きが寸分の狂いも無く統率されてるの。これ、おかしいよね?」

「ふむ……?」

 その声に反応したゼラが、自分の視界に投影されている戦域図表示を確認していく。

 すると確かに、大きなMFの反応に向けて他の四つの反応が集合している様子が映っていたが、その動きは、まるで最初からそう動くよう仕組まれていたかのように、美しく整っていた。

「ねえ、ゼラ」「クロエ」

 そして、ほぼ同時に互いが互いの名前を呼ぶ。

「……そちらから、クロエ」

「うん、ありがと。まずはこれを見て。そっちの視界に映像を送るから」

 クロエがそう言うと、ゼラの視界に別のウィンドウが開いて、録画の映像が再生された。

「これは、群?」

 その映像を見たゼラが、そのような感想を漏らした。

 そこには、最初のケンタウルス型のMFと似たような趣の装備を施された、同じ型のMFが映っていた。唯一の違いは、そのMFには王侯貴族のような雰囲気が無いという点ぐらいであった。

 そのような機体たちが、まるで最初のMFを守護するように、或いは連携できるように、寸分の狂いも無い精密さで陣を組み始めたのだ。

「見たね? それで、今から私が口にすることは、その映像から予想した、ただの推測なんだけど。良い?」

 恐々と確認するようなクロエの声。

「はい。ただ、私も似たような結論に達したと推測します」

 一方、ゼラは冷静な様子だったが、言葉の端には僅かな怒りが感じられた。

「ああ、やっぱりそうだよね?」

「ええ。あそこに見えているケンタウルス型の機体は……」

 そこで言葉が切れ、二人ともが沈黙する。そして数秒の黙考の後で。


「初期型のMFの中でも、無人制御の同型MFを統率する指揮官機と、ひたすらに戦場を蹂躙する目的で造られた禁忌の無人機たち。コードネーム『無貌の騎兵王フェイスレス・キャバリエ』と『無貌の騎兵デュラハン』。まさか、こんなものが残されていたなんて……」


 ゼラが忌々しげに、そう口にした。

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